妹が望む展開とは?
他人のプライベートを覗き見する趣味なんて俺にはない。というかそもそも興味がなかった。
しかし相手が魔神かもしれないのであれば、これは合法。俺の中では、だけどね。
魔法レベルの概念的な背中から生える管が、アレクセイ先輩のは見えなかった。
なので魔人か、ザーラ先輩に憑依していた魔神があっちに乗り換えたと俺はにらんだわけよ。
それを確認するうえでも、ザーラ先輩との密会は監視しなくちゃね。
片方の眼球に結界を貼り付けて、ザーラ先輩の部屋に置いた監視用結界と結ぶ。片耳にも結界を入れて、音声はそちらから流れてきた。
「愛の告白……って、あの二人を遠ざけるにしても大胆ね」
「表面的には間違っていないさ。君に結婚を申し込むのは本当だからね」
「家柄目当て、でしょ?」
「何か問題でも? 貴族同士の結婚とは、基本そういうものだろう?」
ザーラ先輩は抱えていた花束をぽいっとベッドの脇へ放り投げた。
「アタシは自由恋愛を楽しみたいのよね」
「世継ぎを生んでくれたあとは君の自由にして構わないよ。なるべく目立たぬように、とは言わせてもらうがね」
ザーラ先輩はこれみよがしにため息を吐き出す。
にしても、ドライすぎるな。貴族同士の結婚話ってこんな感じなのか。夢も希望もない。
ま、全力で異世界引きこもり生活を目指す俺には縁のない話だ。
「返事は今すぐでなくて構わないよ。在学中にゆっくり考えてくれ」
「そうさせてもらうわ」
とはいえザーラ先輩は五年生。そう長いってほどでもないな。
「それで? ここからが本題ってわけ?」
「そう肩肘の張る話ではないよ。君がどうして寝込むほどになったのか、素朴な疑問を解消したくてね」
ザーラ先輩があからさまに嫌そうな顔をした。
彼女には『シヴァの関わりや魔法レベルを上げる実験のことは他言無用』と伝えてある。
今回、ここを訪れたのもその念押しが目的のひとつだった。(シャルは純粋にお見舞いしたかったようだ。いい子)
ので、ザーラ先輩がぺらぺらしゃべるとは考えにくい。
約束を守る誠実な人だとはちっとも思ってないが、我が身可愛さで保身に走るのを躊躇わない人だと信用している。
とはいえ、静観するよりこちらでコントロールしたほうがよいだろうと考えた俺は――。
「シヴァだ。ここから先は俺の言うとおりに発言してほしい」
「ッ!?」
ザーラ先輩、びっくりして辺りをきょろきょろ。ものすごく不審な行動ですね。
しかしそこは魑魅魍魎が跋扈する貴族社会を強かに生き抜いてきたお人(たぶん)。「ハエが飛んでいなかった?」と(俺に対して)失礼な発言をして誤魔化した。
俺はごにょごにょと耳打ちする。(結界を通して彼女にしか聞こえないようにしているし、前を歩くシャルも聞こえてない)
「ええっと、なんだったかしら? そうそう、アタシが寝込んだ理由を知りたいのよね」
ザーラ先輩はしれっと答える。
「ハルト・ゼンフィスを口説きに行ったら、ルセイヤンネル教授に魔法実験を手伝わされたの。そのときに何かしらあって倒れたらしいわ」
口説く云々はアドリブだ。自然な感じはさすがと言わざるを得ない。
「内容を知らずに実験に協力したのか?」
ごにょごにょ。
「いちおう聞きはしたけれど、古代魔法なんてアタシにはさっぱりだもの。倒れたのは魔力の逆流がどうのこうのと言っていたわね」
「仮にも侯爵家の令嬢に危害を加えたのだから、教授は糾弾されてしかるべきだと思うが?」
「お父様たちにはアタシがうまく誤魔化しておいたわ。あちらだって伯爵家なのだし、派閥間のごたごたにまで発展したら面倒だものね」
俺がごにょごにょ言う前にさらっと答えるザーラ先輩。
まあ、この辺りは実際にやってることだからな。ザーラ父が憤慨したらシヴァ出動で誠心誠意の説得(脅しともいう)を試みるつもりだったが、ザーラ先輩がうまいことやってくれたらしい。
「ふむ。まあこれもケガの功名というやつか」
「なんのことよ?」
「君はハルト君を口説き落としたかったのだろう? お見舞いに来たのは義理だとしても、距離は縮まったと歓迎できるのではないかな」
結婚を申し込んだ相手によくもまあ言えたもんだ。
てかコレなんの話?
「無理無理。あの子はアタシなんて眼中にないもの。無駄な努力はしない主義なのよ、アタシは」
それよりも、とザーラ先輩は意地悪な笑みを浮かべた。
「アレクこそアタシじゃなくて、妹のほうを口説かなくていいの?」
「君に断られたらそうするよ」
うげっ、とザーラ先輩が顔を歪めた。
ちなみに俺は殺意が噴き出しそうになったけどぐっと我慢する。すぐ近くにシャルちゃんがいるからね。怖がらせちゃいけないものね。
「アタシもう断れなくなったじゃないのよ……」
小声で吐き出すザーラ先輩はわかっていらっしゃる。ぜひとも防波堤になっていただきたい。
話が変な方向に進んでしまったし、これ以上はザーラ先輩と会話させても意味なさそうだ。
ごにょごにょ。
「話はまだあるの? アタシ、疲れたから寝たいのだけど」
「ああ、時間を取らせてすまなかったね。繰り返すが、返事はゆっくりで構わないよ」
アレクセイ先輩は後ろ髪引かれる様子もなく、淡々と帰っていく。
このころには俺とシャルは箱馬車に乗って学院へと向かっていた。
がらごろと揺れる馬車の中。
「なあシャル。お前ってナンバーズをどうしたい?」
どストレートに尋ねてみた。
シャルはきょとんとしてから、キリリと表情を引き締めて。
「悪を掲げる者もまた、その根底には揺るがぬ〝正義〟があるのでしょう。ともに譲れぬ理想と矜持、言葉で理解りあえぬなら、こぶしとこぶしを打ち合わせて語らう以外にありません」
シャルちゃんどしたの?
「きっと河原で戦えば、終わったあとには夕日をバックに肩を組んでいるはずです!」
昭和すぎないかな?
「とはいえ、マリアンヌ王女とライアス王子を迎えるとアレクセイさんは言ってました。まずは話し合いで平和的な解決を図るべきですね」
にっこり微笑むシャルを見て、俺は確信した。
アレクセイ先輩が二人を篭絡する意図があるのは見え見えだ。
話し合いに応じるとは到底思えない。
となれば、話し合いがご破算になって戦闘に持ちこむ、というのは確定事項だとシャルは考えているわけだ。
わかったよシャル。しっかりお膳立てしてやるさ。
具体的にはこれから考えるが、お兄ちゃん、がんばるからね!