笑顔で。
とうとう虎少年が帰る日がやって来た。
本人は遠慮したのだが、まあまあと男に流されるように車で空港まで送られる。
助手席には女が居り、後ろの席には少女を挟む形で虎少年と少年。
少女は皆でお出かけという気分でにっこにこしており、何時ものお出かけ帽子を揺らしながら足をパタパタさせている。
これから別れだというのに、そんな少女の様子に少し寂しさが消える虎少年。
ニコニコしながら手を繋ぐその暖かさも、そう感じる理由かもしれない。
反対の手に繋がれている少年は顔真っ赤にして固まっており、かなりいっぱいいっぱいだ。
そんな三人に苦笑しながら男は車を走らせる。
今回の出会いと別れは、きっと少女にとって必要な物だったんだろうと思いながら。
空港に近づくと航空機がゴーっと音を鳴らしながら飛ぶのが窓から見えた。
少女は始めて実際に見る航空機にキャーとはしゃぎ出し、少年側の窓に張り付きながら飛んで行く航空機を見つめる。
その際少年に密着しており、少年はびしっと固まった上に呼吸を忘れている様だ。
気が付いた虎少年が「今は危ないから、ちゃんと座ってようね」と助けを出し、少女はテレテレと恥ずかしそうにしながらチョンと座り直す。
そこでプハーっと息を吐きだし、なんとか意識を落とさずに済んだ少年であった。
空港について車を駐車場に止め、車を降りた所で少女はホヘーっと声を漏らす。
目の前に現れた巨大な建物に驚いている様だ。
ぽへーっと建物を眺める少女にクスクスと笑いを漏らしながら、虎少年は優しく手を引いて中に入っていく。
空港の中は外から見るよりも更に広く感じ、最下層から最上階までの吹き抜けもあるせいで凄まじく大きく感じる。
少女は始めて見る大きな吹き抜けに感動したのか、ほへわ~と言葉になって無い言葉を漏らしながらキラキラした目を上に向けていた。
「じゃあ、手続きを済ませてきます」
虎少年は搭乗手続きを済ませに受付に向かい、少女は手を振って見送る。
少女は終始ご機嫌で、今もニコニコしながら虎少年を待っている。
「なあ、この子何か勘違いしてない?」
「おかしいですね・・・ちゃんと彼が帰る見送りだと伝えたはずなんですが」
男と女は少女がとてもご機嫌な様子に、何かがおかしいと感じている。
何も伝えずに連れて来た訳ではなく、ちゃんと今日空港に来た理由は伝えてある。
短期間にあれだけ懐いた虎少年が帰るのだから、寂しげな様子になっていてもおかしくない。
だが少女は出かける前からずっと笑顔で、今も楽し気にしている。
「うーん、まあ、後で解るか」
「そうですね」
取り敢えず虎少年は帰らざるを得ないし、別れの時間は絶対にやって来る。
その時の少女の反応で、理解しているかどうかは解るだろうと判断した二人。
「戻りました。こっちの国は手続きが早くて良いですね。仕事がきっちりしてる」
「比較的、だけどな」
「あはは、でも酷い国だと本当に時間がかかるので、このぐらいなら良いですよ」
「まあ、寝坊して遅れたので飛びません、何て国も有るからな・・・」
そこで虎少年は搭乗手続きを済ませ、少女の下へ戻って来た。
手続きがスムーズな事に少し感動している様だが。男的にはまだ不満らしい。
二人が話している間に少女はニパーッと笑顔を向けて虎少年の手を握り、虎少年も応える様にキュッと握り返す。
「そうだ、さっきは車の中だから駄目だったけど、ここなら上に行けば飛ぶところが見れると思うよ。行ってみる?」
虎少年の問いに少女は嬉しそうにコクコクと頷く。
だがすぐにハッとした顔を見せ、男と女に行って良いですかと視線を向ける。
二人がコクリと頷いたので、にへーっと見ている方が嬉しくなる笑顔になった。
「あのキラキラした目向けられて、行くなって言える?」
「少なくとも私は無理です」
「だよな」
