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パパで父でお父さん。

「うーみだー!」


彼女が叫びながら海に走って行き、その隣で浮き輪代わりのサメボートを掲げて走る少女。

キャーッと高めの声を上げながらかけて行く二人に遅れ、複眼もやれやれといった様子で付いて行く。ただその表情は柔らかく、微笑ましい物を見る目をしていた。


彼女と少女は勢いのまま海に飛び込み、跳ねた海水が少女の口の中に入ってしまう。

少女はしょっぱさに驚いてサメを抱きしめながら、ぺっぺっと水を吐き出していた。


「あははっ、角っこちゃん大丈夫ー?」

「あーあ、口を開けて飛び込むから」


口をもむもむした後にぷへーと息を吐き、てへへと照れくさそうに笑う少女。

そして海水をじーっと見つめ、本当にしょっぱいんだと感動した様子を見せている。

ほえーっと声を漏らしながら海水を掬う少女を見て、何を考えているのかすぐに気が付いた二人はクスクスと笑っていた。


「はぁ・・・! 海に舞い降りた天使・・・ああ、他の全てが霞むよう・・・!」


更に後ろからは完全防水カメラを手に持つ羊角と、それぞれ楽しそうにしていた。

羊角はおそらく距離を少し離したら職務質問レベルの怪しさだが、面倒臭い事になる予感がするので複眼が適度に距離を調整している。


「やっぱり天使にはフリルが似合うわ・・・!」

「まあ、確かに似合ってて可愛いけど、アンタちみっこなら何でも良いんじゃないの?」


複眼は何時もの調子でカメラを回す羊角に溜め息を吐いている。

羊角が褒める少女の姿は、確かに複眼が見ても可愛らしい。

ただ普段の事を考えるとどんな格好でも褒めると思うのはおかしな事ではないだろう。


因みにその少女の姿はというと、ワンピースタイプの水着にフリルがふんだんにあしらわれており、かつ海に入る前提の上着も着ているので肌は足以外殆ど出ていない。

上着も可愛らしいデザインなので、以前と同じく普段着で通せそうな水着だ。

頭には今回の為に彼女が買った大きな帽子を被っており、角は全く見えない様になっている。


この水着をチョイスしたのは、説明する必要は無いかもしれないが羊角である。

最初に屋敷の住人が水着を見た時、皆はもっと露出の多い物を用意すると思っていた。

だがそれを本人に伝えると「有象無象に天使の肌を気安く見せる訳無いでしょう」と、真顔で返されてしまうという事が有った。


女としても余り露出させる事に良しとは思えなかったので、この水着には満足な様だ。

当然少女は何も考えずにわーいと喜び、満面の笑みで羊角に礼を伝えている。

少女からキューッと抱き付いた時、羊角は昇天しそうな笑みを浮かべながら意識を飛ばし、少年と余り変わらない反応を見せていた。見ていた少年は何とも言えない表情だった。


「お前は混ざらねえの? 荷物なら見といてやるぞ」

「いざという時に助けに行く体力の有る者が居た方が良いでしょう」

「傍で守ってる方が安全だと思うけどな」

「それは皆がやってくれていますし、私は別の役目をするだけですよ」


女性陣に遅れて水着に着替えてやって来た男は、飲み物を女に手渡しながら横に座る。

どうやら女はいざという時の為、パラソルの下で皆を見守っているつもりの様だ。


「でも多分、あの子はお前と遊びたいと思ってると思うぞ」

「・・・他の者が疲れたら交代するとします」


男から飲み物を受け取りながら、少し恥ずかしそうに返す女。

こんな顔も出来たんだなと男は少し驚きつつ、優しい笑みを少女に向ける。

少女が屋敷に来てから色々と騒動も有ったが、やはり少女が来てくれてよかったと。


長く変化の無かった女が、解り易いまでの変化を見せている。

きっと女の全てを受け入れる事の出来る少女でなければ、今の女の変化は無かったのだろう。

そう思うと男は、少女をただ奴隷から解放して雇うだけでは返せない恩が有るのかもしれない、等と少し思っている様だ。

それを少女が望むかどうかは、また別の話ではあるが。


「あ・・・ちっ、面倒くせえな。ちょっと虫よけして来るわ」


男は少女達に近づきつつある男性の集団に目を向け、面倒臭そうに立ち上がる。

少女はまだ小さいからともかく、彼女達は良い年齢の綺麗な女性達だ。

人の多い海水浴場にナンパ目的に来ている者達には、女性だけの集団は目に留まるもの。

特に彼女はビキニで露出も多く、見せつける様な格好をしているから余計だろう。


ワンピースタイプの水着でパレオを付けている羊角や、シャツとパンツタイプの水着の複眼も、水着である以上そのスタイルの良さは隠せない。

そして羊角は少女の事さえなければ、何だかんだ柔らかい雰囲気の美人なのだ。

更に複眼はクールな雰囲気を纏いながらも、面倒見の良さにより冷たさを感じさせない。

ならばそんな女性陣に変な虫が近寄るのは必然の事だろう。


因みに男は普通の海パンで、女は地味なワンピースに上着を着ている。

