寂しい。
その日の少女はとても珍しく、元気のない様子で仕事をしていた。
勿論仕事は一生懸命やっているが、何時もの元気が見て取れない。
一作業が終わる度に小さく溜め息を吐き、みぅ・・・と悲し気に妙な声を漏らしている。
「角っ子ちゃん、元気無いねぇ」
「うん、おチビちゃんの今までを考えると、仕方ないかなぁ」
その様子を見ていた彼女と単眼は、心配そうに少女の事を話していた。
実は傍に羊角も居るのだが「物憂げな天使も絵になるわぁ」と撮っているので無視されている。
別に羊角も元気の無い少女が良い訳ではないが、それはそれらしい。
この通り屋敷の住人達も少女の元気がない事には気が付いているし、何度か元気づけている。
その時は少女もニパーッと笑みを見せ、何時もの調子でパタパタと動き出す。
ただそれはその場だけの事で、暫くするとまた悲しそうな表情を見せるのだ。
勿論多少は元気づける事が出来ているだろうが、根本的な解決にはなっていない。
今も少女は箒を持ちながら空を見て、みゅ~と変な声を上げていた。
少女が何故元気がないのか、その原因は実はすでに解っている。
昨日から男と女が屋敷に居らず、そして暫く帰って来ない事が原因なのだ。
ただ事故や事件などではなく、仕事で遠出をしているからだが。
少女もそれは解っているし、現地に着いた報告も態々して貰った。
だから二人共元気なんだと解っているし、女が居るのできっと心配はない。
ただやっぱり、二人に数日会えない事が寂しい様だ。
二人を見送った当日は元気よく見送ったのだが、翌日になって寂しくなってしまった少女。
朝は女が起こしに来ないし、食事の時も男が居ない。
だから厳しいけど優しい女の声は聞こえないし、男の緩い調子の声も聞こえない。
何より二人の殴り合う音も聞こえない屋敷に、少女は何だか別の家の様に感じている。
「本当に角っ子ちゃん、旦那様大好きだよねぇ」
「先輩も居ないから余計だろうね」
皆は元気のない少女を心配しており、少女自身も心配をかけている事は解っている。
解ってはいるのだが、気が付くと溜め息を吐いてしまうのだ。
後数日も、二人に会えないのか、と。
「うーん、角っ子ちゃん連れて行ければ良かったんだろうけどねぇ」
「おチビちゃん、忘れそうになるけど奴隷だからね。手続きがちょっと、ね」
今回の男達の仕事は国外に出る予定があり、そうなるとそれなりの手続きが必要になる。
実際女は今回の仕事が決まった時、ぎりぎりまで連れて行くつもりで手続きをしようとした。
だがどうしても出発の日までに許可を貰う事が出来ず、歯ぎしりをしながら出発している。
男としては留守番ぐらい出来た方が良いんじゃないのか、という言い分の様ではあるが。
「あ、少年、少年、良い所に」
「え、はい、何ですか?」
二人が少女について話している所に丁度少年が通りかかり、彼女が声をかける。
少年は素直に近づいて訊ねると、彼女はちょいちょいと少女に指を向けた。
「ああ・・・旦那様達が居ないから、大分元気がないですよね」
「ですよね、じゃないの。今こそ君の出番でしょうが。ほら行って来る」
「え、いや、出番って言われても―――」
「つべこべ言わない。ほらほら、早く」
「―――はい・・・」
少年は困惑した様子で返すが、彼女が有無を言わさずぐいぐいと押すので反論を諦めたようだ。
とはいえ特に案が有る訳でもなく、うーんと悩んだ様子で少女に近づく少年。
そのタイミングで少女がふと顔を上げ、何だか少年が悩んでいる事に気が付く。
すると少女は今まで自分が溜め息をしていた事も忘れたかの様に、パタパタと元気よく少年の下に走って行った。
「あれ、何か予想と違う展開」
彼女がそう呟くのも仕方ない事だろう。
少女の為にと少年を向かわせたのに、その少年の悩みを訊ねる様な様子を見せているからだ。
何時ものゼロ距離で少年の顔を覗き込むように首を傾げ、どうしたの? と悩みを聞こうとしている。
少年はまさか向こうから走って来るとは思っておらず、更に距離を一気に詰められ慌てていた。
なので返答も碌に出来ておらず、そもそも最初から何を言うかも纏まっていない。
少女はその「困っている」という所だけを理解し、大変なんだねーと優しく頭を撫で始める。
何故困っているのかは良く解らないが、取り敢えず慰めてあげようと思ったらしい。
当然少年は更に挙動不審になり、そんな様子を少女は可愛く感じていた。
ニコニコとしながら少年の頭を撫で続けた後、勢い余ってギューッと抱き締め始める少女。
本人的には猫や犬を撫でる時と同じような感覚で、良い子良い子と背中を撫でている。
ただ少年は当然の事ながら頭を真っ白にさせ、顔は真っ赤にして微動だにしなくなった。
何とか気絶はしていないが、あうあうと言葉にならない声を漏らすだけである。
「・・・なんか思ったのと違ったけど、角っ子ちゃんが少し元気そうだからいっか」
「い、良いのかな」
少年は役得なのかそうじゃないのか少し悩むところではあるが、取り敢えず少女は少しだけ気がまぎれたらしい。
なのできっとこれで良いのだと、彼女は無理矢理納得する事にした。単眼の疑問は無視である。
「早く帰りたい・・・」
「何回目だよ、その呟き・・・ったく」
一方その頃、女は女で帰りたいと何度も呟いていた。
どうやら寂しいのはどっちも同じ様である。
男は呆れつつも、自分もどこかに少し寂しさを感じているのであった。