競争。
「位置に付いてー」
楽しそうな様子で彼女が片手をあげ、応じる様に単眼と少女が走る用意をする。
単眼はキリッとした様子で構え、少女もやる気満々で構えていた。
二人の視線の先にはゴールテープ代わりに包帯を持って立つ少年と複眼。
そしてその横にはカメラを構え、膝を突いてしっかりと少女の目線で撮る羊角が居る。
更に少し離れた所で女と男が見ており、それが余計に少女のやる気を増幅させていた。
二人が競争する様な事になっているのは、彼女の発言が発端である。
犬と同じ速度で走る少女と単眼、どっちが早いのだろうと言い出した事が原因だ。
そこで単眼が「流石に私じゃない?」と言った所、じゃあ競争してみようという事になった。
そうして外に出ようとすると何故かぞろぞろと人が増え、気がつくとほぼ全員揃っている。
道中で男に「がんばれ」と言われた事で、少女は鼻息がとても荒くなっていた。
女がフスフスと息の荒い少女に鋭い眼光を向けていると、その視線に気がついた少女は更に気合いを入れ始める。どうやら二人に良い所を見せたいらしい。
怪我しないと良いけどなーと、ここにきて少し心配になって来た彼女。
だがここまでやる気満々なのを止めるのは忍びないし、やる事はただ走るだけ。
多分大丈夫だろうと気楽に結論を出す。
「よーい、どん!」
そして手が下ろされ、それと同時に二つの疾風が舞う。
単眼の脚力から発生する推進力は凄まじく、歩幅の大きさも相まって原付程度ならば余裕で追い抜く速度だ。
巨体にも関わらず軽快な足取りも速さの理由だろう。その走りはまるで重さを感じさせない。
巨大な砲弾が進んでいく様な、そんなイメージすら沸く程の速さ。
だが、少女は更にその上を行く。歩幅は小さく、一歩の距離はどう足掻いても単眼に届かない。
にも関わらず少女はスタート時点で単眼の先を行き、そのままゴールテープを切った。
そして盛大な砂埃を立ててブレーキをかけ、止まれ切れずに転んで行ってしまう。
「あーあー、盛大に転んでまぁ。ちみっこー、大丈夫ー!?」
少女は少し目を回した様子ながらも怪我は無い様で、よろよろとしながら片手を上げて応える。
それを見て女は誰にも気がつかれない程度の安堵の溜め息を吐き、少女の下へ歩いて行った。
男もくすくすと笑いながらその後を追いかけて行く。
「うにゃー、はやぁいー。何あれびっくりしたー」
「いやー、本当にびっくりしたねぇー。あ、目を回してる様子も可愛い♪」
途中でこれは追い付けないと思い、ゆっくりと速度を落としながらゴールに到着した単眼。
羊角はカメラを少女に向けながらもそれに応える。
「突風でしたね・・・」
「正直ゴールテープ持ってるの怖かったよ、私」
ぶつかったら大怪我していただろう速度で突っ込んで来る少女に、少年と複眼は少しだけ恐怖を感じていたらしい。
当然少女はそんな事が無い様にゴールテープの真ん中を突っ切って行ったのだが、怖い物は怖いだろう。
「いやー、すごいね。角っ子ちゃんの踏み込み、あの体格なのに全部地面が抉れてるよ。んで、ちょっとづつ距離が広がってる。あれもうちょっと距離有ればまだ加速するんじゃない?」
「うにゃー、それ私でも絶対追い付けないじゃないぃ。速すぎるよぉ」
彼女の分析に単眼はぐでーっと項垂れる。
だが自分を負かした相手を見て、すぐに笑顔になった。
「嬉しそうだねぇ、おチビちゃん」
「ははっ、大好きな人達にカッコいい所見せれたからね。角っ子ちゃん的には満足でしょ」
「ちみっこは本当に旦那様と先輩の事好きだよね。撫でられてる姿は子犬みたいだ」
「はぁん、とろんとした目がかぁわいいぃー」
使用人達は皆、微笑ましく感じながら少女達を見ていた。
ただ一人、少年だけは、少女が男へ向ける視線に何とも言えない物を抱えてはいたが。
「・・・良いなぁ」
少年は自分が無意識に呟いている事に、全く気がついていなかった。