並んでいると夫婦に見えなくもないが、それを口にした者は女から制裁を受けるであろう。


「・・・ええ、お願いします。私では殴り飛ばしそうなので」

「頼むから止めろよ?」

「善処します」


女の本気か冗談か解らない返しに困りつつ、男は少女達の下へ向かう。

丁度男性達が彼女に話しかけようとした所で割って入り「娘に何か用か?」と言った事ですごすごと下がって行った。

偶に食い下がって来る連中も居るので、平和的に終わって良かったと安堵の溜め息を吐く男。


因みに女は一人にして大丈夫なのか、という考えは誰も持っていない。

女の眼光は先度から凄まじい物であり、余程の勇者でなければきっと声などかけないであろう。

少なくとも殺意を感じるレベルの視線を平然と流せなければ、会話など出来ないのは確実だ。


「あはは、娘だって! パパー、角っこちゃんと一緒に遊ぼうー!」

「旦那様が父親か・・・あー、案外嫌じゃないかも。ちみっこは末っ子かな?」

「良いかもしれないわねぇ。今日は皆でお父さんに一杯甘えようかしら。あ、私長女が良いー」


ナンパ除けの為の適当な理由だったのだが、彼女達は何故かお気に召した様だ。

明らかに娘の年ではない彼女が「パパー」と腕に抱きつく様は、かなり不味い絵面である。

少女はテンションが上がり過ぎていたのか、一緒になって反対の腕に抱き付いていた。


男は二人を引きはがそうと思ったが、にへーっとだらしない笑顔を見せる少女に全てを諦めた。

今日の男はパパで父でお父さんらしい。ただしパパは彼女を海に沈めたが。


「ぶはあっ! ちょ、酷くない!? 今の娘にする仕打ち!?」

「ほら、折角ボート有るんだから乗ろうか。後ろから押してやるよ」


彼女の言葉を無視し、少女をサメボートに乗せる男。

そしてそのままボート押して沖の方へ向かってゆく。

と言っても海水浴場なので危ない所までは行かないが。


「あっ、無視とか酷い! パパー! パパー! あたし後でアイス食べたいー!」

「知るか! お前助けに来た俺が馬鹿だったよ!」

「父が娘を放置はどうかと思いますよ。私は肉が良いです。後で屋台に行きましょう」

「何でお前迄一緒になってんの!?」

「お父さん、私お土産屋さんでアクセサリー買いたいなぁ~。後でお小遣いちょうだ~い」

「何だよその猫なで声! お前そんな声出たの!?」


ギャーギャーと騒ぎながら海で遊ぶその姿は、周囲からも父娘と認識されている様に見えた。

少女は皆が楽しそうなので、ボートの上でキャッキャとはしゃいでいる。

だがふと女がパラソルの下でじっと見つめている事に気が付き、ワタワタとした様子で男に方向転換をお願いした。


「ん、戻るのか?」


男の問いにコクコクと頷き、足が届く所まで戻して貰う。

浅くなった所で少女はピョンと飛び降りようと、不安定なボートの上で立ち上がり、そのままボート事ひっくり返った。

完全に自分のバランス感覚の無さを忘れていた様だ。


「おわっ、ちょ、大丈夫か!?」


男は慌ててボートを抑えようとしたのだが間に合わず、取り敢えずボートの下から少女を救出。

少女は鼻に海水が入ったのか、蹲って鼻を抑えながらミキュ~と変な声を出していた。

だが半泣きな表情ながらもすぐに立ち上がり、男にぺこりとお礼をしてからかけて行く。

どこに行くのかと男は一瞬思ったが、直線状に女が居る事で焦りはしなかった。


「パパー、一番可愛がってる子ママに取られちゃったねー?」

「あの子母に何時も面倒見て貰ってますからね」

「お母さんが一番なのは、大体の家庭で良くある事よねぇ」


むしろ問題は後ろで余計な事を言う女性陣である。

男が非難の視線を向けても、誰一人として動じる様子を見せないのだから。


「お前等、それあいつに言えんのか」

「まっさかー、言える訳無いじゃないですか」

「先輩にこんな冗談怖くて言えないですね」

「流石に先輩にはねぇ・・・」


男は女性陣の答えにとても納得いかない気持ちを抱えながら、嬉しそうな少女に手を引かれる女と荷物番を交代する。

大きな溜め息を吐きながら少女を見送るが、その姿がまさしく父親っぽい。


「・・・ま、いっか、楽しそうだし」


時折普通に優しく笑う女と、それを見て本当に嬉しそうに笑う少女。

あの二人の様子が見れたなら海に来た甲斐も有ったし、少女には良い思い出にもなるだろう。

男はそう自分を納得させ、でもやっぱし少し納得いかずに溜め息を吐くのであった。







因みに結局、食事類は全て男の財布から支払われる事となる。

流石に羊角のアクセサリは冗談ではあったが、少女の記念にと買われた物や、留守番の者達へのお土産と購入した物も、何故か全員が選んだ物全てを支払ったのであった。


「やっぱ納得いかねぇ・・・」


男のそんな呟きは誰の耳にも届いていない様だった。

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