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収穫日。

「あっつ・・・」


日差しが射殺す様に降り注ぐ中、男は籠に一つ、また一つと収穫した野菜を入れていく。

本日は収穫日。

そう男に告げた少女の笑顔に負け、男は少女と共に畑に居る。

以前少女が全力で耕した畑が、良い感じに野菜を実らせていた。


「てっきりもっと先だと思ってたのに・・・」


少女は庭師に相談し、成長の早い野菜を中心に植えていた。

なので畑には、さして月日もたたずにそれなりの物が成っている。


少女本人は男から少し離れた所で、ご機嫌に鼻歌なぞ歌いながら野菜を回収していた。

毎日毎日丁寧に世話をしていた成果が出た事で嬉しくて堪らないといった様子だ。

そんな顔をされては最初に提案した男が断れる筈も無く、何より今日は休みだと言っていたので余計に断れなかった。


「本読んでのんびりしてようと思ってたんだけどなぁ・・・」


プチッと丁寧にまた一つ野菜をもぎり、籠に入れる。

少女が頑張って育てたのだと思うと雑に扱えない、と思うあたり気の良い男である。

勿論言い出したのが自分だという事も理由では有るが。


男が少女の様子を見ると、少女はまだ育ち切っていない野菜をニコニコしながら見つめていた。

今収穫している物とは別の野菜だが、あれも数週間経たずに収穫時になるだろう。

つまりこの先数か月の休日はこの調子という事だ。

そう思うと少し気が重くなる男だが、少女のあまりに嬉しそうな顔に「まあいいか」と結論に至った。


だが男は気が付いていない。

実はこの畑には極寒にも耐えうる物が植えられている事を。

寒空の中、雪が降ろうとも成長する植物が植えられている事を男はまだ知らない。

その植物の収穫の時こそが、男が真に自分の発言を後悔する日であろう。


だが今の男はそんな事も知らず、それなりに楽しんで収穫を進める。

何だかんだ体を動かすこと自体は嫌いではない男なので、やると決めたら楽しむ人間である。


「全く、水分もとらずに何をしているんですか。倒れますよ」


気が付くと汗をだらだらと流しながら、黙々と収穫を続けていた男に女が声をかける。

その手には水筒が握られており、男と少女の為にここに来たのだと解る様子だった。


「わりい、助かる」

「貴方の為ではありません。あの子の為です」


礼を言う男にいつも通りのそっけない態度で返す女だが、既にその手の水筒から水を出し、男に差し出している。

男のほうも特に気にせず水を受け取り、座りこんでゆっくりと口に含む。


良く動き、汗を流してからの水分補給は格別に美味しいと感じる物だった。

これなら普段から少し位汗を流しても良いかな、などと思う男。

だが明日になれば「めんどくさい」とまた言い出すのがこの男である。


男がゆっくりと水を飲んでいる間に女は少女の元へ向かっていた。

そして男に差し出したのと同じく、少女にも水を差しだす。

少女は女のさし出した水を、満面の笑みで礼をして受け取った。


「もう随分慣れたな」


最初の頃の、女の普段の態度にすら怯えていた少女はもう居ない。

その事に安心し、笑みを浮かべる男。


少女はこの屋敷の住人として、当たり前に受け入れられている。

このまま正規の使用人と雇っても良いぐらいに仕事自体もしている。

むしろ他の使用人達にとっても、居てくれる方がありがたい存在となっている。


「ただの偽善でおせっかいだったけど、良かった、よな」


誰に言うでもなく、男は呟く。

少女を買いに行くと決めたその時の気持ちを思い出しながら、男は少女達の姿を見つめる。


女と少女が仲良く並んでいる様は、男にとって大きな意味がある。

最初こそ男は自分の為に少女を買いに行った。

自分でも下らない偽善だ、などと思いながら男は少女を買った。


だが男は、今はその時の自分の判断に感謝していた。

少女の存在が女を支えてくれると、今はそう感じているからだ。


男は、あの少女の生い立ちの全てを知っている。

知っているからこそ少女の境遇が不憫だと思っていた。

誰も本当の事情を知らない、知る者などそう居るはずもない少女の生い立ち。


だが少女はそんな事に一切関係なく、明るく素直で良い子だ。

そんな少女だからこそ、少女はいつまでも変わらず有るのだと男は思っている。

そしてそんな少女の存在が、在り方が、女の精神を安定させてると感じていた。


「それにきっと、あいつなら姉貴を止められるんだよな・・・」


女に万が一が起こった時、少女はきっと止める事ができる存在だと、男はそう認識していた。

だがその言葉を口にして、男は自分自身に嫌悪を感じるのを自覚する。


「ざっけんな、あんなガキに何を背をわせる気だ」


男は自身の出した言葉に悪態をつき、心底気持ち悪い物を胸に感じながら自分を蔑む。

そして女だって、そんな事を望んでいないと思い、申し訳ない気持ちで少女達を見る。

すると視線に気が付いた少女が笑顔で手をブンブン振って来た。

男はそれをまっすぐ受け取る事が出来ず、苦笑いで手を振って返す。


だがそんな男を見た少女が何かを気にした様子を見せて、トテトテと男の元までやって来た。

そして座っている男の様子を首を傾げながら見た後に、少し躊躇する様子を見せながら男の頭をゆっくりと撫でる。

男は何をされているのか理解が遅れ、少女を呆然と見ていた。


そんな男の反応に、あれ、間違ったかな? といった雰囲気を見せる少女。

だがそれでもまだナデナデと、男の頭を撫でている。

男もそこで少女の行動の意味を理解した。


「はっ、何か落ち込んでる様に見えたか?」


頭を撫でる少女の頭をポンと叩き、笑顔で男は立ち上がる。

そんな男の様子を見て、ほっとする少女。


少女は男に元気を出してもらおうと頭を撫でていた。

それは単純に、自身がほぼ毎回撫でられているからであり、きっと同じ事を返せば元気になってくれるという単純な考えである。

だがその可愛らしい優しさが、少女の持ち味でもあるだろう。

事実男はそんな少女の素直さに、変に考えてる自分が馬鹿らしくなった。


「ま、俺が何考えてたって、本人次第だよな」


さっきまでの馬鹿らしい考えを振り払う様に、少女の頭をぐりぐりと撫でる。

少女は若干男に振り回される様になりながらも、主人が元気になってくれた事を喜んでいた。






余談ではあるが、女は殺意を感じる瞳でその光景を見つめていた。

少女に撫でられていたのが羨ましかったようである。

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