安全確保は大切です
なぜか俺はシヴァモードで学院長室にいた。
テレジア学院長がティア教授を通じて俺への面会を求めたからだが、
「貴方はすでにご存じかと思いますが」
とか前置きを言われても、その理由がさっぱりわからない。
が、その話を聞いて納得した。
「――というわけでして、アレクセイ・グーベルク君やシャルロッテ・ゼンフィスさんたちが安全に遺跡探索を行えるよう、協力していただきたいのです」
俺が寝てる間に妙なことになってたんだなあ。
アレクセイ先輩の思惑は不明ながら、オリンピウス遺跡の探索合戦はある意味、平和的と言えなくもない。
ああ、でも妨害とかアリなんだっけ。直接の魔法戦とあんま変わらん気がするな。むしろ魔物との遭遇戦も絡むから危険なのでは?
「いいだろう。俺も彼らが血気に任せて暴走し、若い命が危険に晒されるのは耐えがたい」
主にはシャルがケガしちゃ大変、ってことなのだが。
「ありがとうございます。チーム間の妨害行為における安全管理は学院側で徹底するつもりです。貴方には不測の事態に備えて、現場で彼らの護衛を行っていただけますか?」
具体的には、対人ではケガをしない程度の弱い魔法しか許可せず、各自に魔法攻撃に反応する特別な衣装を着せるのだとか。
ペイント弾を使ったサバゲーみたいな感じかな? サバゲーをよく知らんけども。
俺は魔物相手にケガしないよう結界で守ったり、相手チームに勢い余って殺傷級の魔法が放たれたときの対応をしたり、ってところかな。
ま、ナンバーズチームも含めて事前に結界で強力な防御を施しておけばたいていの問題はクリアできる。
とはいえ、魔物さんも跋扈する遺跡内だ。
そっちも前もって安全施策を打っておくべきだろう。その辺りは学院側でコントロールできないところだろうし。
てなわけで――。
俺は久しぶりにオリンピウス遺跡へと足を運んだ。
『キミもたいがい過保護だねえ』
通信の向こうから呆れた声が響いてくる。アドバイザーのティア教授だ。
「遊びでケガしちゃたまらんでしょう。シャルが関わる以上は特に、ね」
『それが過保護というのだけど……それより、やっぱり魔物が出てこないね。学院長がこの現状を知らないはずはないのに』
前に伝説の武器っぽいのを探しに来たときから、魔物さんたちはみんな最下層に集まっていた。
今もそれは変わっていないのだから、探索ゲームをやるには不向きな感じ。
でも学院長は何も言ってなかったな。俺もすっかり忘れてて訊かなかったんだけど。
まあいっか、とお気楽に俺は先へと進んでいたわけですが。
最下層にあともうちょっと、というところで人影を見つけた。
「……なんでアレクセイ先輩がいるの?」
びゅんびゅんと真っ直ぐ最下層へ向けて駆けている後ろ姿は、間違いなくあの人のものだ。
いちおう俺は姿を隠し、その後を追う。声も聞こえないよう自身を結界で覆った。
『魔神が憑依した可能性があるのだろう? 最下層で何かやるつもりなのかね』
「ひとまず様子を見ますよ。気配は完全に絶つのでこちらには気づかれないはず」
やがて最下層へ降りてきた。
魔物が密集してうろうろしている中を、アレクセイ先輩は目もくれずに突き進む。
『魔物たちは彼を攻撃対象と捉えているようだね。彼に戦う気がないから戦闘にはなっていないけど』
俺は魔物たちには気づかれていないのだが、そのため相手は避けてくれずにぶつかりそうになった。
と、アレクセイ先輩が壁際の魔物を蹴り飛ばした。初めての自発的な攻撃だ。
壁を背にし、腕をひと薙ぎ。それだけで周囲の魔物が吹っ飛ばされる。
魔物たちは警戒したのか遠巻きに見守る中、アレクセイ先輩は薄く笑みをたたえて壁に手を添えた。
添えた手がぽわっと光ったかと思うと、そこを中心に壁が黒く染まっていく。そうして、アレクセイ先輩は黒い影に身を沈ませた。
『何かの入り口らしいね。行ってみる?』
「当然」
俺は黒い影が消えるより早く、そこへ飛びこんだ。
薄暗い部屋だった。壁や床、天井に至るまでびっしりと妙な文字が描かれている。
そして中央に二メートルほどの大きな水晶が浮いていた。青白く光り、その周囲には帯状の魔法陣がのろのろと回っている。
「なんだここ?」
『……』
俺の問いにアドバイザーは無言を貫く。仕方がないので、先に入ったアレクセイ先輩を注視することにしよう。
先輩は水晶へ両手を突き出し、何やら聞き慣れない言葉を吐き出していた。古代語だな。
帯状魔法陣がぎゅるぎゅるぎゅるーっと勢いよく回転する。やがて水晶がぴかーっと光った。
ふっとアレクセイ先輩が笑みを浮かべる。
独り言で心の内をぺらぺらしゃべってはくれないタイプらしい。残念。
ただ水晶の周りに半透明ウィンドウがいくつも現れた。先輩が手をかざすと画面に文字が流れていき、ときおり一部の文字が明滅する。
俺はぼけーっとそれを眺めていた。
やがて画面がひとつずつ消え去り、「よし」と先輩は告げるや、黒い影を通って外へ出る。
ひとまず監視用の結界をひとつ彼の後を追わせ、俺はこの場に留まった。
「ティア教授、見えてました?」
『うん、しっかりとね』
「これ、この遺跡の制御装置とかそんな感じですよね?」
『そうだね。そして彼はマスター登録をして、魔物たちを最下層から上へ放ったみたいだ』
なるほど。あの人はあの人で、遺跡探索合戦を盛り上げようとしているのか。
『……何をしようとしてるのかな?』
俺が先輩みたく水晶に手をかざしたのを見て、ティア教授が尋ねてきた。
「いや、俺も盛り上げるのに一役買おうかと」
『……何か壮絶な勘違いをしてないかい? まあ、止めはしないよ。でも君が制御権を奪ってしまうと、彼が制御できなくなるから気づかれちゃうよ?』
一緒に盛り上げるんだから、べつに気づかれてもいいんじゃない?
でも、そうか。
アレクセイ先輩がせっかく自分でやろうとしているのを邪魔してしまうことになるな。
しかも彼は人知れず盛り上げようとしているのだから、俺がそれを知ったとなれば気恥ずかしく感じてしまうかも。
魔神がどうとかあるにはあるが、あの人も楽しみたいだけかもしれんし。
「んじゃ、こっそりやりますよ」
水晶がぴかっと光っていくつも画面が出てくる。表示された情報をちょちょいといじくった。
『ハルト君って古代文字が読めたの?』
「なんとなくはわかります」
大仰な物言いが多いので理解しづらいが、読めなくはない。
そうして、いじくりまくったところ。
「管理者権限は俺、アレクセイ先輩はユーザー登録的な感じにできました。これで先輩も遺跡の操作がある程度できますからすぐに俺の関与には気づきませんよ」
調子に乗って危険なことをやろうとしたら俺が止められる。
『キミ、ホントになんでもありだね……』
呆れているように聞こえたが、誉め言葉と受け取っておこう。
とりま遺跡の安全確保はできたわけだ。魔物さんたちは俺の命令を聞いてくれるからね。
ひと仕事を終え、俺は部屋に戻って寝た――。