神様だって超えてみせちゃう?
ザーラ先輩の背中には、『ここに管が差しこめますよ!』と言いたげな穴が10個も空いていた。
べつに体の中身が見えるわけではなく、奥の方はなんか黒い。
「これなんですかね?」
ティア教授にだけ聞こえるように説明して尋ねる。
「ワタシに訊かれても困るかな。差し込む〝モノ〟がなければ試しようがないよ」
なるほど確かに。
ひとまず穴は放っておき、伸びて地面に突き刺さっている管からいじくることにした。ちなみに地面に刺さっているのは18本で、途中までが4本の計22本だ。
一本を透明結界で握り、地面から引っこ抜くイメージでぐいんと引っ張る。
「にゃわひゃぁっ!?」
ザーラ先輩が変な声を上げた。
構わずうんとこしょ、どっこいしょ、と引っ張りまくる。まだまだ管は抜けません。
「ゃ、ちょ、あ、あああぁああぁ、はふん、ん、ぁ、ぃゃぁ……」
なんかだんだんエロい声になってきたぞ。
いつしか四つん這いになって、くねくね身をよじっていた。
でもやっぱりにゅるにゅる伸びるだけで終わりが見えなかった。ティア教授のときと同じだ。
今度は思いきって、切ってみることにする。
鋭い刃状の結界を作って管の一本にぶち当てた。
「きゃうんっ!?」
にょいーんと伸びる管。びくんびくんする先輩。
何度やっても切れない。そのたびにお子様には聞かせられないようなエロい声が響いた。
「魔法レベルが下がるってことはあるんでしょうか?」
「聞いたことはないね」
じゃあやっぱり無理なのかな。これができたら敵の背後を取って魔法レベルを下げまくり、弱体化させての不意打ちができたのに。残念。
さて、ひどいこと(自覚はある)ばかりでは申し訳ないので、レベルアップもしておこう。
途中まで伸びている4本のうち、二本を引っ張って地面に接続。
「ああぁっ! ……ふ、ぅんっ!」
ザーラ先輩はしばらく突っ伏してぷるぷる震えていた。
「その子、気絶してないかな?」とティア教授。
「ホントっすね」とコピーがザーラ先輩の後頭部をぺちぺち叩く。
先輩は無反応だ。
顔を覗きこむと、だらしなく開いた口から涎が垂れ、目は半開きで白目になっていた。
どうしよう? と悩んでいたら、ハッと気がついた、先輩が。
「どうして魔法レベルが上がったのよ!? しかも二つも!」
ぐわっと立ち上がって詰め寄ってくる。前。前隠して。貴女いま上半身裸ですがな。
「ぅ……あれ、頭が……、ぐらぐらして……」
しかしよろめき、腰を落としかけたところを受け止めた。
「無理はしないほうがいいよ。ワタシも経験があるけど、体に異常をきたしているはずだ。特に頭がぐちゃぐちゃだろう? どうやら一気にレベルがふたつ上がったみたいだしね」
ティア教授はジト目をこちらに向けてくる。
ザーラ先輩を嫌っていたようだけど、同じ立場になって同情しているのかも。
ここは俺も優しく接しておくべきかな。
「しばらく休むといい。続きはそれからだ」
「鬼かキミは!?」
「まだやるの!? アタシをなんだと思っているのよ……」
そりゃまあ実験だ……うん、ごめんなさい。
でもなあ、今のでちょっと思いついたことがあるのよね。
それを試してみたいなー。どうしよっかなー?
ひとまずザーラ先輩が上着を羽織って体育座りで大きな胸を隠しつつ休んでいる間に、こそこそとティア教授にアイデアを伝える。
「よくそんなこと思いつくね。ん~、やってみる価値はあるけど、どうなっても知らないよ?」
責任をすべて俺に押しつけるスタイル。嫌いじゃないが教師とはもう思わないぞ。
しかし何が起こるかわからない以上、万全の態勢で臨むべきだろう。
そんなわけで、万が一に備えて頼れる医療スタッフを呼びました。
「ん、わかった。何かあったらこの女の人に治癒魔法をかければいいんだね」
水系統魔法がお得意なドラゴン娘、リザ先生である。ずぶ濡れで白襦袢的なのがぴっちり体に張りついている。が、瞬時に魔法的に水を飛ばしてすぐ乾いた。さすが。
ついでにフレイも呼ぶ。こいつも水浸しである。
でもって、ぶるぶるぶるぶるぶるっ! と物理的に水を飛ばしまくり、こちらはしっとりするくらいに落ち着いた。
「なるほど、私はこの女を組み伏せて動けないようにするのですね」
「あくまで彼女が暴れてケガをしないように、だ。最初から押さえつける気満々で手をわきわきさせるんじゃあない」
どうどうとフレイを落ち着かせる。ま、男の俺だと先輩も嫌だろうし、仕方ないね。
「物々しいわね……。不安しかないのだけど」
言いつつも、ザーラ先輩は上着を取って座ったまま背を向けた。
なんだかんだで協力的だな。これまで一度も『やめろ』と言ってない。俺も彼女の勇気に敬意を表し、安全第一で事に当たろう。
「じゃ、やりますね」
「急になに? 卑屈になられると気持ち悪いわ」
ははは、このビッチめ……手加減しないからな!
ちょっとムカついたけど気を取り直す。遊びではやってられないからね。
じっとザーラ先輩の背中を見る。
10個の穴はあるにはあるが、ティア教授が言ったように『差し込む〝モノ〟』は何もない――と思ったか?
あるんだな、これが。
俺は途中まで伸びている二本の管のうち一本を、ぐりんと捻じ曲げた。
そう、こいつを穴に差し込んじゃえ、と俺は考えたのだ!
……でもこれ、大丈夫かな? 魔力が逆流するとかそんな感じで、取り返しのつかないことになったりしないかな?
仮にそうなったとして、もし、もしだ。
差し込んだ管が取れなかったら?
リザが治癒魔法をかけてもずっとその状態なら、いつか命がついえてしまうかも。
さすがに躊躇ってしまう。
この人はべつに俺や家族に危害を加えたわけじゃない。そんな若い命を散らしてしまうのは本意ではないのだ。
「あの、もしかしたら死んじゃうかもしれませんけど、いいですか?」
「怖いこと言わないでよ!」
ですよねー。
「……でもいいわ。何をするか知らないけれど、アタシはもう覚悟を決めているの。やるならさっさとやってちょうだい」
なにが彼女をここまで突き動かしているのか?
まったくわからないが、本人が『やれ』と言っているのだから俺も遠慮はしない。
カチリ。
いかにも『嵌まったよ』という音が鳴った。
「――ッ!?」
声にならない悲鳴を上げ、ザーラ先輩はがくがく震える。白目を剥き、口から泡を吹いてこれヤバいやつ!
「大丈夫。肉体的な損傷はない」
ところがリザ先生は冷静に診察する。
「強烈な刺激にびっくりして気絶しただけだと思う」
脳がやられちゃったりしてません?
「それよりハルト君、なにが起こったか教えてもらえるかな?」
ティア教授たちは見えないもんな。まあ気になるよね。
俺は見たまんまを説明する。
「差し込んだ直後に、その管が二つに分かれました」
背中の二か所でつながった管が、真ん中からちょきんと切れたのだ。自然に。
結果、地面につながっていない途中までの管が一本増えた。
要するに、だ。
「最大魔法レベルが上がったの!?」
ティア教授の叫びにうなずくと、
「さすがはハルト様! これはもはや神の領域!」
「ううん、それを超えてるんじゃないかな?」
フレイもリザも大変びっくりしたようですね――。