女の復帰。
今日の少女は張り切っていた。いや、少女はいつも張り切っている。
それは当然なのだが、今日はいつにもまして張り切っている。何故なら女が復帰したからだ。
女が元気になったのは良い。けど、女がまた倒れるのは嫌だと張り切っているのだ。
だがそれが良い方向に行くかどうかは別の話。
「ちみっこ、そこ危ない」
複眼の使用人が、今まさにバケツに足を突っ込もうとしていた少女に注意をする。
だが、すでに遅かった。少女は盛大に足を突っ込み、そのままこけた。
「あーあ、やっちゃったね」
複眼使用人が揶揄う様に咎めると少女は慌てて立ち上がり、スポンジモップで床を拭き始める。
わたわたと慌てながら片づける様子を、クスクスと笑いながら複眼の使用人も手伝う。
「あら、角っこちゃん、何やってんの?」
そこに彼女もやって来て、少女のミスは瞬く間に皆に知れ渡る。
まあ知れ渡ったからと言って、皆が少女を可愛がる材料になるだけなのだが。
「まあまあ、こういう日も有るって」
「そーそー」
彼女と複眼は、落ち込む少女を慰めていた。
へこませた原因は自分達だと解っているからこそ、後のフォローも欠かさない。
とはいえ、一番は最初からへこまさない事では有るのだが。
「何の話だ?」
そこに女がやって来た。
実は女は今日は殆ど外の仕事をしていなかった為、少女のミスについては知らなかった。
偶々傍を通り、今の会話が聞こえて尋ねに来たのだった。
少女は女に心配をかけさせまいと、首をフルフルと横に振る。
女はそんな少女を見つめ、目を険しくした後、特に何も言わずに去って行った。
詳しく問われなかった事に少女はほっとしたが、同時に問われなかった事に首を傾げた。
以前なら、もっと聞かれていた筈だから。
「こんなとこで何してんだお前。壁にでもなるのか」
女は自室の傍の柱の陰に寄りかかって動かずにいた。
それを男が見つけ、いつもの調子で話しかける。
「・・・ほっておいて下さい」
「おい、どうした、お前なにまじへこみしてんだよ」
女は問い詰めなかったのではなく、問い詰められなかったのだ。
少女に素直に事情を言われなかった事に、思いのほかショックで何も言えなくなっただけであった。
先日距離が近くなったかと思っただけに。
「・・・ほっておいて下さい」
女はそう答えるのが精いっぱいであった。