天使な姉とクズの弟
今日は王都から視察団が訪れる日である。
すっかり忘れていた俺は急いで準備して、なんとか間に合ったわけだが。
「なんだか埃っぽいなあ。変な臭いもするし、これが田舎ってやつ?」
茶系の髪をした男児が、豪奢な馬車から降り立つなり文句を垂れていた。
服装からして見るからにいいとこのお坊ちゃんだ。顔は整っているが、目つきが悪い。言葉も態度も悪い。俺の嫌いなタイプど真ん中。
「ライアス、失礼ですよ。貴方が付いて行きたいと無理を言ったのでしょう?」
今度は金髪のすごぶる美人の女児が出てきた。歳は俺よりちょっと上っぽいが、なんだか大人びて見える。パンツルックはいかにもな旅装束だが、こちらも生地やらが高級そうで、育ちの良さが窺えた。
「ああ、つい本音が出てしまったよ」
なんだこのクソガキ?
俺がしげしげ眺めていると、目が合った。じろりと睨んでくる。
そこへ、巨体が割って入った。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。マリアンヌ王女殿下、並びにライアス王子殿下」
おひげで強面のおじさん。御年五十二になっても壮健な俺の義父、ゴルド・ゼンフィス辺境伯だ。貴族の中でも王家の血を引き、いつ戦争が起こっても不思議ではない他国の国境を警備する彼はそうとうの実力者である。
そんな父さんが畏まる相手となれば、俺でもだいたい想像がつく。
てか、呼びかけた時点で確定的に明らかだ。
この二人は、俺の実の姉弟だった。
生意気なクソガキ(たぶんライアス)が、じろりと今度は父さんを睨みつけた。
「おい、『並びに』ってなんだよ? しかも僕のほうを後に言ったな」
「これは……失礼いたしました。今回の視察団の団長は王女殿下であると伝え聞いておりましたので」
「そんなのは関係ない! 僕は王子だぞ? 次期国王だぞ!」
俺はこの手の威張り散らすタイプが超苦手なので、ひたすらぼけーっとしていた、のだが。
「そこのお前! さっきからその目つきはなんだ? 僕に何か文句があるんじゃないだろうな?」
睨んでいると思われたらしい。もしかして、因縁つけられてますかあ?
父さんがまたも俺を庇う。
「我が息子の非礼はお詫びします。そもそも私の浅慮が発端でありますので、責はすべて私が――」
「へえ、こいつが例の魔法レベル2のクズなんだ」
父さんの発言を遮って、俺を嘲笑うライアス。
我が父はこめかみあたりがぴくぴくしている。ぶちキレ五秒前。
とはいえ父さんは歴戦の強者にして良識人。子どもの言動にいちいちキレたりしない。フレイとは違うのだよ、フレイとは。いやホント、この場にいたらあいつ襲いかかってるぞ。命拾いしたな、坊主。
「ライアス、いい加減になさい! いかに王家の者であろうと、いえ、王家の者だからこそ、示すべき礼儀が必要です」
向こうにも良心がいた。マリアンヌ王女は、俺の母親違いのお姉ちゃんだ。美人だ。きっと母親は顔と魔法力だけが取り柄のクズ母ちゃんではないのだろう。
一方、窘められたライアス君はといえば、ちっと舌打ちして、
「あのさあ、姉貴面するのやめてくれないかな? 僕とあんたとじゃ、立場が違うんだよ。政治の道具にしかならないあんたとじゃ、立場がね」
「ライアス、貴方という子は……」
怒りと悔しさからか、マリアンヌお姉ちゃんはぷるぷる震えている。
ライアスは楽しそうにその様を眺めてから、なぜだか俺に向き直った。
「礼儀が必要なのはこいつらのほうだろ?」
そしてなぜだか俺をずびしっと指差して、
「僕が直々に躾けてやるよ。長旅で凝り固まった体を解すのにちょうどいい。おいお前、僕と勝負しろ」
こいつの思考回路ってどうなってんだろう? 純粋に興味が湧く。
「王子殿下、それはあまりにも……実力が違い過ぎます」
「はっ、もちろん手加減してやるさ。魔法の撃ち合いだと一瞬で終わっちゃうし、剣でやろうか。魔法の才能がゼロなんだ。そっちの稽古はしてるだろう?」
この後もマリアンヌがなだめようとするも、
「いいから得物を持ってこい!」
結局押し切られ、剣の勝負をすることになってしまった。
父さんは諦め顔で「すまんな」と言ったのだけど、謝る必要はまったくない。ただただ、俺は面倒事に巻きこまれて肩を落とすほかなかった。
中庭に移り、木刀を手にして相対する。距離は二十メートルほど。
木刀といっても真剣の重さに近づけるため、芯には鉄が仕込んである。殴られるとめちゃくちゃ痛いのよね、これ。
「なにブルってんだよ? 安心しなよ。僕、剣の稽古は面倒でほとんどしてないからさ」
ライアスはニヤニヤしつつ、何やら口走る。詠唱だ。奴の体が数回ぽわっと光り、木刀も光を帯びた。筋力強化に俊敏上昇、軽量化に反応速度上昇、ついでに武装強化か。
俺は結界魔法以外に詳しくはないのだけど、網膜に張り付けた解析用の結界でそれが知れた。
ついでにライアスの魔法レベルも判明する。
現在レベルは【9】。俺とは実質魔力量で二十倍ある。最大魔法レベルは【40】か。すごいな。
「いくぞ!」
叫び、ライアスが地面を蹴った。一歩が三メートルにもなる突進。子どものレベルどころか、オリンピック選手よりも速く俺に肉薄する。俺の動きを封じる気なのか、体勢を低くして膝辺りを狙い、木刀を横に薙いだ。
当たったら、たぶんすごく痛い。
なんもしなければ、きっと骨が折れる。
だから俺は――。
ひらり。ぼこっ。「ぎゃっ!?」
上に飛んで後頭部を小突いてやる。ライアス君、つぶれた声を出して顔面で地を削っていった。
「な、なな、ななな……?」
ようやく止まったライアスは倒れたまま跳ねるように俺に顔を向け、無様に鼻血を垂らしながら驚いている。
軽くこすった程度だしな。ダメージはそんなにないか。
「だから言ったではありませんか、王子殿下」
父さんがぼそりとつぶやく。
――『実力が違い過ぎます』、と。