勝負はアレに決まったそうな
妙な展開になってしまったな、とアレクセイは頭を悩ます。
マリアンヌ王女とライアス王子をナンバーズに引き入れれば、国内は一層乱れる。
二人が納得するかどうかによらず『貴族派の学生集団に名を連ねた』との事実さえあれば、魔神に憑依された王妃はさておき、王女を次期女王にと目論む国王の求心力は一気に低下しただろう。
既存メンバーの反発は想定の範囲内だ。
事前に説明しなかったのは、シヴァに情報が漏れるのを避けるため。また聡い王女に『本気』を疑われるのを防ぐ狙いもあった。特にナンバー4は直情的で演技は期待できない。
自信はあった。形式上だけでも、王女と王子をナンバーズに引き入れられるとの自信が。
(シャルロッテの従者の女……あれが痛恨のイレギュラーだったな)
まさか『直接戦って決着をつけよう』などという乱暴な提案をしてくるとは。
(初めから狙っていたのか? だとすると、あの女がというよりも、シヴァかハルトの入れ知恵だろうな)
こちらの意図が見透かされているとの恐怖に身震いする。と同時に、歓喜で笑みがこぼれた。
(私を敵と認定してくれているのなら、面白い。たとえ最後は無様に散ろうと、楽しませてもらおうじゃないか)
アレクセイは学院の中央校舎にやってきた。
ノックして入ったのは、学院長室だ。
正面には学院長テレジア・モンペリエが執務机に座って、アレクセイを見るなり目を見開いて驚いた。
「突然訊ねて申し訳ありません。学院長に相談があるのですが……誰が聞き耳を立てているかわかりませんので、小声でお願いします」
こういえば彼女なら、『シヴァの盗聴を警戒している』と察してくれるだろう。
事実、テレジアはそう受け取った。しかし――。
「シヴァはすでに、貴方に魔神が憑依したと気づいているのでは?」
あえてそれを口にした。仮にシヴァが知らなかったとしても、今知ったに違いない。
「……困りましたね。貴女はこちら側ではないにしても、あちら側でもないと考えていましたよ」
「その認識で合っていますよ、アレクセイ・グーベルク君。どちらに比重を置くかの問題です。私は現状がどうであろうと、魔神を亡ぼす存在ですから」
「神を、ではなくてですか?」
「同じことでしょう? 今の時代に神代の亡霊は必要ありませんから」
「なるほど。しかし少々誤解があるようだ。私の人格はアレクセイ・グーベルクそのものであり、魔神の知識と力の一端を借り受けたにすぎません。彼女とは違います」
「今さら言葉を濁す必要がありますか? つまり王妃とは違う、と。どうやらザーラ・イェッセルさんから移し替えたようですね」
こうまで暴露されては隠しているのがバカらしくなる。
「ザーラはシヴァに接触し、その際に拘束から逃れた魔神の残滓が私のところへやってきたのですよ。この説明ですこしは警戒を解いてくれますか?」
テレジアは硬い表情を変えることなく言う。
「私は、アレクセイ・グーベルク本人をも警戒しています。貴方は非常に真面目で優秀な生徒ですが、根底にある思想は危険なものです。面白半分で国を乱そうとする、その性根が、ですね」
アレクセイは思わず頬が緩んだ。
「何がおかしいのです?」
「いえ、私の本質を見抜いた貴女は、やはり私が尊敬する教育者であるのだな、とね。一方で魔神の記憶にある貴女はただの〝神殺し〟だ。それが若者を導くのがどうにもおかしくて」
「……ここへはそんな無駄話をしにきたのではないでしょう? 用件を言いなさい」
アレクセイは肩を竦める。
「ええ、そうですね。実は――」
先の会合で王女たちとナンバーズのメンバーが戦うことになった話をする。自身の思惑は隠しながら、『派閥を越えて手を取り合いたい』との建前を並べ立てた。
「貴方の本心は……まあいいでしょう。しかし学生同士の決闘を許可するわけにはいきません」
「命のやり取りは私の望むところでもありませんよ。そうなればシヴァが黙っていないでしょう」
「では安全面に配慮した、闘技場でチーム形式の模擬戦という形でなら――」
アレクセイはテレジアの提案を遮る。
「いえ、それもまた私は避けたい。立ち入りを禁止したとしても、学内での魔法戦は学生たちの知るところとなりかねません。面白おかしく騒がれるのは、私はよいですが他のメンバーが許さないでしょう」
「かといって、学外では我ら教師の対応が限定されます。許可はできません」
「ええ、そうでしょうね。ですから対戦形式を教師の方々に受け入れてもらえるものとしたい、と考えています」
「対戦形式を……? 魔法戦ではなくすのですか?」
アレクセイは大きくうなずいて告げる。
「オリンピウス遺跡の探索ですよ」
卒業試験でも行われるため、安全管理に関しては学院側にノウハウがある。
「二チームで何かしらを入手して戻ってくる競争形式なら、過去の卒業試験でもあったはずです。互いに妨害してもよいとの条件が付いていたとか。それでどうでしょう?」
「妨害の程度にもよりますが、それならばまあ……。しかし遺跡は今、様子がおかしくなっていまして」
「魔物がすっかり出なくなった」
ぴくりとテレジアの片眉が跳ねる。
「正確には、魔物がすべて最下層に集まっている。ハルト・ゼンフィスたちが赴いて以降、ね」
「ずいぶん詳しいのですね」
「そう怖い顔をしないでください。魔神の僕が悪さをしたらしいのでね。尻拭いではありませんが、私がなんとかしましょう」
テレジアはしばらく黙考して答える。
「……わかりました。許可しましょう。しかしルールはこちらで決めさせてもらいます」
「ええ、構いませんよ。私としてもフェアにやりたいですからね」
余裕の笑みを浮かべるアレクセイに、テレジアはどこまで本心か疑問を抱く。
(とはいえ、聞いていたでしょう? 貴方なら何が起きても対応はできますよね、シヴァ)
むろん自身も細心の注意を払うつもりだが、いまだ味方か知れない正体不明の男に、テレジアは期待を寄せた――。
一方そのころ。ハルトはと言えば。
「ふがっ!? …………むにゃ」
自室で寝ていた――。