イケメンからのお誘いは断固拒否します
ザーラの様子を探りに向かうと、そこにはハルト・ゼンフィスとシャルロッテ・ゼンフィスの兄妹がいた。
ともに黒い戦士シヴァの関係者ではないかと、魔神の力と記憶を得たアレクセイは疑っている。
となればこの場をシヴァが注視している可能性は高かった。
魔法レベルの改ざん。放出魔力の抑制および偽装。
性格や言動の仔細な変化も表に出さず、魔神が憑依したと悟られないよう細心の注意を払っているが、果たしてどれだけの効果があるのやら。
(どんな方法か知らないが、シヴァは人や魔族以外をも見分けられるようだからな)
バレたらその時点で終わりだ。
間が悪いにも程があると思いつつも、表情を崩さず内心では嗤っていた。
(さて私はこの窮地を乗りきれるだろうか?)
魔神の力を得て早々に退場するかもしれないのに、アレクセイはこの危機を愉しんでいた。
「君たちがザーラと知り合いだったとは驚きだな。ともに爵位の高い家柄とはいえ、交流があるとの話は聞かなかったのでね」
「はい! つい最近、仲良くなったのです」
シャルロッテが元気いっぱいに応じる。
一方のザーラはげんなりしたように言った。
「仲良く、ねえ……」
「私としては、君のような純粋無垢な少女がザーラに影響されては気の毒だと感じるのだがね」
「あら、唐突にやって来ておいてずいぶんな言い草ね。アナタ、何しに来たのよ?」
「見てのとおりお見舞いだよ。寝込んでいると聞いていたが、上体を起こせるまでは回復したようだな」
アレクセイは花束をザーラに手渡す。
「アレクってこういう気遣いはしないタイプだと思っていたわ」
「他にも話があってね。ただその前に、せっかくだ。君たちとも話がしたいが、構わないかな?」
「わたくしたちに、ですか? もちろん構わないです。なんでしょう?」
「ナンバーズの今後についてだ」
ほわっ? とシャルロッテがおろおろし始める。ちらちらと兄ハルトを気にしているようだ。
「ふむ、ハルト君には秘密にしていたのかな?」
「ぇっ、ぃぇその、なんと言いますか……」
面倒臭そうにしていたハルトが、苦笑いして助け舟を出す。
「なんとなくは知ってますよ」
「さすがは兄上さまですね!」
秘密にしたいのではないのだろうか?
「ま、危ない遊びをしないなら俺からはなんも言いません」
つまり、妹を危険に晒すなとの意か。そしてそうなった場合は自ら乗り出し容赦はしない、と。
ぼんやりしてつかみどころがない態度ながら、短い言葉に強い警告を交ぜてくるとは。
(やはり侮れない男だ)
ここは『危険はない』と断言せず、はぐらかすのがよいとアレクセイは考えた。
「我らは混迷する祖国を憂い、いつかそれを正さんと集まった有志たちだ。シャルロッテ君もその理念に共感して参加してくれたと思ったのだが……どうだろうか?」
「はい! 正義のために、わたくしはがんばります!」
元気よく答えたシャルロッテはしかし、小首を傾げる。
「でも具体的に何をどうするおつもりなのですか?」
「その時々によりけりだが、今のところは王と王妃の不仲を我らの世代に持ちこまない、といったところかな」
「ほへ?」
「すまない。具体的に、だったね。現状、ナンバーズのほとんどは王とも王妃とも姿勢が異なる、貴族により民を導かんとする主義――貴族復権を掲げている面々だ。バランスを欠いているとは思わないかな?」
あえて『貴族〝至上〟』との言葉を隠して告げる。
「よくわかりませんが、バランスは悪いのだと思います」
「だろう? しかし国王派閥や王妃派閥の子息を、今のナンバーズと同程度加えるというのは難しい。あまりに多くなってしまえば組織内で派閥ができかねないとの危惧もある」
「……」
ハルトが何か言いたげだったが、彼は口をつぐんだままだ。
「そこで影響力のある人物を招き、人数は最小限に抑えて全体としてはバランスの取れた組織にしたい、というのが今の私の考えだ」
「なるほど。つまり兄上さまを引き入れたいのですね」
「ハルト君さえよけれ「嫌です」」
途中で声をかぶせてきたハルトからは何か、鬼気迫るものを感じた。
「ま、まあ、無理強いはしないさ。だがひとつ、頼まれてはくれないだろうか?」
「……なんですか?」
これまたすごい気迫だ。『聞いてはやるがやるとは限らない。ふざけたことを抜かせばただではおかないぞ』そんなセリフが言外ににじみ出ているようだった。
下手な発言をすれば殺されかねない。それほどの恐怖をアレクセイは感じていた。
(この男、本当にただの学生……いや、ハルト・ゼンフィス本人なのか?)
