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会いたくないの?

まだまだ暑い日差しの日中、少女は今日も元気に庭で犬と遊んでいた。

ワフワフと楽しそうに跳ねながら走る犬を追いかけ、時には追いかけられている。

ただし興奮しても滅多にどーんと体当たりをしない辺り、本当に利口な犬だ。


勿論少女であれば犬程度の重みはなんて事は無い。ただそれは重量だけの話だ。

問題は体重が軽くて跳ね飛ばされ、転げて擦り傷を作る事だろうか。

力は有るがバランス感覚が無いので、とっさの行動の際に耐えられずゴロゴロ転がってしまう。


そもそも自分で走っていて時々止まれずに転げているので、どうなるかの想像は容易い。

ただじゃれつく事は有るので、大きい犬が少女の肩に寄りかかっている様子は、少女の力を知らない人間が見れば心配になる事だろう。


「ちみっこー、楽しいのは良いけど、水分とりなよー?」


お盆に冷たいお茶を乗せて庭にやって来た複眼が、少女に軽く注意を促す。

少女が人より頑丈だという事は今までの事で解っているが、体調を崩さない訳では無い。

以前少女が体調を崩した時は、女が心配し過ぎて使い物になっていなかった。

複眼はその事を思い出しつつ、ハーイと満面の笑みで手を上げる少女に思わず苦笑している。


「ほんと、元気ね。まあ室内でずっと空調の風にあたってるよりは健康的なのかもね」


複眼は庭の端に置かれたパラソル付きのテーブルにお茶を置き、そのまま腰を落ち着けた。

自分の休憩もかねて少女の様子を見に来た複眼は、キャッキャと走り回る少女の楽し気な笑い声と、暑い時期ならではの虫の声を聴きながらんーっと伸びをする。

少しばかり気温が高いかもとは思うが、それでも心地いい空間だと感じている様だ。


「・・・あの子が来てから、本当に気が緩んでるわね。嫌ではないけど」


少し揶揄う程度の事は最初の頃もしていたけど、それでも距離感が有ったと思う。

あの頃の自分はこんなに穏やかな気持ちで様子を見に来る、なんて事はしなかったはずだ。

いつの間にこんなに少女を可愛いと思うようになったのか自分でも良く解らない。


ただこんな自分も悪くない、なんて思えたのは、きっとあの子のお陰だろう。

いつの間にか住人全員の懐に潜り込んだ事を考えると、もしかしたら怖い子なのかもしれない。

なんて事を考えて苦笑し、お茶を飲みながら気持ちよく休憩の時間を過ごす複眼。


「そういえば、虎ちゃんはせっかく近くに住んでるのに、案外来る頻度少ないなぁ・・・」

「おんやぁ? 気になりますかね? 目の前の角っ子ちゃんよりも?」


何となく、本当に何となく出た呟きに、複眼の背後からねっとりとした声音が返って来た。

半眼になりながら目の一つを向けると、ニマニマした彼女がテーブルに顎を載せて複眼を見つめている。


「・・・何処から現れたのよ」

「いやぁ、窓からあんたが見えてさー。それ冷えてる? 冷えてるなら一杯欲しいなーって」

「はいはい・・・」


複眼はため息を吐きつつもお茶を入れ、素直に彼女に差し出した。

それでさっきの言葉に言及が止まるならと、そういう考えも有ってだったが。


「んっくんっく、ぷはぁ! 美味い! で、虎ちゃん恋しいのかい?」


だがそれは叶わなかった様だ。というか、彼女は解っていてやっている。

当然それが解るだけに複眼はイラっとしつつ、だけど手を出すのは我慢した。


「余計なお世話よ」

「えー、良いじゃんべっつにー。あの子だって満更じゃないって」

「っるさいわね。大体人の事気にするぐらいなら自分の事気にしなさいよ。あんたが綺麗なのは認めるけど、いつまでもそのまま何てのは無理なのよ?」

「んー、まあそうなったらそれはそれで。ここで働ける限り働いて、お婆ちゃんになっても雇って貰えるなら、あたしはそれで良いかなー。後は角っ子ちゃんが傍に居れば文句無し」


