訊ねたい事。
冬の寒さが完全に無くなり、ポカポカと暖かい日差しが庭を照らす。
少女はそんな陽気に当てられて、ぽわーっとした顔をしながら箒を手に庭の掃除をしていた。
今日は頑張って転寝をしていないようだが、目が半閉じ状態でかなり怪しげだ。
それでもちゃんと言われたお仕事は済ませ、屋敷の門の横でふひゅーと息を吐く少女。
ただそれで気が抜けてしまったのか、カクンと少女の頭が揺れてしまう。
「ふんぐっ！？」
すると突如聞こえた男性の声にビクッとして、慌てて顔を上げる少女。
そこには股間を抑えて蹲る男性の姿が。
男性はプルプルと震え、言葉にならない呻き声をあげている。
ただ少女は原因が良く解らずにオロオロして、取り敢えず男性の近くにしゃがみこむ。
角が何かに当たったような気はしたが、そこまで勢い良く当たった感触は無かったのだ。
今までも彼女や単眼にぶつかった事は有るが、こんなに痛がられる様な手応えでは無いと。
少女が男の子ならまだ気が付けたのかもしれないが、残念ながら少女は少女なので。
大丈夫？ごめんね？という様に顔を覗き込むと、男性は少々引きつりつつ笑って返してくれた。
ただしそれが精いっぱいだったのか、相変わらず蹲ったままだが。
その様子にやっぱり心配が消えない少女は、男性の背中を優しく撫で始めた。
すると男性は少しして表情が和らぎ、本人も不思議そうな顔をしながら上体を起こす。
その事に少女はほっとしてから、ニコッと笑って顔を覗き込んだ。
「あ、ああ、心配をかけて申し訳ない。ありがとう」
戸惑いを隠せないまま、少女に優しく応える男性。
そこで少女はまじまじと男性の顔を見て、少し見覚えが有る様な気がした。
というか、つい最近見かけた複眼の男性である事に、あっと声を上げて気が付く。
「君は、ここの使用人、なんですか？」
複眼の男性は少女に目線を合わせる為にしゃがんで問いかけ、少女は少し首を傾げる。
それは目の前の男性への警戒からではなく、自分は使用人と言って良いのだろうかという疑問。
一応最近はお給金を貰えるようにはなったが、一人前の仕事をしているかと言われればそんな事はない。
でも、一応お仕事してるから、いいよねと、少女は自信無さげにおずおずと頷いた。
「あ、ああ、その警戒しないで、というのは無理か・・・」
男性はその行動を警戒と判断した様で、少し困った表情を見せている。
とはいえ致し方ないかという思いも有った様で、自ら少し距離を取った。
「これで少しは安心出来ますよね。多分そちらとしては私の事を警戒していると思うのですが、変な事をする気は無く、少し話を聞かせて欲しいだけなんです」
複眼男性の申し訳なさそうな様子に、少女はきょとんとした顔で首を傾げる。
そこでようやっと、少女は複眼の事に思い至り、そうだったと焦りだした。
箒をぎゅっと握り、むんと気合を入れて男性を見つめる少女。
複眼男性はその態度を見て、話は聞いてくれるようだと判断して口を開いた。
「その、彼女は・・・私の事を、何か言ってませんでしたか？」
そして告げられた少し躊躇しながらの言葉に、少女はコテンと首を傾げた。
話の流れからきっと複眼の事だろう、という事は流石に少女でも解る。
だけど複眼は父親の話ばかりで、近くにいた男性の事は一言として口にしていない。
なので住人は少女も含めて、複眼も知らない男性なのだと思っている。
「あ、あはは、そ、そうか・・・忘れられてるのか、眼中にないのか・・・はぁ・・・手間を取らせて申し訳ありません、失礼します・・・」
ただ少女のその態度で、複眼が自分の事を話していない事は察したらしい複眼男性。
少女に礼儀正しく頭を下げると、肩を落としてトボトボと去って行った。
ただ礼を言われた少女は最初から最後まで良く解らないままで、頭の上にハテナを出しながら見送っていたが。
「行ったか・・・徒歩で来たらしいな」
「そのようですね。あの方向ですから、駅に向かうのでしょう」
そんな様子を、男と女はずっと見ていた。
流石に会話内容は聞こえていないが、害意が無い事は見て取れた二人。
下手に刺激して面倒になるよりも、穏やかに済ませる事を優先したらしい。
ただ何か有ったらすぐさま対応出来る様にと、ずっと少女と複眼男性の様子を見ていたのだ。
「何を話していたのか、聞いて来てくれるか」
「畏まりました。嫌な役は私に押し付けてそこでのうのうとコーヒーでも飲んでいて下さい」
「は？ 別にやりたくないなら俺が聞いてくるぞ。その程度で怖がられるお前の普段の態度に問題が有るんだろうが。この間だって少年を思いっきりビビらせてただろ」
「ぐうたらでだらしない所ばかりを見せて舐められている旦那様よりはマシだと思いますよ」
「「・・・あ゛？」」
暫く複眼男性の背中をぼーっと見送っている少女であったが、何時もの打撃音ではっと屋敷に意識を戻す。
男の部屋を見ると窓から女が手を振っていたので、満面の笑みでぶんぶんと手を振り返す少女であった。
今日も男は敗北である。
