恋人。
「そういえばあんた達さ、恋人とか居ないの?」
ある日何気なく彼女が口にした一言だったのだが、その言葉に一瞬固まる三人の使用人達。
少女はその様子を首をこてんと傾げながら見つめていた。
「うん、居ない事は解った。そして気にしてる事も。どんまい」
彼女は三人の動揺を敏感に感じ取り、抉る様な言葉を口にしてうんうんと頷く。
頷かれた者達は皆一様に「お前だってそうだろう」という視線を彼女に向けていた。
言っている本人からも、恋人の話など一度も聞いた事が無いのだ。
「ふふ、なんだいその視線は。あたしは作ろうと思えばいつでも作れるんだぜ・・・?」
だがニヤリと笑いながら応える彼女に、イラッとした複眼が無表情ですねを蹴った。
的確に同じ所を何度も蹴っていく。
「いたっ、ちょ、悔しいからって蹴るなよぉ。まっ、ほ、ホント痛いって、あざになるって!」
「知るか」
「わーん、怖いお姉さんが虐めるよ、角っ子ちゃーん」
ガスガスと蹴る複眼から逃げた彼女は少女の後ろに隠れ、少女はどうしたら良いものかとオロオロしている。
だが背中にひしっと張り付く彼女の姿に同情し、複眼におずおずと上目遣いを向け、許してあげて欲しいと願う少女。
ただし少女の見えない位置からニヤリと彼女は笑っているので、複眼はイラッとした様子のままであったが、少女の頭を撫でてとりあえず引いた。
勿論後で何かをする気は満々ではある。
「はぁ・・・突然何でそんな事言い出したの?」
とりあえず複眼が収めたのを見て、少女を抱き上げながら単眼が訊ねる。
羊角と複眼も同じ気持ちがあった様で、彼女が口を開くのを待った。
少女は高い目線に、話と関係ない高揚感で笑顔になっている。
「いやー、全員それなりに良い歳じゃん。結婚とか考えてんのかなーってちょっと思っただけ」
「意外、あんた結婚する気有ったんだ」
彼女の言葉に複眼は心底意外そうに言った。
余りしっかりと開かれる事の無い目が全部見開かれている。
複眼は彼女がいつでも男を作れる、という事自体は悔しいが本当の事だと思っている。
だがそれでも作る気配が無く、結婚なんて全く考えていないと思っていた。
「ん、あたしは無いよ? 全然ない。少なくとも今はこれっぽっちも」
「・・・じゃあ何で聞いたのよ」
「んー、そうだなー。結婚は興味無いけど、子供は良いなぁって最近思い始めて。でも相手作るのとかめんどくさいし、産むのって大変そうだし・・・あんた達が産めば解決かなって!」
「無茶苦茶すぎるでしょ、その理論・・・」
少女を見ながら答える彼女に複眼は頭を抱える。
要は単純な話で、少女を愛でるうちに子供を持つのも良いかな等と思い始めていたのだ。
ただ相手を作るのは面倒だし、結婚なんてもっと面倒だ。良し、同僚が子供作ってそれ可愛がれば解決じゃん。という彼女ならではの思考回路であった。
「結婚かぁ・・・願望は有るけど、相手が居ないとなぁ・・・」
二人の会話を聞いて溜め息を吐く単眼と、同じ様に溜め息を吐く羊角。
どうやら二人ともそういった気持ちが無い訳ではないらしい。
ただ複眼は二人程気にしている様子は無い。
気にしていない様な態度を見せているだけかもしれないが。
「こいつはともかく、あんた達はすぐ相手できそうなのにね。何で出来ないのかね」
「どういう意味だ」
「常にナイフ仕込んでて、蛇やら猪やら狩って解体する女、今時の男が気に入ると思う? どこの狩猟時代の女よ、あんた。現代社会から逸脱してんじゃん。普段の家庭的な女性の面が全部パーじゃない。もったいない」
「内ももに何時も拳銃忍ばせてるあんたに言われたくないわよ」
彼女は複眼を指さしながら二人に問うと、複眼は心底気に食わなそうに言い返す。
そんな二人の会話を聞きながら単眼と羊角は殊更深い溜息を吐き、単眼は遠い目をしながら口を開く。
「私、同族の男性、どうも好きになれなくてさぁ・・・小さい人が好みなんだよねぇ・・・でもさ、この体格のせいで大体の別種族の男性って気圧された様子を見せて、ちょっと引くのよね。寄って来る男性は私の体格に気圧されない人だけど、そうなると大きい人が多くて・・・」
「あー・・・」
しょぼんと膝を抱えながら縮こまる単眼に、何とも言えない様子の彼女。
少女は悲し気に蹲る単眼の頭を背を伸ばしながら一生懸命撫で、単眼はそれで少し復活したのかひしっと少女を抱きしめる。
そして今度は羊角が暗い顔を見せながら口を開いた。
「私、今まで付き合った男性、もう頼むから俺を開放してくれって、何時もそう言われて振られてさ・・・自覚有るんだけど、物凄く縛っちゃうんだ・・・執着がおかしいらしいの・・・何だかもう、最近はどうすれば良いのか解らなくなって・・・」
羊角は過去のつらい思い出を思い出す様に語り、彼女は話題に失敗した事を悟った。
少女に対する執着を考えると羊角の言葉は納得できる話である。
悲しげな様子の羊角を見た少女は腰にぎゅっと抱きつき、それに感動を覚えた羊角は「ああもう天使ちゃんほんと天使! 愛してる!」と涙を流しながら抱きしめ返した。
大分不味い様子である。きっと羊角は今まで以上に少女に執着する事であろう。
彼女はこりゃ駄目だと思いながら二人を見ていたが、ふと複眼を見ると平然としている。
もしかしてこいつは自信が有るのかなと、問う様な目線を向けた。
「私は一緒に狩りを楽しめて気の合う男なら良いんだけどね」
「あんたが一番ハードル高いじゃん・・・」
複眼は別に未開の部族の所で生活をする気等は一切無く、だけど狩りや解体などを平気でやれて楽しめて、かつ気の合う男性でないと嫌だと言っている。それは一番無理があった。
だが本人は彼女の言葉にそこまででは無いだろうという表情を向けている辺り、一番危機感が足りないのは複眼かもしれない。
「駄目だこいつら・・・」
この面子に子供が出来るのは、何か奇跡でも起きない限り無理かもしれないと思う彼女だった。