けっきょく何しに来たのかな?
我が身に何が起こっているのか?
突如動けなくなったザーラは混乱するも、すぐさま状況の理解に努めた。
(空間固定化……高度な結界ね。今のアタシでは脱出できそうもないわ)
息を吐き出し、肩の力を抜く。
視線を黒い戦士シヴァへと流した。
体をくねらせ、ザーラに指を突きたてる奇妙なポーズで固まっている。
(この男……中身が空っぽじゃないの)
ただの人形。それ自体には内から湧き出る魔力を感じない。
となれば、本物のシヴァは姿を隠し、どこかで操っているのだろう。
あるいは――。
今度は目を向けず、意識だけを対面の席へと流した。
(ハルト・ゼンフィス。まさかこいつが……?)
ぼけっとこちらを眺めている風で、特に強力な魔法を発動しているようには見えなかった。
(やっぱり、違うわよね。まあ、結論付けるのは早計か)
いずれにせよ、シヴァが近くにいるのは確実なのだ。
下手な言動はすぐさま第二の攻撃のかたちで襲ってくると考えたうえで立ち回るべきだろう。
ザーラは思考を高速で回し、為すべき行動を選択した。
「魔人…………って、何かしら?」
すっ惚けることだ。
「えっ」
中身のない人形が驚きの声を上げた。妙なポーズで固まってのち、すたすたと歩いて移動する。
その先にはこちらも固まって動けないティアリエッタがいる。
ごにょごにょと彼女に耳打ちするシヴァの人形。
呆れたようなティアリエッタが何事か応じているが声は聞こえなかった。
くるりと振り返り、ずびしっと指を突きたてるシヴァ人形。
「惚けても無駄だ!」
(これ、続けると長くなりそうよね)
それを思うとげんなりする。
「俺はすでに看破している」
何を根拠に? 問いたいところだが、はぐらかされるのがオチだろう。
「お前はバル・アゴスやメルキュメーネス、あと巨大な豹男に化ける見掛け倒しの魔人と同じ匂いがするのだよ!」
が、シヴァはまくしたてるように解説した。もっとも根拠と言えるものではないが。
(ともあれ、『魔人』か……。そう誤解してくれているのなら、交渉の余地はありそうね)
彼女は魔人の上位存在『魔神』が憑依したものだ。
魔神そのものとも言い難いが、そちらを知られると厄介このうえない。
「アナタには隠せないみたいね。ええ、そうよ。アタシは二ヵ月前、魔神ルシファイラの使徒に――」
「やはりそうか! ふはははは、ちょっとカマをかけてみただけなのに白状するとはな。愚かな奴め」
調子が狂う。
妙なステップで小躍りする様も、幾つも重なった声も不快感を増大させた。
(いえ、奇抜な言動でこちらを混乱させ、主導権を握るつもりなのね)
拘束してなお慎重なシヴァに舌を巻きつつ、ザーラは相手のペースに乗せられてはダメだと自らを律する。
「たしかにバル・アゴスやメルキュメーネスは同胞だけれど、アタシは彼らほど魔神――ルシファイラに忠誠心があるわけではないわ」
「ふっ、油断させようとしても無駄だ。魔人はみなそう言う」
「いえ、彼らはそんなこと言わないでしょう?」
「ん? うん、まあ、そうだな。言ってなかった!」
しゃべりながらポーズを変えていくのは、やはりこちらを混乱させようとの意図だろうか?
「ともかくそういうわけだから、情報が欲しいなら差し上げるわ。ただ魔神に関するものは制約があるから限定的になってしまうけれどね」
ある程度の情報提供は仕方がない。真偽を確かめられないものは嘘偽りで問題ないのだし。
「信用してくれるまで時間はかかりそうよね。今すぐこの拘束を解けとは言わないけれど、アタシにも貴族の令嬢という立場があるから――」
ドサッ、と背後で鈍い音。
振り向くと、シヴァの人形に気を取られて意識が外れていたハルトが、倒れていた。片方の鼻から血が垂れている。
「えっ? ちょ、言っておくけれど、アタシじゃないわよ? アタシは何もして――ぐがぁっ!?」
背中が、焼けるように熱い。しかも体の内側をいくつもの手でまさぐられるような不快感。
「な、にを、しているのよぉ!」
シヴァ人形が、これ見よがしに片手をこちらに向けていた。
マズい。
何が起こっているのか、何をされているのかまったくわからないのが、ものすごくマズい。
(逃げないと。この〝器〟はもう――)
ダメだ。
ザーラ――彼女に溶けていた魔神ルシファイラの意識は、即座に〝器〟の放棄を決め、
「ぁ……ぃゃ、違う、違うのよ。今までのはアタシじゃなくて、変な奴がアタシの中に入ってきていただけで……」
ただのザーラ・イェッセルが残された。
「ああ、そのようだな」
全身黒の男が寄ってくる。
魔神が融合していたときの記憶も、当然今ここでのやり取りも、ザーラは覚えていた。
ただただ恐怖し、歯をガチガチ鳴らすしかできない。
「お前に訊きたいことはあるが、こちらで内緒話もしたい。というわけで、すこし眠っていろ」
黒い手が、ザーラの額を覆うと、
「ぁ……」
びりっと電気が走るような刺激を受けた直後、ぷっつり彼女の意識が途絶えた――。
★
あー、疲れた。てか頭がガンガンする。
あの連中の〝管〟を見るのはただでさえ大変なのに、ハリボテの黒い戦士を動かしながらや、相手の反応を見つつティア教授とひそひそ話をしてたからな。
もうへとへとです。
ハリボテの黒い戦士を消し、俺は立ちあがった。
「たいした役者っぷりだねえ。すくなくともキミが人形を操っていたとは、気づいていないだろうね」
「そうですかね? ま、どっちでもいいですけど」
ザーラ先輩は立った状態で眠っている。背中に意識を集中させると、管みたいなのが地面につながっているのとそうでないの合わせて22本。
うん、この人本来のものに戻ってるな。
「なるほど。どうやらキミの推測どおり、何かが彼女に憑依していたようだね。おそらくは、魔の神様かな?」
俺はバル・アゴスたちと同じく魔人だと思ったんだけど、ティア教授はザーラ先輩の話しぶりから『それより上の立場』と判断したらしい。
「でも逃がしてよかったのかい? 今の彼女から有益な情報が得られるかは不透明だよ?」
「いつでも逃げられるんなら、どうせ嘘ばっかつくでしょうからね。とり憑かれてたときの記憶はあるっぽいですし、こっちのがいいですよ」
「まあ、たしかに。でもまさか彼女に同情して、とかじゃないよね?」
んなもんはない。
ただ結果的には憑き物を払ってあげたから、恩を売ったかたちになっている。
情報収集が捗るに違いない。
実際、捗った。
ザーラ先輩は借りてきた猫みたいに大人しくなり、ぽつぽつながらいろいろ話してくれた。
中でも大収穫だったのが――。
「へえ、王妃に魔神がねえ」
事情聴取はティア教授が担当した。ハリボテ黒戦士も一緒です。(俺は隠れてた)
で、なんとびっくり。ギーゼロッテに魔神ルシファイラの本体的なのが憑依しているそうじゃないか。
これはもしや、母子対決最終決戦になっちゃったりする?
ともあれ情報を吟味して、どう動くかを決めようと思います、まる。
ところで。
あの魔人だか魔神だか、けっきょく何しに来たんだろう?
区切りの100話! お話的にはまったく区切れてないけどそこはそれ。
ここまで続いたのも皆さまのおかげです。
ありがとうございます!