仲良しな二人
俺は自室で胡坐をかいて床に座る。周囲には板状結界を展開し、それらには様々な風景が映し出されていた。
「おっ、ここなんかよさげだな。湖畔ってなんか落ち着く感じ」
何をしているのか? 俺がひきこもるのに最適な住居を構える場所を探しているのだ。
やっぱり水場の側がいいよね。静かで落ち着いた雰囲気も重要。付近の魔物は……追い出して結界を張れば無問題。たぶん。
集中して吟味したいところではあるのだが。
「しっぽ! きょうこそは、もふもふさせてほしいです!」
「いい加減にしろ小娘! 私はハルト様の従者であって、お前ごときに従う理由はない」
「もふもふ!」
「だから! この身はハルト様にすべて捧げ――っておい、いきなり飛びかかるな。ふん、お前ごときに捕まるものか」
「むむむ、てや!」
「はっ! 何度やっても無駄だ。挑戦する姿勢は評価に値するが、そのうち壁に激突――ああ! 言った側から……。おいシャルロッテ、大丈夫か? 痛いか? ケガは――ってえ!?」
「つかまえました!」
「くっ、子どもの分際で私を謀るとわひゃあっ!? そんなに強く握るなふわっ、あふん……ホントにそれ、ダメあんっ!」
君ら俺の部屋で何じゃれてんのよ? うるさくて集中できないじゃん。
見れば、赤髪赤尻尾で犬耳の美少女メイドさんが、へにゃへにゃと床に倒れ伏した。その尻尾には幼女が抱きつき、思う存分もふもふしている。
美少女のほうは俺が赤子のころに出会ったフレイム・フェンリルで、人型に変化している。名はフレイ。今は俺の側仕えとして城で働いているため、メイド服を着ていた。
出会ったころと容姿はまったく変わらない。
本人曰く『千年を生きる』そうで、実年齢は百七十歳くらいだそうな。正確な年齢は知らんとか。
そしてちっこいほうは俺の義妹でシャルロッテ。まだ七歳のくせに、フレイを騙し討ちするとは強かなやつよ。
「てか邪魔だから出てってくんない?」
「も、もうひわけ、ありまひぇん……ちかりゃが……」とへろへろなフレイ。
尻尾が弱点とは初めて知った。何かヘマをしたらお仕置きはこれで決まりだな。俺ももふもふを堪能できるし。
「あにうえさまは、なにをしていらっしゃるのですか?」とはシャル。
子どもって人の話聞かないよね。質問にまったく関係ない質問で返さないでよ。でも俺は優しい兄貴を気取っているから、ちゃんと相手をする。
「魔法研究をするための場所を探してるんだよ」
シャルにはいろいろ知られているので、ある程度は俺の目的やら秘密を話している。
現状、俺が王子だったと知っているのは両親とフレイだけだ。俺自身も知らされていないことになっている。
魔法レベルが2なのは公になっているが、属性がないのは両親と俺だけが知る事実。なんでも、無属性はイレギュラー中のイレギュラーらしく、俺は【土】を宿しているとしているらしい。そのうちバレそう。
で、俺が結界魔法しか使えないのは、俺だけが知る状況だ。
ただね――。
「ひみつきち、ですね? あくのそしきと、たたかうための」
シャルは妙な妄想で俺を『悪の組織から世界を守るため戦う陰のヒーロー』と思いこんでいるのだ。残念すぎる。
「そうだ。これも内緒だぞ?」
「てきにばれては、いけないですからね」
幼女のキメ顔はとても可愛く微笑ましいのだが、早く目を覚ましてくれと切に願う。
「わたくしも、はやくあにうえさまのおちからに、なりたいです」
「シャルは俺よりずっと才能があるからな。すぐだよ」
いいえ、とシャルはぶんぶん首を横に振る。その振動でか、フレイがあひゃひゃと震えた。
「あにうえさまのマネは、わたくしにはできません。こだいまほう、すごいです」
俺が使えるのは結界魔法だけ。
でもこの世界の常識とはかけ離れているから、俺は『無属性にしか使えない古代魔法を研究している』と大ボラを吹いていた。フレイもそれで納得してくれている。
「いまだに、しんじられません。ほんとうに、あにうえさまのまほうレベルは、2なのですか?」
「わらひも、しんじりゃれまひぇん……」
それに関しては、俺も何かが変だと思っていた。
もしかしたら、測定用の水晶が二桁しか表示できないことが問題なのでは、と。
だから一度、測定用水晶を解析し、結界魔法で自作したことがある。
その結果――。
【002】/【002】で変わらず。
さすがに人類史上最高が77なのに、四桁なはずないよね?
三桁表示にするのもけっこう大変だったし、四桁表示の測定器を作る気力が今の俺にはない。結界魔法の研究に時間を費やしたほうがいいからだ。
結論。
俺は結界魔法をやたら効率的に使えるのだろう。無属性であることが、その条件なのだ。
女神的何かから俺がもらったチートは、便利な結界魔法、ってことになるのだろう。自信ないけど、たぶん。
あまりこの話題には触れたくないし、そろそろフレイを解放してやらないとな。なんか腰が浮き上がってびくんびくんしてるし。
「ところでフレイ、何か用事があるんじゃないのか?」
部屋を訪れた直後にシャルに絡まれていたから、用件を聞いていない。
俺が離れるようシャルに指示すると、ようやく自由になったフレイが居住まいを正した。お得意の正座だ。さっきまでびくんびくんしてたくせに。
「ゴルドの奴めが、不敬にもハルト様を呼びつけておりまして」
「父さんが? なんの用だろう?」
まさかまた剣の稽古じゃないだろうな。外に出るの超面倒。
さあ? と首を傾げるお使いもままならないフレイに代わり、シャルが元気に答えた。
「きょうは、おきゃくさまが、やってくるひです」
「お客様? ……ああっ!」
忘れてた。王都から辺境伯領の視察に誰だかが訪れるから、一緒に出迎えるようにって言われてたんだっけ。いちおう俺、長男だし。シャルはお子様すぎるので除外されている。
俺は慌てて正装に着替え、部屋を飛び出した――。