不可思議な結界魔法を操る黒い戦士シヴァ。彼が姿を変えているのではないか?
(ふっ、だとすれば面白い。この場で殺されるかどうかの、究極の選択を私は迫られているというわけだ)
アレクセイはとてつもなく惜しい勘違いをしていた。
「なに、ただの口利きだよ。マリアンヌ王女とライアス王子に、ぜひナンバーズへ参加してほしいと間を取り持ってもらいたい」
「ッ!?」
驚いたのはザーラだが、ちらりと目配せして黙らせた。
「どうかな?」
「同じ学生なんですから、自分で話せばいいのでは?」
「お二人と面識がなくはない。しかし私の家はさほど地位が高くなくてね。ご挨拶や時事の短い世間話なら失礼には当たらないが、秘密裏に活動する組織にお二人をお誘いするのは恐れ多くてとても……」
アレクセイは大仰に首を横に振る。
「それなら俺じゃなくて……ああ、いや。いいですよ。それくらいなら」
「そうか。ありがとう。詳しい話はまた詰めさせてくれ。続けてザーラに個人的な話があるのだが……」
言葉を濁しても、ゼンフィス兄妹は察してくれはしないらしい。それどころか妹のほうは遠慮なく尋ねてきた。
「なんのお話ですか?」
仕方がない、とアレクセイは茶目っけたっぷりに答えた。
「愛の告白だよ」
「ほわっ!? そそそそれは失礼いたしました。わたくしたちの用事は終わっていますから、ごごごごゆるりと~」
シャルロッテは兄の背を押し、ハルトは抵抗せず妹に押されるまま部屋を出た。最後にちらりとこちらを見たのをアレクセイは背で感じたが、それだけだ。
いちおう室内に邪魔者はいなくなったものの、シヴァに盗み聞きされている前提で話をするべきだろう。
アレクセイは冷ややかにザーラへ近寄るのだった――。
★★★
シャルに押されて部屋を出て、イェッセル家の邸宅内をてくてく歩く。
「お、驚きました。アレクセイさんが、ザーラさんを好きだったなんて。はたしてザーラさんのお返事はいかにでしょうか!?」
我が妹は年上のお兄さんお姉さんの恋愛事情に興味津々なご様子だ。
ま、それはそれとして。
あの人、俺を引きこみたいとか王女や王子を誘えだとか、面倒くさいことばっかり言ってたな。
ちょっとイラっとしちゃったじゃないか。
まあ、それもそれとして。
ああいうのを、偽善者って言うのかな? いや、猫被ってる?
自ら乗り込んで内側からナンバーズとやらの瓦解を目指すシャルはいいとして、なんも知らんマリアンヌお姉ちゃんやライアスを組織に入れる意図はなんだろう?
しかも本心かどうかはさておき、俺にまでお誘いを寄越してきたしなあ。
言葉のとおりには受け取れない。
だってあいつ――魔神だろうし? 背中を見せた時点でバレバレなのよねー。