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企み。

女はその日、少し違和感を感じていた。

先程から自分を見る他の使用人達の目が、どことなく生暖かく感じるのだ。

気のせいかもしれないが、それにしては何だか変な笑顔を向けられている気がする。


「何か悪戯でも仕掛けられたか?」


一番やりそうな彼女の事を頭に思い浮かべながら、自分の姿を確認する女。

鏡で背中も見てみたが特に何かおかしい所はない。

そもそも女が体に触れられて気が付かない様な事はそうそう無いはずだ。

他の使用人達と違い、女は仕事中に男や少女以外と接触する程近づく事は少ないのだから。


女は自分の思い過ごしだろうかと一瞬思ったが、それにしてはやはり違和感が付き纏う。

そこでふと、女は一つ気が付いた事があった。


今日は男が早朝から出かけた為、朝は絡む機会は無かった。

というよりもそもそも時間が無かった。

なので普段の様な殴り合いはしていない。していないのだが――――。


「そういえば、帰ってからも絡んでこんな」


既に帰ってからそれなりに時間が経っているはずなのに、男が一度も絡んで来ていない。

勿論今日はこちらから絡んでいないのも理由だろうが、それにしては何か違和感が有る。

ふと思い返すと、男と顔を合わした回数が少ない。

普段なら合わしたくなくても合わせる顔を殆ど見ていない。

まるで避けられている様だと、女はそう思い至る。


「これは何か有るな・・・ああ、丁度良い所に、すまんが旦那様を見ていないか?」

「ひゃい! は、はい、何ですか先輩? 旦那様ですか?」


そこに丁度通りかかった単眼に声をかけると、単眼はわたわたと慌てた様子で手に持っている何かを隠した。

角度的に下から眺める形になる女では、てのひらに乗せていたらしいそれが見えない。

ポケットに突っ込む瞬間に見えないかと女は目で追ったが、単眼の手にすっぽりと包まれて見えなかった様だ。


ただ自分に見つかって隠すという事は、やはり何かしら見られては困るものを渡されている。

女はそう判断し、無言で手を前に出した。

ここで他の使用人ならばしらばっくれるのだろうが、それが出来ないのが単眼の様だ。

たった一つしかない目をキョロキョロさせ、とても解り易く動揺している。


「どうした、見せられない様な物なのか?」

「うー、うー、その、没収しません?」

「・・・没収される様な物なのか? まさか法に触れる物じゃないだろうな」

「ち、違いますよぉ。没収しないって約束してくれるなら、見せられます」


単眼の不思議な答えに女は首を傾げる。

自分に見られると没収される物、という言葉が良く解らなかったからだ。


もし文書であるなら没収しても意味が無い。既に内容は単眼の頭に入っているはずなのだから。

何かしらの物品で有るとしても、単眼の性格上返さなければいけない物なら素直に返すだろう。

そもそも単眼が物を盗るとは思えないし、先程の「法に触れる」という言葉も本気ではない。


だがそれでも、余り見られたくない物だという事だけは確かな様だ。

本来は無理に見せろとは言える事柄ではないが、明らかに女を見て隠した以上無関係では無い。

そう確信してから女は口を開いた。


「解った。見たら返す。約束しよう」

「ほ、ほんとですよ。破ったりとかもしちゃ駄目ですからね?」

「解った。破かない。ちゃんと返す」

「うー、大丈夫かなぁ・・・じゃ、じゃあどうぞ」


破くという言葉から紙類なのだろうと思いつつ女は応え、単眼は素直にポケットからそれを取り出した。

女は約束は約束なので優しく受け取り―――――見た瞬間破きかけた。


「あー! あー! 待って、待って先輩! 破かないでー!」

「ぐっ、く・・・や、約束だからな」


女はすんでの所で踏み止まったが、差し出されたそれは端の方が少し破れていた。

単眼は若干涙目になっていたが、女がプルプル震える手で返して来たので何も言えなかった。

女がこういう反応をするだろうと解っていたから、単眼は見せたくなかったのだ。


「――――あの男!」


嫌な予感がする。そういえばあの男は帰って来た時に筒を抱えていた。

まさかとは思うが、早めに見つけないと自分にとって良くない事になる。

女はそう確信し、早足にその場を去った。屋敷のどこかに居る男を捕らえる為に。


「あー・・・破れちゃったー・・・端っこだから良いけどさぁ」


単眼は返して貰ったそれを見て、少々落ち込みながらその場を後にするのであった。









