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腕相撲。

「んぎぎぎ・・・!」

「頑張るなぁ・・・」


その日、何故か彼女と単眼は腕相撲をやっていた。

始めた理由は些細な事。

単眼の腕を眺めていた彼女がいきなり「腕相撲をしよう!」と言い出したからだ。

何故言い出したのかに深い理由はない。ただ何となくやりたかっただけらしい。


ただしそれを腕相撲と言って良いのかどうかは少し悩む光景ではある。

なにせ彼女は肘が少し浮いており、更に両手を使っているのだ。

その状態で顔を真っ赤にしている彼女に対し、単眼は片手で余裕の表情であった。

子供が大人の腕を動かそうとしている光景がそこに展開している。


「そんな顔真っ赤にしても勝てないって」

「あはは・・・」


複眼の冷めた言葉に苦笑する単眼だが、彼女は知った事かとばかりに全力だ。

もう完全に腕相撲の体をなしていないが、それでも負けるまで諦める気は無いらしい。


「ぎにに・・・ぐにぃ・・・!」

「全く、貴女が勝てるはずないじゃない」


最早全身のばねを使い、ただ腕を引っ張っている彼女。

それでも単眼の腕は微かに揺れるだけで倒れる気配はない。

その光景に流石に羊角も口を出すが、それでも彼女は諦めない。


「んー、ごめんね」

「んがっ!?」


だがとうとう単眼が力を入れ、彼女を力づくでゆっくりとひっくり返す。

暫く堪えていれば諦めるかと思ったが、これは終わらないと踏んでの決着だ。

体ごとひっくり返ってしまった彼女は、おおよそ女性が出して良い物ではない呻き声を出して地面に倒れ伏した。


「はい、決着。大体この対格差で勝てる訳無いでしょうが。倍以上の差が有るんだから」

「勝負は勝負だからね! やり始めたら負けるまでやるよ!」

「肘も浮いて両手使って完全に引っ張っておきながら勝負ねぇ・・・ちみっこ、判定」


複眼の言葉に反論する彼女であったが、それを聞いた複眼は少女に声をかける。

そして少女は頭の上で腕を交差し、バツの形を作った。

彼女の反則負け、という意味らしい。


「ああん、そんなー、少しは大目に見てよ角っ子ちゃーん」


彼女は少女に縋りつくが、それでも少女は胸元でバツを作り首をプルプルと横に振った。

少女は優しい子だが、遊ぶ際のルールは大事にする子だった。

なにせ男と色々楽しく遊ぶには、きちんとルールを覚える必要が有る。

である以上、そのルールを破った事は厳しく判定するのだった。


「角っ子ちゃんが冷たい・・・」


それを受けてよよよと崩れ落ちる彼女。

少女は少し冷たく答え過ぎたかと思ったが、チラッチラッと様子を見ている事に気が付く。

少し怒った少女は再度胸元でバツを作り、彼女はやっちまったと今度こそ本当に崩れ落ちた。


だがふとひらめいた様子で顔を上げ、少女に真剣な顔を向ける。

少女は一瞬びくっとして後ずさってしまうが、お構い無しに彼女は口を開いた。


「角っ子ちゃんなら勝てるんじゃない? ほら、前の競争した時凄かったし」

「あー、確かに。ちみっこなら勝てそう」


彼女の言葉に複眼も同意するが、少女は少々首を傾げる。

競争の時は確かに自分の方が早かった。

でもそれは小柄な自分がそれに見合わない脚力を持っていただけ。

単純な力ならきっと単眼の方が強いのでは、と思っているらしい。


「私、嫌な予感がするからやりたくないなー・・・」

「気にしない、気にしない」

「いや、気にしないじゃなくてさ・・・」

「ホラホラ角っ子ちゃん、こっちおいでー」

「話聞いてよぉ・・・」


単眼は何だか嫌な予感がして拒否をするが、彼女は聞く気がない様だ。

少女を単眼の前に構えさせ、少女の手を無意味にプニプニしてから単眼の手を握らせた。

