初給金
少女は今日も元気にぴこぴこ動き回りながら、何時もの調子で屋敷でのお仕事をしていた。
畑にちょろちょろ、廊下をちょろちょろ、庭をちょろちょろと、自分のやれる事を探しながら、皆のお手伝いをする少女。
まあ畑は殆ど少女がやっているので、お手伝いとは少し違うだろうが。
そんな風に何時も通りのお仕事をしていると、肩をちょいちょいと叩かれたのを感じる。
振り向くと彼女がにまっと笑いながら少女を見つめていた。
少女はなあにー? と首を傾げると、彼女は少女の頭を撫でながら口を開く。
「旦那様が角っ子ちゃんに話が有るらしくて、部屋に来てだってさー」
彼女にそう言われ、いつもの様にニパッと笑いながら頷いてぱたぱたとかけて行く。
そんな後姿を見つめながら、この後の少女の行動を想像してニマニマする彼女。
何の用なのかは知っているのだが、あえて伝えずに向かわせたらしい。
そんな事はつゆ知らず、ぴょんこぴょんこと楽し気に男の部屋に向かう少女。
少女にすれば男に会いに行く、という事だけでご機嫌になれる要素なのだ。
男の部屋に到着するとコンコンと小さくノックして待ち、少しして「あーい、開いてるよー」という返事を聞いてから中に入る。
部屋の中には女も居て、少女は二人にぺこりと頭を下げてからトテトテと傍に寄った。
「今日は大事なお話が有ります」
少女が傍に来ると男はそんな事を告げる。
ただ大事な事という割にはゆるっとした様子で、少女は不思議に感じてへにょっと首を傾げる。
その様子を見て女は眼光を鋭くするが、男は取り敢えずスルーして本題に入る事にした。
「君はここに来てからもう数年たつ。その間に君は色々な事を学び、今じゃ屋敷内でそれなりにお仕事が出来る様になった。勉強も頑張ってるし、そろそろ良いかなと思ってね」
男はそう話すと、普段から使っている机の引き出しを開け、封筒を取り出した。
それを少女に渡し、うにゅ? っと声を漏らしながら首を傾げて受け取る少女。
特に何も書いていない普通の封筒。あえて言うならば、お金類を入れる時に使いそうな物。
「そろそろ給金を渡しても良いかなって話になってね。他の皆と同じ様にはいかないけど」
少女はポケッとした顔で男の話を聞き、どういう意味かを理解してワタワタと焦りだす。
何故なら少女は、自分が給料を貰う程の仕事をしていないと思っているからだ。
勿論屋敷でのお仕事は一通りは覚えたとは思っている。
だけど技術の居る部類の仕事はまだまだだ。料理なんて特に、複眼の足元にも及ばない。
皆はそれだけの能力を持って仕事をしているのに、こんな自分が貰っちゃいけないと。
それに今までの生活で沢山の物を貰っている。
服は当然だし、アクセサリーや家具もそうだ。
他にもカメラや教科書と、いっぱいお金を出して貰っている。
プレゼントされた事自体は嬉しい。だから喜んで受け取っていた。
だけどそれらにお金がかかっている事ぐらい、少女はちゃんと理解している。
ちょっとお菓子を買う程度のお金、ぐらいならば渡された事は有る。
それはもうお金の使い道の決められた物や、すでにお金を使ってしまった物。
けどこれは違う。このお金からは色々な物に使える選択肢がある。少女に選択肢がある。
自分はまだそんな権利が有って良い程には働いていない。少女はそう思っているのだ。
なので眉を八の字にしながら、フルフルと首を振ってお金を返そうとした。
「受け取れ。それは正当な報酬だ。それを受け取らないという事は、私達の事も評価しないという事だ。お前の同僚を評価しないという事だ」
けどそんな少女に対して女は静かに告げる。
その金を受け取る事が、皆の事を認める事なんだと。
むしろ受け取らないという事は、頑張っている皆を否定する事なのだと。
女にそう言われてしまっては受け取らない訳にはいかないと、少女はふにゅうと少し困った様に声を漏らしながら封筒を胸に抱える。
その様子を見て男はほっと息を吐き、女が居て良かったと安堵していた。
あれ、どうしよう、喜んでもらえると思ってたんだけど、と少し焦っていたのだ。
男の中では「素直にわーいと喜んで受け取る少女」という予定だったらしい。
「それと、これもお前に渡しておこう」
女は少女に通帳と印鑑を渡した。
名義は少女の物となっており、中には少しだけお金が入っている。
「近くに銀行が無いので入れたいときは遠出する事になるが、ここに貯めるか、手元に置いておくかは好きにしろ。今日からは、お前の必要な物は自分で頑張って買うと良い」
女に言われた事を噛みしめながら通帳を見つめる少女
これはから自分で金を貯めて、必要な物も自分で買う。
それは少し、いや大分、少女にとっては気合いの入る事柄だったようだ。
フンスと気合を入れてコクコクと頷き、それらを潰さない様に、だけど確りと握っている。
「要件はそれだけだ。通帳は無くさない様に自分の部屋に仕舞ってこい」
はーいと手を上げてからぱたぱたと去って行こうとして、途中ではっと気が付いてぺこりと頭を下げてから部屋を出て行く少女。
男は手を振って見送り、女は相変わらず眼光で人が殺せそうだ。
「何か、お前が主人みたいだったな」
「旦那様が頼りなさ過ぎるんですよ」
「そりゃまあ、お年寄りの経験には敵いませんからねぇ」
「若造というにはもう完全なオッサンの癖に、年相応の能力が無いとか笑いが出ますね」
「「・・・あ゛?」」
男の部屋から盛大な打撃音が響くのを聞きながら、嬉しそうに部屋に戻って行く少女。
きゅっと抱えた封筒の中には本当に可愛らしい金額しか入っていない。
今まで男達が少女に渡した事の有る様な子供のお小遣いよりは多い、というぐらいの金額だ。
だけど少女にとってはとても重いお金。大事な大事な意味の有るお金だ。
その重さを噛みしめながら、少女はいそいそと自室の棚に大事にしまうのであった。
なお初給金の事は皆知っており、じゃあお財布が要るねと彼女に財布をプレゼントされた。
それだけでなく通帳を入れて置く為の可愛い手作りの手提げ袋を単眼から貰い、印鑑ケースにもこういう可愛いの有るよと複眼からも渡され、記念に一枚と羊角が写真を撮った。
いや、記念になるのは間違いないが、羊角は何時も通りでしかない。
周りが渡してしまったので渡す物が無い、というのもあったのかもしれないが。
因みに少年も完全に出遅れており、代わりに渡すような物も思いつかなかったらしい。
新しい農具を用意して後日渡す予定の老爺とは大違いである。もう少し頑張れ少年。
そんな感じで皆にお祝いされ、また私物が増えた少女。
嬉しいのだけど、さっそく自分のお金を使わないで良い状況に少し困惑するのであった。