最終より五つくらい手前の秘密兵器
ティア教授の研究棟の一室で、マリアンヌお姉ちゃんとライアスが神妙な顔つきで座っていた。
「というわけで、アレクセイ先輩が秘密組織への参加を二人に呼びかけています」
二人の正面に座る俺は淡々と告げた。
「待て待て待て。いきなり呼びつけて何を言ってんだお前は」
「ハルト君、『というわけで』の説明部分を端折らないでください」
ですよねー。
「ごめんなさい。面倒だったので結論が先に口から出てしまいました」
「さっきからお前、姉貴にばかり話しかけてるよな? 僕は無視か?」
そういうわけではないのだが、ここは年長者に語りかけるべきだと思う。
「えっとまあ、つまり――」
俺は面倒がらずに、それでいて簡潔に〝ナンバーズ〟なる組織やその理念、そして主な活動が覆面を被っての会合だと説明する。
「なんで覆面を……」
「それはちょっと嫌すぎますね……」
まずそこ気になっちゃうかー。わかるとも。
「しかし〝ナンバーズ〟ですか。シャルロッテちゃんから聞いてはいましたが、貴族派の子息たちがそのような組織を学内で立ち上げていたとは、残念でなりません」
そういやシャルが話してたな。俺説明しなくてよかったじゃんよ。
「貴族派ってのは国王を引きずり下ろし、王妃を追放して国を牛耳りたい連中だぞ」
「その多くがルシファイラ教団に入信しているか、すくなくともなんらかの関わりがあると噂されています」
「母上を騙して金を巻き上げてる奴らだ。ま、母上も利用してるんだろうけどな。で、その学内組織のトップが、僕たちを招いてるだって? はん、冗談だろ」
「何かしら企んでいるのは明白ですね。『平和的な解決を目指す』との言葉を、真に受けるわけにはいきません」
なんか二人だけで話がさくさく進んでいる。楽でいいな。
「ただ、拒否するのも上策とは言えないでしょう。シャルロッテちゃん一人に内偵をお願いするのは心苦しいですし」
「あのちんちくりんだと逆に引きこまれちまうかもしれないからな」
おおん? うちの可愛い妹がなんだって?
「な、何にらんでんだよ?」
「言葉遣いに気を付けなさい、とハルト君は言いたいのですよ」
そんな生易しいものではないのだが、お姉ちゃんが窘めたのに免じて許してやろう。
「さて、私はこの誘いに乗り、中から彼らの危険思想を論破すべしと考えますが、ライアスはどうですか?」
「賛成だ。けど、僕は姉貴みたいに口が回るわけじゃない。下手すりゃ話がこじれて……って、今度はなんだよ? にやにやしやがって」
へえ、わかってるじゃぁん、って顔だと思う。
「僕はあんま口出しせず、にらみを利かせるくらいにしとくか。てかお前は入らないのかよ?」
「俺は誘われていない」
嘘だけどね。まあ断ったから結果的には入らないの確定ですもの。
「ま、ハルトを警戒してんだろうな。妹を先に引きこもうって魂胆か」
「ハルト君がいてくれれば、安心できるのですけれど……」
ちらちらとこちらを見やるお姉ちゃん。
大丈夫。シャルはあれでしっかり者だからね。マリアンヌ王女のサポートもあればこっちも安心だ。
しかし万が一、ということもあり得る。
監視体制は万全にし、シャルが傷つくことなどけっして許しはしない俺ですが、アニメに夢中になったりと油断なく過ごすのはたぶん無理。
「んじゃ、二人とも参加ってことで。直接アレクセイ先輩に言っといてください。それから――」
俺はパチンと指を鳴らし、とっておきの秘密兵器を呼んだ。
「ハルト様に呼ばれてまかりこし! フレイです!」
バーンとドアが開かれて、学院の制服に身を包んだ赤髪の女が現れた。
「こいつも一緒に潜りこませる。二人からお願いすれば、アレクセイ先輩も首を縦に振らざるを得ないだろう」
「いやいやいや! こいつ魔族だったよな!?」
「いちおう耳と尻尾は消えていますけれど……」
「てかこの女、学生じゃねえだろ?」
「教師のほうがいいかな? でもそれだと入れてくれないんじゃ?」
「問題はそこじゃない! 明らかに部外者だろうが!」
「いちおうシャルの従者扱いで学院はフリーパスだぞ?」
「だから学生じゃないだろって!」
「そこはうまいこと誤魔化してくれよ。短期留学生とかさ」
そんな制度があるかしらんが。
「おい貴様ら。さっきから文句ばかりだな。学生ならば頭を働かせ、前向きかつ建設的な意見を出さんか」
「いや、僕らわりと常識的なこと言ってるぞ?」
すまんがフレイに常識は通用しないのだよ。
「ともかく! 私は主の命を受け、斯様な動きにくい服を許容しているのだ。ふふふ、待っていろよナンバーズとやら。私が手ずから燃やし尽くしてくれよう」
哄笑を上げてノリノリのフレイである。
ライアスが身を乗り出し、テーブル越しに小声で言ってきた。
「おい、せめて青髪の子にしろよ」
リザね。うん、俺も彼女のほうが絶対にいいとは思っているよ。
ただあいつ、理屈のわからない俺の結界魔法にいまだ拒否反応があるのよね。
場合によっては通信魔法をガンガン使うし、保険としてそこらに『どこまでもドア』を設置して縦横無尽な展開力を保持するつもりだ。
これもまあ、万が一ではあるのだけど、そのときにリザが右往左往しちゃうと困るでしょ。
その点フレイは、何事も疑問を持たず受け入れる広い度量があるのだ。
「大丈夫だ、問題ない。フレイはやればできる子なので」
「ハルト様! ありがたき幸せ。このフレイ、必ずや奴らを粉微塵にしてくれましょう」
燃やすんじゃなかったの?
まあ、こいつが暴れるのは許容範囲だ。なにせいかがわしい組織の連中だし、アレクセイ先輩は魔人っぽい何かだし。
「んじゃ、三人ともがんばってね」
ひとまずこれでアレクセイ先輩がどう出るか? 拝見させてもらいましょうか――。