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寂しい。

最近少女は少し困っている事が有った。

いや、困っている、とは少し違うのかもしれない。

困惑している、というのが正しい表現なのだろうか。


最近虎少年がやたらと外に出かける様になり、余り会えていないのだ。

屋敷に来てからは会おうと思えばいつでも会え、そしていつも構って貰えた。

それだけに最近の急激な様子の変化に、少女は少し戸惑っている様だ。


何処に行くのかと尋ねても、虎少年は曖昧な返事しかしてくれない。

それは自分が訊ねても、他の使用人が訊ねても同じ様子だ。

ただ複眼は事情を知っている様子であり、他の者達も何かを察している様に見える。

特に男に関してはその話題を露骨に避けていて、女には「本人が喋らない事を喋る訳にはいかないだろう」と正論で諭されてしまう様な事に。


何となく少女は、自分が仲間外れにされた様な気分を抱えていた。


その気分を埋める為か、最近の少女はまた一段と畑に精を出している。

もう平地の畑は以前の姿を完全に取り戻し、一時のぐちゃぐちゃな状態が嘘の様だ。

段々畑もまだ完全復活こそしていない物の、少女の懸命な努力によって着実に元の姿を取り戻しつつあった。


「天使ちゃーん、お昼よー?」


ただ集中し過ぎて時間が解らなくなるのは相変わらずで、やはり適度に誰かが呼びに来る。

その集中力だからこの畑が出来たのだろうが、疲れを認識し忘れるのは周囲の悩みの種だ。

今日呼びに来たのは羊角の様で、片手には何時も通りしっかりとカメラが握られていた。

少女がはーいと元気よく手を振って返事をし、駆けて来る姿を動画でしっかりと撮っている。


「はい、到着、手を先に洗いましょうか」


羊角の手前でちゃんと危なくない様に速度を落とし、両手を広げてエヘーッと笑う少女。

それだけで心臓を握りつぶされた気がした羊角だが、平静を装って少女に手を洗わせる。

ただ手を洗っているだけの姿も、羊角にとっては心から愛でられる光景だが。


「はい、タオル」


タオルを手渡された少女はペコリと頭を下げ、手を拭くとニコーッと笑顔を向ける。

その様子はとても可愛い。可愛いのだが、羊角は少しだけ違和感を覚えた。

それはきっと、余りにも少女を観察し続けた羊角だからこその違和感だったのだろう。

少なくとも、この時点では女でも気が付けない程の小さな違和感だった。


「・・・ねえ、天使ちゃん。今日は少し、無理に笑ってないかしら」


羊角はその違和感を気のせいとは結論付けず、ストレートに少女に訊ねる。

すると少女はあからさまに動揺した様子を見せ、少し申し訳なさそうに目を逸らした。

どうやら羊角の言葉は正しかったと、態度で見せてしまった少女である。


「どうしたの? 何か悩み事?」


少女の目線に合わせる様にしゃがみ、カメラの録画を切ってポケットに仕舞う。

ここで聞いた事は誰にも話さないし、記録もしないという意思表示だ。

少女はそれをどう受け取ったのかは解らないが、羊角に少し事情を話す事を決めた様だった。









「成程、寂しかったのね。ごめんね、そんなつもりは無かったのよ」


少女から虎少年関連の事を話され、仲間外れにされて寂しかったのだと判断した羊角。

ただ少女自身も「寂しかった」と言葉にされ、ああそうか寂しかったんだと自覚する。

何時も優しく構ってくれるお兄ちゃんが急に構ってくれなくなって、寂しかったのだと。


「・・・私達も本当の所が解ってる訳じゃないの。だからあくまでこうなのかなって予想してるだけ。だから天使ちゃんに伝えられる事は、一つだけかしら」


羊角は一旦言葉を区切ると、少女を優しく抱き寄せて抱きしめる。


「私達は天使ちゃんが大好きよ。だから笑えない時に無理に笑わなくて良いの。私達は笑顔の天使ちゃんが好きだけど、笑顔だから好きな訳じゃないわ。天使ちゃんが笑顔になってくれるのが好きなの。疲れてる時は疲れてる、寂しい時は寂しいって、そう言ってくれた方が嬉しいわ」


少女の背中をポンポンと叩きながら、羊角は少女に優しく語り掛ける。

それはいつも笑顔で頑張る少女だからこそ、もっと甘えて良いんだよと伝えたくて。

最近の少女は不満を見せる事は確かにある。

ただそれは反面、我慢も良くする様になっているという事だと。


不満を見せるという事は、そういう判断をする思考や感情が育っているという事なのだから。

その成長を悪いなどとは決して思っていない。とても優しく成長している証拠だ。

だから羊角は少女を責めはせず、だけど願う様に言葉を続けた。


「それが天使ちゃんの成長だって解ってるわ。心配させない様に、元気だって見せる様に笑うのが、優しい成長だって事は解ってる。でもね、その様子が余計に心配になる事も有るの。だから素直に寂しいって、そう言って良いのよ」


その言葉が嬉しくて、だから笑いたくて、だけど笑えない少女。

本当に嬉しいのに。優しくて嬉しい言葉なのに、うりゅっと瞳に涙が溜まってゆく。

その事に気が付いた羊角は一旦少し離れると、にっこりと笑ってみせた。


「今言ったばかりでしょ? いいのよ、素直に感情を出して。それは嬉しいからの涙だもの」


羊角は少女の目じりの涙を指で優しくふき取りながら、とても優しい声で告げる。

だけど少女は、それでも泣かなかった。

いや、涙が溜まっている以上、泣いているのは確かなのだろう。


それでも少女は小さく深呼吸をすると、にっこりと笑ってみせた。

涙が少し頬を伝うが、それでも目いっぱいの笑顔を。

私は嬉しい時は笑うのだと、そう全力で伝える様に。


「――――――天使・・・!」


少女のその笑顔に当てられたのか、羊角は無意識に祈りを捧げていた。

そしてそのまま動かなくなった羊角に困惑し、どうしようとワタワタと慌てだす少女。

羊角が復帰したのは、昼食に呼びに行ったのに戻って来ない羊角にしびれを切らし、彼女が迎えに行った後であった。


せっかくお姉さんムーブをしたのに、完全に自分が台無しにした羊角である。

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