彼女のその言葉に嘘は無いのだろうが、ほんの少し真実が入っていないと複眼は感じている。

確かに少女の事はきっと可愛いのだろう。自分だってあの子の事は可愛い。

だけど彼女と羊角はその気持ち以外にも「この屋敷」で働く理由がある。


それを何となく察している複眼だが、そこを突っ込む気は特に無い。

突っ込んだ所で白を切るだろうし、どうせ突っ込むならダメージを与える場面でやりたいのだ。

何せ普段から色々迷惑はかけられているので、仕返しをする気満々である。


「お、角っ子ちゃんいらっしゃい。お茶飲むかい?」


そこに少女がトテトテと休憩しにやって来て、彼女の言葉に笑顔でコクコクと頷く少女。

まるで自分が用意したかのようにお茶を入れる彼女に対し、複眼はため息を吐いていた。

ただし少女はそのお茶んっくんっくと飲み終わると、複眼の手を取ってニコーッと笑顔を向けたので、誰が作って来てくれたのかはちゃんと解っている様だ。


「そうそう角っ子ちゃん、怖ーいお姉ちゃんが最近虎ちゃんが来なくて寂しいんだってさー」

「・・・誰もそんな事言ってないでしょ」

「えー? 角っ子ちゃんもちょっと寂しいよねー? 私も来ないと寂しいなー?」


彼女の問いかけに少女は素直にコクンと頷き、虎少年の家の方向を見つめる。

とはいえそれは「毎日来てない」というだけで、割と遊びには来ていたりするのだが。

複眼の言葉は「毎日来そうなのに」という意味であり、別に長期間来ていない訳ではない。


とはいえそれまでが毎日顔を合わせていただけに、少女は少し寂しさを覚えているのだ。

虎少年としては毎日向かうのも迷惑かと考えている所も有ってなので、完全にすれ違っている。

むしろ虎少年は屋敷では人気な人間なので、来れば歓迎されることだろう。

特に単眼や彼女がもふもふ欲求を満たしたいと。


だから彼女は素直に虎少年の来訪を望んでいるし、少女も同じ様に待ち望んでいる。

理由に差が有るので同じ様に、というのは違うかもしれないが、来て欲しいのは同じだ。

なので意見の違う複眼に少女は少し不安な顔を向け、上目使いでコテンと首を傾げる。

複眼は虎少年に来て欲しくないのかと、そういう不安を持ってしまって。


「・・・はぁ、はいはい、私もあの子が来るのは歓迎するわよ。いい子だし可愛いって思っているのは事実だしね。ただあんたみたいに無理やり毛皮を触る気は無いわよ」

「だってさー。無理やりじゃなかったら良いよね、虎ちゃん」

「――――は?」


思いもよらぬ彼女の呟きに、慌てて視線を様々な方向に向けて虎少年を探す複眼。

だがどこを探しても虎少年はおらず、見えたのは同じ様にキョロキョロと探す少女と、ニヤニヤする彼女の姿だけだった。


「うっそでーす。慌てちゃって、かーわいー」

「よし、ちょっとそこを動くな。安心しなさい。跡が残らない様に関節技で許してあげるから」

「あっ、あたしそろそろ仕事に戻るね!」

「逃がすか!」


これは不味いと逃げ出した彼女であったが、残念ながらあっという間に追いつかれてしまう。

そしてそのまま複眼に関節技をかけられ、のどかな庭に「タップタップ、ぎゃあああああ!」という彼女の叫び声が響く。

因みに少女はいまいち状況が把握しきれておらず、止めた方が良いのか手を出さない方が良いのかと、オロオロしながら複眼の制裁を見守るのであった。

ただ彼女が何かやらかしてお仕置きをされているのだ、という事は一応解っている様だ。








因みに話題の当人、虎少年が来た事で制裁は終了となった。

ただし特に動じる事なくテーブルに着いた辺り、最早完全に慣れてしまっている。


「虎ちゃんさー。あんな暴力女より、おねーさんの方が良くない?」


テーブルに戻った彼女は痛みで突っ伏しながら虎少年にそう言うが、虎少年は特に気にする様子を見せず、複眼から受け取ったお茶をの一杯飲んでから口を開いた。


「彼女は意味なく暴力は振るわないでしょう。優しい人ですし」

「容赦なく関節技を食らわせていたのに、理由が有ってもあれを優しいというのかね君は」

「それに僕は無理やりお腹を触ってくる女性はどうかと思いますよ」

「だってえええええ、触り心地いいんだもんんん」


気安くなったからこその容赦のない言葉に彼女は項垂れ、虎少年はそれに苦笑するしかない。

ただし彼女は項垂れつつも、複眼の口元が少し上がっている様子をしっかり見ている。

そこまでわざとやっている、などとは流石の複眼でも気が付くまいと、少女に頭をなでて慰めて貰いながら内心ニヤッと笑う彼女であった。懲りない人間である。

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