大好きな人の為に。
「しっかしあっちいな・・・」
男は日差しにやられないように帽子を被り、籠に収穫物を突っ込んでいく。
今日は何時もの様に朝に食べる分ではなく、瑞々しく生った野菜を男と少女で本格的に収穫している。
ただ今日は女以外の住人全員でやっているせいか、少女は男の傍にべったりだった。
終始ニコニコしながら男の横で野菜を収穫し、鼻歌なぞも歌っていた。
「ご機嫌だねぇ・・・」
そんな少女の頭を時々ぐりぐりと撫でながら、暑くてもう部屋に戻りたい自分を誤魔化す男。
本当は今すぐにでも部屋に戻り、空調の効いた部屋でのんびりしたい。
だが隣でこんなにご機嫌にされるとそうも言い難い。
男がちらっと少女に視線を向けると、目が合った少女は物凄く嬉しそうに笑顔を向ける。
心底男と一緒に居るのが楽しくて堪らないと言った様子だ。
「・・・うん、楽しいな」
男はそれ以外いう事が出来ず、少女の頭をまたぐりぐりと撫でる。
少女はその手にすり寄る様な動きをして目を細めていた。
口元は完全に緩んでおり、男の撫でる手にもっと撫でてとくっついて行く。
苦笑しながら男は少女の頭を撫で、そのまま両手で少女の顔を犬を撫でる様に撫でる。
少女は完全になすがままで、目元が完全に溶け切っている笑顔だ。
「プニプニだな。触り心地の良い頬してる」
男の言葉に少女は褒められたと思い、もっとどうぞと顔を突き出す。
ただそこには男の要求に応えたからだけではなく、自分が撫でられて嬉しいという気持ちも有るのだが。
「俺、こんなに懐かれる事したかなぁ・・・」
男としては、少女の面倒は屋敷の住人に投げている自覚がある。
特に女には全面的に任せているし、他の使用人達の方が男より良く面倒を見ている。
だから少女が買われた事に感謝をするとしても、ここまで懐くのは少し不思議だった。
だが現に少女はとても懐いており、他に人が居るにもかかわらず男にべったりだ。
そもそもこの畑は男の為に始めた物であり、男が居なければ出来なかった物。
それを考えれば少女が畑で男と一緒に居ようとするのは当然かもしれない。
ただそれでも、男はここまで懐かれる事は未だに良く解らなかった。
「ま、続きをやろうか」
男が少女から手を離して言うと、少女は少し残念そうな顔を一瞬見せ、すぐにはっとした顔になって慌ててコクコクと頷いた。
どうやらもっと撫でて欲しかったらしい。
少女は少しだけ恥ずかしくなり、ワタワタした様子で収穫を再開する。
その様子を男は楽しそうに眺めながら最後まで少女に付き合うのだった。
少女にとって男に撫でられる事は、使用人達に撫でられる事とは違った気持ちを持っている。
屋敷の住人全員に感謝が有り、尊敬もあり、親愛の気持ちもある。
だが男だけは少女にとって別格の存在。
自分をここに連れて来てくれた、ただ感謝している、などと言う言葉では表しきれない気持ちを持つ相手。
男にとっては自分の為であったが、それでも少女にとっては信仰に近い程の気持ちが有る。
大好きで、大好きで、大好きで、男の為なら何でもする気概だ。
故に収穫が終わった後も男が優しく撫でてくれた事実に、少女はまた張り切って畑を耕すのだ。
「旦那様もこりませんなぁ・・・」
そしてそんな様子をニコニコしながら眺める老爺。止める気は一切無い様だ。
男の心の中で「勘弁してぇ・・・」という悲鳴が鳴っているが、少女には伝わっていなかった。