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お茶比べ。

静かな昼下がり、台所で椅子に座って足をぶらぶらさせ、ズレた鼻歌を歌う少女が居た。

膝の上には猫も居て、同じく何処かズレた調子でぶなんぶなんと鳴いている。

どう聞いても心地良いとは思えないはずのそれは、何故か微笑ましく思える光景だ。

と思いながら複眼は静かに微笑み、ゆったりとお茶を入れている。


「はい、どれだ」


そうして暫くして、少女の目の前に三つのカップが置かれた。

どれも綺麗な色をした紅茶で、ぱっと見は全て同じ物に見える。

だがこれらはどれも違う紅茶で、このうち一つが普段良く出している物らしい。


並べている理由は「普段のお茶を当てられるかな?」という複眼から出された問題である。

美味しいお茶を出してくれる複眼の物ならきっと解ると、少女は自信満々に受けて立った。

そこに複眼が「意地悪く解り難い様に入れる」という思考は一切無い様だ。


入れる際に台所に居たのでカンニングしようと思えば出来ただろうが、素直な少女がそんな事をするはずもない。

お茶を入れている間はずっと猫を愛でており、複眼の取り出した缶や袋も見ていない。

それらの事も踏まえて、複眼は先程の光景を微笑ましく思っていた様だ。


なのでむむむとお茶を見つめ、先ず一つ目に口をつける少女。

ゆっくりと少なめの量を口に含み、じっくりと味を確かめる。

そしてふむと何かに気が付いた様な顔をした後に、もう一口とくぴくぴ飲む。

コクリと飲み込むとほへっと息を漏らし、ほっこりと満足そうな顔になった。


「ちみっこー、戻っておいでー」


そこでハッとして、ワタワタしつつも静かにカップを置く少女。

美味しくて思わず問題という事が頭から飛んでいた様だ。

てへへと照れた様子を見せながら、次のカップに手を伸ばす。

そしてまた同じ様に口に含み、んむ?と首を傾げた。


そうして暫くじーっとカップを見つめてからまた口に含み、暫くフリーズする少女。

復帰すると目をぱちぱちさせながらカップを置き、んみーと唸り出した。

だがすぐに最後のカップに手を伸ばして口に含み、今度は珍しく眉間に皺を寄せる。


そのままの表情で目を瞑り、まるで渋い物を飲んでいる様な表情でちびちび飲み続ける少女。

どうやら自信満々に臨んだにもかかわらず、良く解らなかったらしい。

どれも同じ様に感じており、むにうにうにゃと呻きながらまたそれぞれ飲み比べている。

解らなくて困っているのか、猫の毛づくろいの様に手で顔をムニムニ潰し始めた。


「くっ、ぷくっ・・・くふっ・・・!」


複眼はそこまで、吹き出すのを必死に我慢しながら少女の答えを待っていた。

だがむにーっと頬を抑えながら天を仰いで悩む様は、流石に笑いを我慢出来なかった様だ。

くっくっくと笑う複眼に気が付いた少女はぷくっと頬を膨らませ、絶対当ててやるもんという気概で紅茶をじっと見つめる。

因みに少女は当てられない事を笑われていると思っており、絶妙に認識がズレているのだが。


「何か楽しそうな事してるのー?」


複眼の笑い声が聞こえたのか、単眼が楽し気な様子でやってきた。

だがぷくっと頬を膨らませる少女と、それを見て笑う複眼という様子に首を傾げる。

どうかしたのかと少女に訊ね、理由を聞いて成程と納得して一緒に紅茶を見つめた。


「私も味見してみていーい?」

「どうぞ」


単眼は複眼と少女に訊ね、少女がコクコクと頷き複眼も頷いたのを見てからお茶を口に含んだ。

それぞれのお茶をゆっくりと飲み、一通り飲んでから単眼は目を半眼にさせて複眼を見つめる。

そしてふっと笑った後、少女の頭を優しく撫でた。


「これは意地悪だー。こんなの難しいよねぇ」

「あら心外。でもその様子だと答えは解った?」

「んー、多分、だけどね」

「流石」


単眼の言葉に少女は目を見開いて驚き、ギギギと首を動かして紅茶に向き直る。

むーっとした表情になるとまた紅茶の味を確かめ、やっぱり解らなくて今度は悲し気にひゅーんと声を漏らしていた。

複眼は少し意地悪し過ぎたかなと思い、そろそろネタばらしをするかと立ち上がる。

そしてお茶の葉を置いている棚から袋を三つ取り出し、テーブルの上に置いて少女に見せた。


「それね、実は種類は全部同じ。ただ産地が違うの。だから味は殆ど一緒」


少女が判別出来なかった理由は単純明快に、種類が同じせいだった様だ。

その事を理解した少女はぷくっと頬を膨らませて複眼を見つめる。

こんなの狡い、と思っている様だ。


「でも物はちゃんと別物だからね?」


少女の不満を理解しつつも、笑顔でさらっと流す複眼。

軽く返された事にみゅーっと悔しそうに唸りながら、少女は紅茶に目を落とす。

んみんみと口に含むも、やっぱりどれか解らない。


何だかとても騙された気分で悔しいが、少女はギブアップと両手を思い切り上げた。

適当に選んで正解を引き当てる、という事はしたく無かった様だ。


「残念、で、そっちの答えは?」

「私は多分これだと思う」

「正解」


単眼はあっさりと正解を引き当て、複眼は感心した様子で拍手を送った。

少女も自分のギブアップの事を忘れたかのように、凄い凄いとキラキラした目を向けている。


「でも、何となくそうかなー、だったけどね」

「成程。でもそれが一番正解に近付けるのかもね」


単眼は二人の称賛を照れくさそうにしながら当てた理由を語る。

それは感覚的な理由でしかないが、それこそが正解するに相応しい理由だったのだろう。

確信が無くとも明確に選んで当てたのだから、きっとその感覚は間違いではなかったのだ。


「ちみっこも頑張らないとねー?」


複眼に少し意地の悪い笑みで言われ、少女はちょっと拗ねた様子で残りのお茶を飲み、でもやっぱり美味しい物は美味しいので、ほっこりした顔になる少女であった。

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