「お、やっと来た。もうそろそろだろうな―と思ってたよ」

「――――」


女はあの後屋敷を探し回った。男が居そうな場所を片っ端から。

だが何故か何処にもおらず、最後に一番居る可能性が少ないと思っていた少女の下へ訪れる。

そして女は、そこで見た物に絶句してしまう。


部屋にあるのは先ずいつもの家具、そして何故か居る男とやたら楽し気な少女の姿だ。

そしてその奥に、少女がはしゃぎながら見つめている物が、壁に掛けられている。

ポスターサイズのそれは、綺麗に額縁にはめられ、美術品の様に大事に飾られていた。


先日ゲームセンターに行った時に撮った、ぎこちない笑顔の女の写真が貼られているのだ。

勿論隣に少女も居るのだが、写真の中の女の姿は普段を知っていれば目を疑う物であろう。

二人で手を繋いでポーズをとって「仲良し」と書かれている写真は、生暖かい目を向けられるには十分なものだった。


「な、な、な、何を張っているんですか貴方は!」

「何って、記念じゃん。折角初めて行った場所で、そこの機械で撮ったんだし」


今壁に掛けられている写真はデジカメの類で撮った物ではない。

アミューズメントパークに良くある集団で写真を撮る筐体で、少女にせがまれて撮った物だ。

そのせいか写真の中の女は、少し黒目の大きな女性になっている。

隣に映っている満面の笑みの少女は、元々目がぱっちりしているせいか余り変化はない様だ。


使用人達の目が生暖かったのはこのせいであった。

男が少女の部屋で、写真を額に飾っていたのを知っていたのだ。


尚、単眼が持っていたのは筐体で撮った写真を普通に印刷した物である。

男は手持ちの携帯端末にデータを取り込こんで、後で別の場所で大きく印刷していたのだ。

そうしてポスターサイズにした物を少女の部屋に持ち込み、事前に用意しておいた額縁にはめ込んだ。

額縁を用意したのは彼女なので、ある意味女の最初の勘は当たっていたりする。


「は、外して下さい!」

「・・・だって。どうする?」


女が叫んで外す様に言うと、男は視線を少女に移す。

すると少女は驚いた様な、悲しんでいる様な顔で女を見つめ始めた。

女は内心「それは狡いだろう」と思いつつも、男を睨むしか出来なくなってしまう。

暫く男を睨み続けていたが、少女がしょぼんと視線を床に落とした事で大きく溜め息を吐いた。


「解りました。解った。好きに飾っていろ」

「だってさ。良かったな」


女は全てを諦めて写真を飾る事に許可を出し、男は厭らしい笑みで少女に告げる。

だが少女は許可を貰ったのに明るい顔を見せなかった。

それどころか顔を上げると写真を壁から外して女に手渡し、ぺこりと頭を下げた。


少女にとってこの写真はとても楽しかった思い出の一部だった。

だが女にとっては違ったのだと、そう思って写真を手渡したのだ。

本当に楽しくて、嬉しくて、浮かれて、はしゃいでいた。素敵な時間が有ったという証拠。

けど女に嫌な思いをさせてまで、少女はそれを持ちたいとは思わなかった。


「・・・すまん、私はただ恥ずかしかっただけだ。私だって楽しかったよ」


女はそう言うと、受け取った写真を再度壁に掛けた。

そして少し恥ずかしそうにしながら、泣くのを我慢しきれていない少女の目元を指で拭く。

少女は不安そうに顔を上げるが、女が優しく笑っているのを見てやっと笑顔になった。


「ただし、肖像権の侵害をした者には制裁を与えないといけませんね」

「お、来る―――」


まさに電光石火。

目にも止まらぬ速度で打ち出された女の拳は的確に男を打ち抜き、一瞬で意識を奪い去った。

男は少し油断していたのか、一切の抵抗を許されずに床に崩れ落ちる事となる。

流石に少女も少し驚いてビクッとしてしまった様だ。


「とりあえずこの男には少し仕返しをしてくる。また後でな」


女はそう言うと男を引きずり部屋から出て行った。

少女は女の迫力に少し気圧されていたが、コクコクと頷いてそれを見送る。

扉が閉まった後、少女はベッドに腰を下ろし、足をパタパタさせながらご機嫌に写真を眺めるのだった。








「直ったー」

「裏側にテープはっ付けただけじゃん。新しいの貰えば良いのに」

「いいのー。直ったのー。それに裏側全体に綺麗に張ったらから頑丈になったもん」


なお単眼はあの後、写真を自分で修復した模様。

彼女にちゃちゃを入れられるも、本人はそれで満足な様だ。

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