使用人の女。
「テロだってよ。近場じゃねーか。勘弁しろよ」
食堂に有るモニターを見ながら、男が呟いた。
少女もモグモグと朝食を食べながら同じ映像を見る。
モニターに写されている映像には、映像に出来ない物こそ映っていない物の、その悲惨さがありありと解る。
その光景に、少女は食事の手が止まり、悲しそうな顔になる。
「旦那様、今日はあの辺りに行く予定では?」
「・・・行くの止めよっかな」
女の言葉に、心底嫌そうな顔をして答える男。
当然だろう。仕事とはいえ、それで命を落とす様な事はしたくないのが普通だ。
そんな男を見て、女は深くため息を吐く。
「はぁ・・・仕方ありませんね。暫くは私がついて行きましょう」
「え、いいよ」
「貴方に死なれては面倒なんですよ」
男は女の言葉を拒否するが、女は意に介さない。
だが少女は首を傾げる。女がついて行っても危ない物は危ないのではと。
「お前さ、もうちょっと素直に俺の身を案じるとか、そう言う事言ってくれない?」
「何訳の分からない事を言っているんですか気持ち悪い」
「ああそうか、年増さんは歳取りすぎて人の心も薄まってるんだな」
「あ゛?」
「あ゛?」
睨みあうのがいつもの合図と動く二人。今日は打撃ではなくサブミッションの様だ。
女が男の手を取り腕を決めようとするが、体を上手く捻り脱出。
お互いにタックルをする体勢でじりじりと間合いを図る。
だがもはや慣れた光景である少女は食事を再開し、デザートもたべていた。
タルトを頬が落ちそうな気分で食べている横で、珍しく男が勝ち星を挙げていた。
「毎朝毎朝飽きないなぁ、あの二人」
「ほぼ毎日ですよね・・・」
その光景を見ていた彼女と少年は、呆れるように呟いていた。
「ひどいな」
「凄惨の一言ですね」
仕事が近くである以上、その光景を目にするのは必然だった。
崩れた建物。明らかに誰かが傷ついたであろう痕跡。
「無差別だろ、今回の」
「そう、言われていますね」
「胸糞わりぃ」
男は足早にその場を離れようとする。
この場が危ないからというよりも、その光景が見ていられないから。
どれだけの人間が死んだのか、考えるだけで気分が悪いと。
「思想家って連中は、本当に碌な事をしない」
「そんな物ですよ。大昔から」
「成長しねえなぁ。人間ってのは」
「争っている時が一番成長しますからね、人間って」
男は女の言葉を肯定したくはないが、実際に争いの為に技術を伸ばした経緯は少なくない。
勿論、その為に伸びたわけでは無い技術も沢山ある。
だが、競い合うという意味では同じなのかもしれないと、男は思ってしまった。
「旦那様ー、何処まで行かれるのですかー?」
男が目的地とは違う方向に進むのをしばらく観察してから、女が声をかける。
男が声に振り向くと女は本来通る道の前で待っていた。
「ん、あ、すまん」
男は女が傍にいるせいか、少し思考に没頭し、周囲が見えていなかった。
女は女で男が何をしたいのか観察しつつ声をかけるので、男は本来の通り道から大分はなれてから気が付いた。
そのせいで、二人の距離は少し開いていた。
「―――――!!」
もう少し早く声をかけていたら、きっと状況は違っただろう。
もしくは男がいつものように気を張っていれば、何も問題は無かっただろう。
だが、それは起こってしまった。
女の視界に入ってきた出来事。
男が戻って来る、その頭上。すぐ傍での爆発と、降って来る瓦礫。
音に気が付き、男が頭上を見た時は、もう遅かった。
男の身体能力では、逃げるのは不可能。ただ、その死を待つだけだろう。
「旦那様!」
女の叫びは、その後も響く爆発音で、掻き消された。
「いっつ・・・あー、生きてる」
男は反射的に瞑っていた目を開ける。
その眼前には何年ぶりに見るだろうか。女の昔の姿が有った。
少女とよく似た、少女よりも大きい、一つの角が女の頭に有る。
女は瓦礫を背負い、男を守るように立っていた。
「大丈夫ですか?」
「すまん、たすか・・・おい、お前こそ大丈夫か!?」
男は女の頭から、ぽたぽたと血が垂れている事に気が付く。
だが女は焦る様子もなく、瓦礫を少しづつ動かしている。
「ちょっと切っただけです。これぐらい何ともないのはご存知でしょう?」
「何ともないお前が血を流してるから心配したんだよ」
「流石にこの重量を無傷は無理です」
女は上手く瓦礫を支え合わせ、手を離して座り込む。
それと同時に女の頭から角は消え去った。
「ふう、久々にやると気持ちが悪いですね」
「すまん、大丈夫か?」
「まあ、なんとか。そうそう呑まれたりはしません」
「なら良いが」
女は脂汗をかきながら、いつものように応える。
男も強がりだという事は解った上で知らないふりをしている。
少女が探した人物。少女と同じ種族。それは少女のすぐそばにいた。
男の目の前にいる女こそが、その種族。
いや、その在り方を考えれば、種族というのも本来は違う。あの角の正体は『呪い』なのだ。
ある種の条件を満たした者だけが手にする呪い。それがあの角の正体であった。
「あー、これ救助何時になるのかね」
「最悪吹き飛ばしますか」
「最悪な」
もしそうなれば、女はまたあの角を出す。それは女の負担になる。
男としては、それは本当に最後の手段にしておきたかった。
そして男の願いは叶い、女に力を使わせず、そう時間もかけずに救助される。
仕事は事情を先方に話し、先送りにして一応病院へ。
二人とも異常なしで屋敷に帰ると、使用人たちが皆心配していた。
ニュースで二人が向かった先で爆発が起こったのを知っていた為、皆気が気ではなかった様だ。
特に少女は泣きじゃくりながら男に抱き着いている。
男は先に屋敷に連絡を入れるべきだったなと反省しつつ、少女を慰めるのだった。