キャッキャとはしゃぎながら虎少年の手を引いて歩きだす少女を見ながら、男と女は珍しく同意見を口にしている。
とはいえ別に行ってはいけない理由も無いので、反対する様な事は無かっただろうが。
少女達はエレベーターで最上階の更に上、屋上に向かう。
屋上についた時に丁度離陸の時だった様で、航空機が飛んで行く光景が目に入った。
少女はとても大きな物がごうっと飛んで行く姿に一瞬ポケッとした後、きゃーっと楽し気にぴょんぴょん飛び上がる。
そして凄いねと言う様に虎少年の手をブンブン振り、ご機嫌この上ない状態だ。
「向こうに行けば滑走路も見えるよ」
虎少年ははしゃぐ少女の手を引いて、安全柵の傍まで誘導する。
ただ少女は背が低くて、柵の向こうにある小さな壁で下の方がよく見えず、ぴょんぴょんと飛びながら見ようとしていた。
虎少年はクスクスと笑いながら少女の背後に回り、脇をもって持ち上げる。
「ほら、これで見える?」
虎少年のおかげで滑走路の全体が良く見える様になった少女は、柵を掴みながら感動していた。
ただただ広い、飛行機を飛ばす為の道路。
広いだけなら少女の住む田舎町も広いが、ここまで平らな地面が広がる広さは始めてだ。
はわーと声を漏らしながら、食い入る様に滑走路と航空機にくぎ付けになっている。
「ご、ごめん、そろそろ降ろして良いかな」
どれだけの時間そうしていたのか、少女には楽しくて全く解っていないが、結構長い時間腕を伸ばして掲げていた虎少年。
少年よりは筋肉質とはいえムキムキな訳でもないので、段々辛くなって来て腕がプルプルと震えている。
気が付いた少女はワタワタと慌て、降ろしてと意思表示をして降ろして貰った。
「あはは、ごめんね」
降ろした事を謝る虎少年だったが、少女はプルプルと首を振ってから腕にギューッと抱きつく。
そしてそのままニコーッと笑顔を見せ、嬉しかった事を体で全力で伝えにいった。
虎少年は流石にちょっと面食らいながらも、照れながら帽子をパフパフと潰す様に頭を撫でる。
「そろそろ時間ですね。行きましょうか」
「あ、はい、ありがとうございます」
そうこうしている内に搭乗時間が近づいて来た様で、女が時計を見ながら声をかける。
少女と虎少年はまた手を握って搭乗口まで向かい、そこで名残惜し気に手を放す。
「お世話になりました」
「ああ、気をつけてな」
「君も・・・元気で。何時までも笑顔で居て下さい」
虎少年は男に礼を伝えてから、少女に別れの言葉を告げる。
少女はニパーっと笑みを向けて、勿論という返事を返す様に笑った。
「ふふ、じゃあ、いつか、また」
「ああ、いつかな」
虎少年はまたいつか来ると告げながら、搭乗口へ消えて行く。
その背中を見つめる少女はずっと笑顔で、虎少年が消えるまでずっと手を振っていた。
そうして姿が完全に見えなくなると、その手が下に落ち、ぽとりと水滴が床に落ちる。
「・・・そっか、我慢してたのか。頑張ったな」
少女は先程迄満面の笑みだったのが嘘の様に、くしゃりと潰れた顔で泣いていた。
解っていなかったわけじゃない。解っていてずっと少女は笑顔だったのだ。
笑っていて欲しい。幸せでいて欲しい。それが虎少年の願いだった。
だから最後まで、去って行くお兄ちゃんが不安にならない様にと。
男はそれに気が付き、優しく少女の頭を撫でる。
それで余計に涙が溢れ、ひっくひっくと肩を震わせながら女に抱きつく少女。
ふぎゅ~と呻くように声を上げながら、ぼろぼろと涙を零してしまう。
少女が泣き止む頃には、虎少年の乗る航空機が飛ぶ時間になっていた。
飛び立つところまで見送ろうと男が提案し、少女はコクンと頷いては屋上へ向かう。
虎少年が居るであろう航空機を、少し泣きながらも笑顔で手を振って見送るのであった。
この別れは、きっとそれぞれの少年少女に、確かな何かを残したのだろう。
少年は拳を握り締めながら、空を見つめる少女の横顔を見つめていた。