この子どこの子?
メルちゃんの存在をすっかり忘れていたので、今回しれっと登場させています。
海水浴を楽しんでいたところ、唐突にドラゴンの首が海からにょっきり飛び出しました。
「む? シー・ドラゴンか。こんな岸辺に現れるとは珍しいな」
「知っているのかフレイ」
「むろんです。海に棲むドラゴン種。すなわち海竜!」
情報うっす!
波打ち際にいたリザがぼそりと補足する。
「頭はドラゴンのそれだけど、胴体は蛇みたいに長い。主に深海を棲み処にしていて――」
でもゴメン、あまり興味がないので詳しい生態を聞かされても記憶に残りません。
「おい貴様、何用あって顔を出した? ここは貴様の縄張りでもあるまいに」
フレイはぶるんぶるんと大きな胸を揺らして正面に回り、腕を組んで仁王立ちする。
海竜さんは言葉が通じているのかどうなのか、じっとフレイを見つめたのち、ぱかっと口を開いた。
ブシャーッ!
口から水が噴き出される。
「ぶごぉーっ!」
フレイはもろに浴びた。バック転してるみたいに縦回転で砂浜を転がり、べったーんと最後はうつ伏せで倒れた。
ぷるぷる震えてのち、がばっと起き上がる。
「おのれ! ハルト様の前で恥をかかせたな!」
めっちゃ怒ってるけど元気いっぱいのようだ。よかった。
フレイは爪を鋭く伸ばし、尻尾もぴーんと真上を向いての戦闘態勢。今にもシー・ドラゴンに襲いかかろうとしたところで。
「待ってください、フレイ。そう威嚇しては会話が成り立ちません」
我が天使、いや世界の女神シャルロッテちゃんが割って入る。
シャルは満面に慈愛をたたえ、両手を広げて語りかけた。
「わたくしたちは敵ではありません。怖く、ないのですよ?」
ブシャーッ!
「ぷきゃぁーっ!?」
ノーモーションで吐き出された水鉄砲をまともに食らい、こちらもバック転じみた縦回転していく世界の女神様。最後はぱたりとうつ伏せで倒れた。
コンチクショウ俺のシャルに何してくれやがんだよ!
もちろん防護結界でまったくの無傷なのだが、妹への攻撃はすなわち俺への攻撃と同義。許せん。
俺はゆらりとビーチチェアから重い腰を持ち上げる。
が、今度はリザが海竜の正面に立った。
彼女の正体はブリザード・ドラゴン。アレと同じ竜種である。同族の不遜なる態度に憤り、諫めつつも俺やシャルに命乞いをするつもりだろうか?
うん、まあ、リザのお願いなら許してやらんこともないが……。
「シャルロッテ様への攻撃は、わたしへの攻撃と同義。凍らせてバラバラにしてやる」
ガチでお怒りのようだ。
ブシャーッ!
「ふっ!」
迫りくる水流に、いつの間にか手にした巨大な馬上槍を突き刺した。水流は槍の先端からいくつにも分かれてリザには届かない。
「凍え――?」
巨大ランスが光を帯びたところで、たったか駆け寄る小さな影。
胸に『める』と書かれたスク水姿の女の子が、海竜の前で両手を広げてぴょんぴょん跳ねる。
ぴたりと止まる水流。シー・ドラゴンはのそりと近寄り、頭を地面にくっつける。
よじ登る幼女。
持ち上がる頭。
海竜は右へ左へ動きながら、頭を上下した。
メルちゃん、きゃっきゃと大はしゃぎである。
「わたくしたちの声が届いたのですね」
誰も話し合いはしていないし、会話が成り立っていたとも思えない。
あの魔物、最初から遊んでほしかったんじゃ?
「そうだな」
でも言わない俺はよいお兄ちゃんであるはず。
「わたくしも乗せてください!」
シャルもメルちゃんと一緒に海竜の頭の上で遊び始める。
「やめろ! 僕はいい。遊ばなくていいから!」
そしてライアスは尻尾の先でぽーんぽーんとボールのように弄ばれた。
そうこうするうち、お昼どき。
串焼きの肉や野菜がじゅーじゅーと美味しそう。
「うぷっ……、気持ち悪い……」
「肉が焼けたぞ」
「食えるか!」
親切で渡そうとしたのにひどい。仕方がないので俺が食おう。もぐもぐ。美味いな。
「兄上さま、午後はどうするのですか?」
俺は引き続き寝る、のは当然として。
「まだ遊び足りないだろ? 夕方までは自由行動で、夕飯を食べたら花火でもやるか」
やったー! と諸手を上げて喜ぶ我が妹とメルちゃん、それにちびっ子メガネ教師。
「元気すぎるだろ……」
「貴方はペース配分を考えなさい」
げんなりするライアスを、主にメルちゃんの面倒を見てくれていた王女様が窘める。
みなさん、わいのわいのと楽しく食事を進めているわけですが。
それにしても、と俺は浜辺に目をやった。
巨大な蛇型ドラゴンが、砂浜の上に出て来てべろーんと横たわっている。日光浴らしい。
こいつ、なんでここへ現れたんだろう?
俺たちの騒ぐ声に引き寄せられたのかな?
まあ、どうでもいいか。
俺は肉を頬張った――。
浜辺を囲むように切り立つ崖の上。
一人の男がハルトたちを見下ろしていた。少年の姿ではあるが、髪は白く瞳は赤い。そして背にはコウモリのような羽が生えていた。
「ちっ、あのシー・ドラゴンめ。ちっとも使えねえじゃねえか」
苛立ちを吐き出すも、あの魔物を選んだのは彼自身だ。
さすがに竜種の精神を操作するには至らず、それでもシヴァを誘き出すほどに暴れてくれればと彼らにけしかけたものの、若い個体であるがゆえか好奇心から遊びに夢中だった。
「ま、しゃーねえか。ぶっつけでどうにかするしかねえ」
ばさりと羽ばたき、空高く舞い上がる。
「ルシファイラ様に仇為す奴は、オレが仲間ともども切り刻んでやるぜ」
新たな使徒はにやりと笑い、王都へと飛び去った――。