露骨な不満。
その日の少女は珍しく、少し不満そうな顔を男に向けていた。
思い切り不快そうな様子、という程ではないが、ほんの少し頬をぷくっと膨らませている。
上目遣いで男を見つめるその姿は、親に不満を訴える子供その物だ。
普段なら少女が男にそんな態度を取る事は無い。
男は大好きで大好きでしょうがない人で、そして大きな感謝をしている相手。
少女自身がそう自覚している相手なのだから、こんな態度を取るのには当然理由が有る。
「いや、えっとな、これは別腹なんだって」
男が言い訳するのを聞いて、少女の頬が更にぷくーっと膨れて行く。
なんで?どうして?と言わんばかりの目線に、男は天井を仰いで右手で頭を抱えた。
因みに左手にはゲームのコントローラーが有り、モニターには畑を耕す映像が映っている。
とは言っても現実の映像ではなく、ゲームのキャラクターが畑を耕す映像だが。
つまりは屋敷の裏にちゃんと耕す場所が有るのに何故ゲームで態々そんな事をやるのか、という理由で少女は不満で頬を膨らませているのだ。
少女はぷくーっと頬をめいいっぱい膨らませながら、男の袖をきゅっと握る。
そして眉をハの字にして男を見つめ、袖を小さく引きながら裏庭の方向を指さした。
ゲームでするぐらいなら一緒に畑に行こうと、ちゃんと出来る所が有るよと。
「い、いや、解ってるよ。でもそうじゃなくて、これは畑仕事自体が目的じゃないから。そこから採れる物でアイテム作って、色々量産するゲームだから目的が違うんだって。な?」
男が焦りながら言い訳をすると、今回は効果が有った様で少女は渋々ながら手を離した。
少女自身もゲームをするので、男の言い分が解らない訳じゃない。
だけどそれでも、態々畑仕事をゲームでしてるのは、何だかとっても納得がいかないのだ。
とはいえこれ以上は我が儘だろうと、しょぼんとした様子で男の部屋から出て行く少女。
「あ、えっと、あー・・・どうしよう」
そんな男の呟きは少女の耳に入っておらず、悲しげな表情でトボトボと自室に向かう。
だが暫く歩いている内に言い様の無い嫌な気分がお腹の中に渦巻き、でもどうしたら良いのか解らずにパタパタと走り出す少女。
そして自室で使用人服に着替えると畑に向かって走り出し、鍬を握ってフンスと気合を入れる。
取り敢えずいっぱい動いて発散させることを選んだらしい。
むーっと唇を突き出しながら耕運機が如く畑を耕し、あっという間に一角を耕し切った。
だがそれでもまだ気が収まらない様で、崩れた山の開墾をやり出す少女。
ショベルで土を掘り、運び、固め、以前あった畑に近づけようと。
ただしいつもの様に楽しげではなく、むーっとした不満そうな顔のままだが。
「何やら憤ってますなぁ・・・旦那様が原因ですか?」
そんな様子を殆ど最初から眺めていた老爺。
少女が走って行くのを見かけ、気になって裏に付いて来ていたのだ。
そしてその更に背後には、ばつの悪そうな顔で立つ男も居る。
「いや、まあ、そう、なるだろうな・・・」
「はっはっは。可愛いですなぁ」
「まあ、来たばっかりの頃に比べれば、子供らしくて可愛いとは言えるけど・・・あの不満の目を向けられた身としては、何とも言いようがねえな」
男は罪悪感でゲームに集中できず、結局少女の様子を見に来たらしい。
そんな男と少女の『両方』を可愛いと言ったつもりの老爺だが、男は気が付かなかった様だ。
だからと言ってそれを訂正する気も無く、老爺は楽しそうに笑いながら男を見つめる。
「はいはい、行きますよ。行ってくりゃ良いんだろ」
「おや、私は何も言ってませんが。まあ旦那様が行きたいのでしたら、私は止めはしませんよ」
「ったく、このじーさんは・・・」
男は頭をぼりぼりとかきながら、ペチペチと土を固めていく少女に近づいて行く。
その顔は未だ少しぷくっと頬が膨らんでおり、不満が収まっていない事が見て取れる。
だがその様子を見て、男は思わず笑みを漏らしてしまう。
男の知っている少女の姿は、不満なんて一切見せない姿ばかりだった。
それはきっと当たり前で、だからこそ本当は今の少女の態度は不遜な物になるのだろう。
何せ少女は奴隷であり、男は主人なのだ。
不満が有ろうが何だろうが、法律が許す限りの範囲では男の言葉に従わなければいけない。
だけどそれを理解した上で、男は今の少女の様子に胸の内が暖かくなっていた。
色んな物に怯え、そして何もかもに良く解らず素直に頷くだけだった少女。
それが今では自分の意思で考えて動き、ちゃんと自分の感情を人に見せている。
自分の立場を理解した笑顔を振りまくだけの姿ではなく、屋敷の住人として自然な笑顔と不満な顔を見せる少女に、男は心から連れて来て良かったと感じているのだ。
「よっ、何か手伝おうか?」
男が気軽に声をかけると、少女は勢い良く後ろを振り向いた。
そしてぱぁーっと花が咲く様な笑顔を見せると、うきゅーと声を漏らしながら男にギューッと抱きつく。
土で汚れた手と服で抱きついてしまっていたが、どうせこれから汚れるのだし男も気にしない。
むしろ少女の機嫌が直ってほっとしているぐらいだ。
「まったく・・・本当に、可愛いですなぁ・・・」
老爺はそんな二人に目を細め、好々爺とした様子で見守っていた。
それこそ息子と孫を見つめる祖父の様に。
因みに男の部屋では件のゲームがつけっぱなしである。
「あの男、電源をつけっぱなしではないか。全く」
用事が有って男の部屋に来た女は、モニターを見て溜め息を吐いていた。
そして電源を切って片付け、スタスタとその場を離れる女。
男はこの後絶望に打ちひしがれる事になる。
長時間データの保存をしておらず、今日進行したデータ全てが消え去っていたせいで。
女に文句を言うも「つけっぱなしなのが悪い」と言われ、普段通り文句の言い合いになるも殴り倒され、言い様の無い虚無感を抱えて就寝するのであった。