単眼の嫌な予感はどんどん膨らんでいく。


「お、お手柔らかにお願いね?」


ちょっと怖がりながら頼んで来た単眼に、不思議そうな顔を向けながらこくりと頷く少女。


「じゃあ行くよー、れでぃ・・・ごー!」


彼女が開始を告げた次の瞬間、テーブルが粉砕した。

高い位置に残ったのは少女と単眼が握っている木片のみ。

ただその腕の位置は、もう少しテーブルに根性が有れば少女が勝っていただろう位置であった。

流石にこんな事になるとは思っておらず、全員固まってしまってしまっている。


「いっつ・・・! や、やっぱり嫌な予感当たってた。全力でやって良かった・・・!」


かなり負担があったのか、痛そうに腕を抑えて蹲る単眼。

まさか自分が勝つとは本当に思ってなかった少女はその様子にオロオロと慌て始める。

そこで皆正気に戻り、状況を把握し始めた。


「シップ取って来るから。後今日は仕事全部変わるって先輩に言っとくから。待ってて」

「んー、おねがいー・・・」


彼女はいつものおふざけの様子を消し、走って薬を取りに行った。

少女は薬を取りに行けばよかったのだという事にそこで気が付き、でも今更動くには遅いとオロオロし続ける。

瞳には涙が溜まり始め、思考が上手く回らない様だ。


「あはは、大丈夫。ちょっと痛いだけだから、そんなに重症じゃないよ。ごめんね、大げさに痛がったら心配かけちゃうよね?」


心配そうに自分を見る少女に気が付き、優しく声をかける単眼。

実際はちょっと泣きたいぐらい痛いのだが、それでもぐっと堪えて笑顔を作る。

だって少女は何も悪くない。悪いのは今ここに居ない彼女なんだからと。


それに少女が悲しむ顔は見たくない。そう思う単眼はいつもの笑顔を少女に向けた。

単眼の気持ちを解ってか解らずか、少女は少し涙目ながらもへにゃっと笑顔を返す。


「はい、はい、それで願いします。はい、失礼します・・・今先輩に連絡入れたから、後はもう休みで良いって。明日も有給にしておくから休んでろって言ってたわ」

「そっか、ありがと」


単眼が少女を宥めている間に羊角が携帯端末で連絡を取っていたらしく、女に休みの連絡を入れた事が告げられる。

普段は色々言われる羊角だが、流石にこういう時はきちんとしていた。


「痛いのは腕だけ? 立てる?」

「うん、他は平気」

「そ、もし何か不便が有ればすぐに言いなよ」

「うん、ありがとー」


複眼の静かだが優しい問いに応えつつ単眼は立ち上がり、近くに有った椅子に座る。

そして痛くない方の手で膝をポンポンと叩き、少女においでと要求した。

少女は素直に従い、うんせと単眼の膝に上る。

膝の上に少女が座ったのを確認した単眼は、痛めた方の腕を少女の前に出す。


「撫でてくれたら少し痛みが引くかもしれないなー」


笑顔で告げる単眼の言葉に力強く頷き、少女は優しく単眼の腕を撫でる。

勿論それで本当に痛みが取れるかといえば、きっとそんな訳は無いだろう。

それでも真剣に腕を撫でる少女を見て、何となく痛みが和らいだような気がする単眼だった。





尚、彼女は今回の事で少々減給となる。

ただ予想外とはいえ原因は自分なので、粛々と受け入れるのであった。


「欲しかった服が買えない~」


訂正。嘆きながらも受け入れるのであった。

ただし嘆く様子を少女に見せる事は一切無く、その辺りの気の遣い方はきちんとしている。

むしろ少女が人に怪我をさせてしまった事に落ち込んでいたので、罪悪感で一杯なようだ。

どうにか元気を出させようと、あの手この手で少女を励ます日が暫くは続く事だろう。

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