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本。

少女は今、何処を見て良いのか解らず困っていた。

右を向いたら沢山の本が、左を向いても沢山の本が有る。

当然正面にも有るのだが、そこには女が眉を顰めながら立っていた。


「キョロキョロして迷子になるなよ」


女の言葉にコクコクと頷き、少女は女の傍に寄って少し遠慮気味に手を握る。

少し照れた様な顔で、でも凄く嬉しそうな顔で。

それを握り返しながら女は心の中で「ああもう、可愛な貴様は!」と叫んでいた。

口に出せ、と思いながら男はその後ろを歩いている。


「デカい本屋に来るの初めてなんだろうし、キョロキョロするのも仕方ねえだろ」

「それはそうですが、だからといって迷子になられては困ります」


男は二人を見ながら意見を言うが、女は男を睨みがなら言い返す。

勿論これは二人共何時ものやり取りであり、特に機嫌が悪い訳では無い。

だが周囲からすれば物凄く怒っている母親に、子供の好きな様にさせろという父親に見え、尚且つ今にも怒鳴り合いそうな雰囲気に見えるのだ。

周囲の者達は若干ハラハラしつつ三人の事を見つめていた。


男の言葉通り、今日は本屋に来ている。それも遠出して大きな街の本屋に。

目的は少女の勉強の為の本だ。

最近の少女の学習はどんどんレベルが上がり、最初に用意したものでは物足りなくなっていた。

その為の本を買いに来たという目的が有る以上、女は真っ直ぐにその棚に足を向けている。


「ちょっとぐらい良いだろうに、別の場所見たって」

「見るのが悪い等とは言っていません。ただ目的を果たしてからにするべきでしょう」

「お堅いねぇ。最終的にちゃんとやれば別に良いじゃん」

「貴方は普段からそんな風だ・・・いえ、良いです。言っても仕方ありません」


二人はお互いに溜め息を吐きながら言い合い、平行線の意見に口を噤んで歩き出す。

だがその間に挟まれている少女は満面の笑顔だ。

少女にとっては二人の言い合いはむしろ仲良くしている証拠なので、その笑顔は崩れない。

周囲の人間達は親が喧嘩しているのにニコニコ笑顔で見ている娘に困惑している。


「これが良いか・・・こっちも良いな」

「買い過ぎじゃね?」

「私の金ではありませんから。いくらでも入れられるので楽しいですね」

「お前ほんとふざけんなよ」


今日の払いは男である。というか基本こういった少女の為の金払いは男である。

個人的に渡したい時は女の懐からも金は出るが、今日は少女の教本の為なので全て男負担だ。

女は言葉通り本を籠にガンガン入れていくのだが、あれだけの数を本当に使うのかと男は首を捻りながら見ていた。なにせ中には大学に行く様な人間用の物も入っていたからだ。


「こんなん解んの?」


男は少女の勉強の状況を一応ある程度は聞いているが、詳しい内容はそこまで聞いていない。

なので疑問に思って少女に見せながら問うたのだが、少女はそれを手に取ると首を傾げた。

だが暫くじっと見て、コクコクと自信の有る顔で頷いた。


「マジか、解るのか。凄いな」


男は本気で感心しながら少女の頭を撫で、少女は嬉しそうに男に手にすりつく。

女はその光景を見て「貴様は何もしていない上に褒めるだけか。良い仕事だな」と、目だけで殺せそうな視線を男に送っていた。

因みに男は少女が解っていてもいなくても実際のところどっちでもよかったりする。


少女は褒められた事にむふーっと満足気ではあったが、何処か意識が別の所に行っている事に男は気が付く。

視線の動く先を確かめていると、少女の視線はチラチラと絵本のコーナーに向いていた。


「あれ欲しいのか?」


少女は男の問いに一瞬悩む様子を見せ、だがフルフルと首を横に振る。


「気にすんな。見て来い。好きなの持ってきな」


男は少女が気を遣ったのだと思い、頭を撫でながら行って来るように促す。

少女はどうしたら良いかと女の様子をおずおずと窺うと、女が静かに頷いたのでぱあっと笑顔になって絵本コーナーに向かって行った。


「ホラー、お前が固いから気を遣ってんじゃねえか」

「・・・帰ったら思いっきり貴様を殴ってやる」

「お前それただの八つ当たりだからな!?」


女は少女の扱いの上手い男に嫉妬しているが、別に女の扱いが下手な訳では無い。

単純に少女は今日はお勉強の延長線上と思っており、お仕事として来ていると思っている。

だから女の許可無しに動くの事は駄目だと思っているだけだ。


とはいえ少女が気兼ねなく動けなかった事は事実ではあるので、女は少し反省している。

次はもう少し自由に動けるようにしてやろうと。







尚、少女が選んだ本は女が支払いをした。

少しでも何か少女に自分がしてあげた、という事実が欲しかったらしい。

当人の少女は自分で選んだ絵本である事と、女が買ってくれた事の両方でご満悦だ。

女はその様子を見て満足し、男への八つ当たりはきちんとやるのだった。

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