落ち込む犬猫。
ある日の夕方の台所で、困った様子で複眼が犬と猫を見ていた。
そして複眼の横には少女も居り、複眼と同じく困った様子でオロオロとしている。
複眼はそんな少女の様子に更に頭を抱えている様だ。
二人に見つめられている二匹はと言うと、犬は珍しくキュ~ンと悲し気な鳴き声を上げ、猫もぶなぁ~と気落ちした声で鳴いている。
二匹の前に有る物は何時もの食事で、二匹とも悲しげに鳴きながらそれを見つめていた。
「ごめん、うっかりしてた私が悪かったから、お願いだから食べてくれない?」
普段なら特に何も言わずに食べている物だが、複眼に言われて渋々といった様子で食べだす犬。
だが猫は頑なに口にせず、ぶなぁん・・・ぶなぁ・・・と悲し気に泣き続けている。
二匹の様子がおかしいのには理由が有り、今日は本来週に一回の特別な食事の日だからだ。
少女が作り始めて以降恒例になった手作りご飯。本当は器にそれが有るはずだった。
だが複眼は珍しく、本当に珍しく、うっかりと犬猫に使える食材を使い切ってしまったのだ。
「あれ、何でこれ残してるんだっけ。良いや全部使ってしまおう」
と、使ってからハッと思い出し、思い出した時点では既に後の祭り。
普段なら冷凍庫から追加を取り出せば何とかなる事だが、今日に限ってはそれも無い。
明日食材を買いに行く予定で、なるべく使い切ってしまおうとした結果である。
彼女と少女が犬達を散歩に連れて行く時に「今日の食事は手作りだね~良かったね~」と彼女が言っていた為、二匹ともこの時間を楽しみに待っていた。
賢い犬は勿論の事、毎週の事となっているので猫も何を言われているのか良く解っている。
だがルンルンと若干スキップに近い歩き方でいざ来てみれば、何故か必死に謝っている複眼と、悲し気にしながらも気にしないでとフルフルと首を振る少女の姿が。
何か有ったのかと犬が首を傾げていると、気が付いた少女は申し訳なさげに器を差しだした。
其処に有ったのは期待した手作りではなく、何時もの食事で出されているカリカリ。
犬は一瞬状況を理解出来ずにフリーズし、猫はぶあなん!とこれじゃない抗議をする。
だが食べさせられる食材には既に濃い味付けがされているし、かろうじて残っている食材は食べさせられない物しかない。
なので少女はごめんねと目で謝りながら差し出し、二匹は悲しげに首を落としていたのだ。
「うーん、よっぽど楽しみだったみたいね・・・普段は素直に食べるだけに困るな・・・」
猫はぶなぁんと鳴きがなら器に前足を置き、これじゃないと言うかの様に器を退けようとする。
複眼が「今日はこれしかないから我慢して」と戻すが、納得出来ない様でまた押し返す猫。
猫も普段は我が儘な態度を取るタイプでは無いので、よっぽど楽しみにしていたのだろう。
これが普段から我が儘で食べないと言うならば話は変わるのだが、そういう訳でもないので複眼も困っているのだ。
そんな様子に少女は嬉しくも有り、複眼に対して申し訳なくも有った。
猫がこれだけ拒否を示すのは、それだけ少女の料理を楽しみにしていたという証拠だ。
それ自体はとても嬉しい。嬉しいのだがそのせいで複眼を困らせてしまっている。
自分が手作りを習慣づけていなければ無かった事態だと思っており、それ故に少女はオロオロとしているのだ。
そして少女の考えが手に取るように解るからこそ複眼は頭を抱えている。
今回は完全に自分のミスで、若干涙目になり始めている少女に対する罪悪感が辛いと。
作る事を許可した以上少女に落ち度は一切ない。なのに少女は自分が悪いと考えるのだ。
ミスした身としてはこれほど困る状況も無いだろう。いっそ責めて欲しいとすら思っている。
「ふふ、お困りのようだね、お嬢さん方」
「・・・何のキャラづけよ、それ」
そこに何故かサングラスをつけながら、扉を塞ぐように足を上げて立っている彼女が現れた。
呆れた様に複眼が返すが、全く意に介す事無く足を下ろして近づいて来る。
通る者も居なかったのに、何の為に上げていたのかは誰にも解らない。
「ふっ、いいブツが有るぜ?」
「私の言葉は無視か。って、猫缶? 何でそんな物持ってんのよ」
複眼は彼女に手にある猫缶に気が付くと、彼女はそれを見せつける様に掲げる。
少女はそれが何なのかいまいち解っていない様で首を傾げていた。
「ふふっ、まあ見てな、お嬢さん」
「うっざ」
パキンと音を鳴らし、猫缶を開けて器に盛る彼女。
猫は何だろうとまじまじと見ており、その様子に彼女は勝利を確信した。
器に盛られた普段とは違う食事を猫はゆっくりと口にし――――ぶなぁんと鳴いて器を返した。
「あっれぇ!?」
「プッ」
食べたと思ったのにすぐに突き返された事で彼女は首を傾げ、複眼はその様子にほくそ笑む。
猫は別にカリカリじゃない物が食べたいから不満を見せている訳では無い。
少女の作った物を楽しみにしていたのだ。
猫缶は確かに美味しい物だったが、少女が作った物とはやはり違う。
ならば猫にはカリカリと大差はなく、やはりこれじゃないと思うものでしかない。
「っかしいなー・・・行けると思ったのに」
「あれだけ自信満々で出てきといてかっこわる」
「何だよ何だよー、元々はあんたがうっかりするから悪いんじゃんかー。ねー、角っこちゃん」
「うっ、いや、そうだけど・・・ああ、泣かないで、ちみっこは何にも悪くないから」
二人が言い合いを始めそうな雰囲気に、少女はもう半泣きになっていた。
彼女は少女の気分を紛らわす為だったのだが失敗し、複眼はいつになく焦って慰める。
そんな様子を見てとった犬は渋々と食べていた食事をいったん中断し、猫にわふわふと話しかける様に小声で鳴きだした。
猫は少し不満そうにぶなぶなと返していたが、犬が少女に顔を向けると猫も同じく顔を向ける。
そこには何だか悲しそうな少女が居て、それは猫が食べないからだと伝えている様に見えた。
実際にそうだったのかどうかはきっと犬と猫にしか解らないが、最後に小さくわふっと鳴いて犬は自分の食事を再開する。
ただやはり犬も若干不服な様子で食べているのを見て、猫も渋々とカリカリを食べだした。
「お、食べてる」
「あら、ほんとだ。よかったぁ・・・」
彼女がその事に気が付き、複眼は安堵の息を吐く。
少女もほっと息を吐いてから、二匹に謝る様に頭を撫でながら食事を見守る。
二匹はそれで少し機嫌が直ったのか、食べ終わる頃にはもう悲しげに鳴く事は無かった。
「今度は気を付けよ・・・」
今回二匹は不満だからといって、暴れた訳では無い。
ただ悲し気にこれじゃないと鳴いていただけであり、その上少女も泣かせてしまった。
いつもの揶揄いではなくミスで泣かせてしまった事に、二度と食材は切らすまいと決意する複眼であった。