溢れる。
羊角は困っていた。それはもう真剣に困っていた。
「どうしよう、棚が足りない。コンテナ買う・・・いやでも庭に置かせて貰えるかなぁ」
部屋一杯に有る棚と、棚から溢れる沢山のアルバム。
そしてそれよりも更に溢れる子供服を前にして、羊角は真剣に困っていた。
部屋に仕舞う場所がない、と。
元々持っていた衣服やコスプレ衣装の時点で、部屋をそれなりに圧迫していた。
書籍の類は幸い殆どが電子なので問題は無い。タブレット端末が一つ有れば事足りる。
ただ少女の写真をほぼ全てと言って良い程印刷し、アルバムに収めているのが問題だ。
せめて写真はデータバックアップで留めれば良いのに、写真は写真で味が有るのと憚らない。
自分で自分の首を絞めているのだが、羊角自身はそれが幸せなのでどうしようもないだろう。
それに少女に着て貰ってない服も溢れており、着て貰った物は当然捨てる訳が無い。
幾ら広めの部屋だとしても、借りている一室だけではどうしようもない量になっていた。
因みに羊角の部屋はアイドルに熱を上げるファンのごとき部屋になってしまっている。
一番目立つのはベッドに寝転がると見える、天井に張った少女の特大ポスターだろう。
原寸大に印刷しており、羊角の拘りが見える。
「天使ちゃん、私どうすれば良いの?」
そのポスターに顔を向けながら、祈る様に手を組んで問いかける羊角。
当然答えが返ってくる訳など無いのだが、見つめる目はそこに本人が居るかの様だ。
それはカメラ目線で微笑んでいる写真を引き伸ばした物で、羊角は何時も寝る前に眺めている。
ストーカー一歩手前な気がするが、少女は嫌がっていないのできっと問題ないのだろう。
むしろ自分を好いてくれている、という事を素直に喜んでいる様だ。
ただ喜んでいるからこそ、他の使用人達は羊角に適度に口を出すのだが。
下手をすればまた以前の下着事件の様になりかねない。
「近所の空き家を借りる・・・?」
羊角はいよいよ迷走し始め、借家を借りようか等と口走り始めた。
実際今持っている荷物を管理するには一部屋では手狭なので、間違いではないかもしれない。
だがもしそうした場合、羊角にとって良くない結果が待っている。
もし借家を借りたとして、管理を考えると定期的に行き来する必要が有るだろう。
だが近所と言っても田舎の近所だ。移動時間だけでそれなりにかかる。
つまりは単純に少女と接する時間が減るという事でも有るのだ。
「はっ、駄目だ、そうすると天使ちゃんとの時間が減る!」
ただすぐにその事に思い至った羊角は、何かに怯える様に体を震わせた。
最早少女と出会えない時間が増える事は、羊角には恐怖を感じる事柄であるらしい。
「という訳で、どうしようかしら。困ったわぁ。まだまだ天使ちゃんを撮り足りないのに」
「・・・それを本人の前で言えるのが凄いね」
仕事の休憩中に先述の事を語る羊角と、呆れた様に返す単眼。
一番の要因である少女が単眼の膝の上に居るのに語る辺り、最早羊角の感覚は他人には共有出来ない物になっている様な気がする。
単眼の反応は仕方のない事だろうし、むしろ他の面子ならもっと冷たい可能性すらあるだろう。
その少女はと言うと、私のせい?と不安気に首を傾げており、単眼が「大丈夫大丈夫」と撫でていた。
少女はほっと息を吐いてからお茶を口にし、ほへーっとした様子で単眼に寄りかかる。
単眼はお腹に感じる小さく暖かい感触に優しい笑みを向け、羊角は更に部屋を圧迫させる追加の写真を撮り続けていた。
困っているとついさっき言ったはずなのに、抑えるという考えのない人間である。
「それならば案が有るぞ。聞くか?」
「え、何ですか、是非聞かせて下さい!」
何時から聞いていたのか女が羊角に声をかけ、羊角は即座に食いついた。
この屋敷ではある意味最高権力者である女の言葉だ。羊角の反応も当然だろう。
一応屋敷の主人は男の筈だが、普段は女の方が発言力が強いので致し方ない。
勿論大事な案件は男の発言が優先されるので、きっと男が譲ってあげているだけだろう。多分。
「空き部屋を使えば良いだろう。使っていない部屋も有るのだから」
「あー・・・それは一応考えたんですけど、良いんですか?」
「気にするな。その代わり条件を出すからな」
「ああ、成程ぉ・・・ちょっと怖いけど、なんでしょう」
羊角が恐る恐るその条件とやらを聞こうとすると、女は鋭い目を少女に向けた。
少女は何故向けられたのか解らないけど取り敢えずニコッと返し、女は眼光を鋭くして返す。
そしてその眼光のまま羊角に向き直り、ビクッとする羊角。
「何、大した事はない。お前の私物は置かない事。管理はお前がする事。出入りは自由とする事。衣服もこの子が自由に着れる様にしておく事。これらを認めるなら部屋を提供してやろう」
「あ、なんだ、それぐらい全然OKですよぉ。ありがとうございます。むしろその方が天使ちゃんに服を着て貰える可能性が大きいし、すっごく有難いですよぉ」
「そうか、ならば後で旦那様に報告しておく」
こうして女の権限により、屋敷の一室が羊角のアルバムと衣服置き場となった。
棚も後日それ用の物を用意して、置ける量を増やす事になる。
この流れに違和感を持つ者は、その時は誰一人としていなかった。
女が出した条件は、確かに羊角にとって損になる様な条件では無い。
ただそこには、羊角が気が付いていない意図が存在していた。
空き部屋を使う代わりに、置く物は羊角の『私物』ではなくなる。
それは他の使用人達がアルバムを見たり、少女の服を選ぶ事を認めるのが条件という事。
映像記録の場合、持ち出して見る事も良いという事だ。
「・・・これで何時でも私が見れるな」
つまり女は、至極私的な理由から羊角に許可を出したのだ。
当然羊角以外の使用人達は後々気が付いたが、自分達も利用するので文句は出なかった。
男も事後報告に文句こそ言ったものの、偶に見に行くのでそれ以上何も言える訳が無い。
何より羊角にとってその事実はどうでも良い事である。
女の意図がどこに在ろうが、少女を撮り続けられるなら満足な羊角であった。
「はぁ、今日も天使ちゃんが可愛い・・・」
羊角は一体どこまで行くのだろう。