後少し。
あれからまた数日経ち、少女が幸せに生活している事を納得したと男に告げた虎少年。
少女はここで過ごす事が幸せで、そこから引きはがす事こそ酷い行為だと。
その時の虎少年はとても寂しげな顔をしていたが、男はあえてその事には突っ込まなかった。
更にそれから数日経ち、虎少年は――――何故かまだ屋敷で過ごしている。
「これ、難しいな・・・」
少女の朝の体操に交じり、教えて貰いながら体を動かす虎少年。
何か間違っている気がそこはかとなくしているが、ムフーと満足げに教えて来る少女に素直に従っている。
ただリズムが独特になっているせいで、普通に動くよりも難しいらしい。
見本を見せる少女は、勿論いつも通りMPを吸い取りそうな踊りだ。
ビヨビヨという怪しげな効果音が聞こえてきそうな姿に、本人は一切疑問を持っていない。
ただ体操の最中は真剣ながらも楽し気なので、虎少年は終始笑顔で付きあっている。
虎少年にとっては少女が楽しそうなら何でも良いらしい。
「あの、ここに滞在して大分経ってますけど、そろそろ帰らなくて大丈夫ですか?」
そしてそんな虎少年を見て、一緒に体操している少年は不安げな顔で訊ねる。
少年は早く帰って欲しくて、等という感情では無く純粋に心配している様だ。
期限切れのビザで国外に居れば、強制送還の上に罰金な事が有る。
国によっては前科になる国も有ると知っている少年は、本心から心配していた。
この国に来てどれだけ経っていて、後どれだけの期間が有るのか詳しくは知らない。
けど余り多くの日数は滞在出来ないと聞いてる。
屋敷に来てからかなりの日数が経っているだけに、まだ大丈夫なのか不安な様だ。
「うーん・・・本当にそろそろ帰らないと不味いかな」
虎少年は苦笑しながら少年に返す。
その苦笑は少年に対してではなく、どうしようもなく未練たらたらな自分に向けてだ。
本当なら少女が問題無しと判断した時点で帰るべきだった。
けどそれが出来ずに滞在してしまい、そしてズルズルと帰られなくなっている。
意志の弱い自分が情けなく、少し恥ずかしくも感じている様だ。
「大丈夫、ちゃんと帰るよ。心配してくれてありがとう」
「いえ、大丈夫なら良いんですけど」
ただここ数日の間に、二人の関係に少しだけ変化が有った。
歳が近い事と少女に好意を持っている事で、虎少年が少し砕けた態度を取る様になっている。
勿論その好意の種類は、お互いに自分で良く解っていない同士なのだが。
少年としては一定距離を保つ様にと思っていたのだが、虎少年は仲良くしたいと感じていた。
その為虎少年は先ず態度を崩して接し始めたのだが、少年はまだ少し戸惑っている様だ。
とはいえその行為の意味は理解出来ているし、相手の事を想えば少年に嫌う気は毛頭ない。
なにせ虎少年はいずれここを去らねばならない。
既に男に納得したと言った以上、いつかは少女から離れる事が決まっている。
本当なら連れて帰りたいという想いを聞いているだけに、その潔さに尊敬も感じていた。
「所でこの体操、誰が教えたの?」
「使用人頭の方です」
「ああ、あの何とも言えない静かな迫力の有る人。あの人時々目が怖いんだよなぁ・・・」
女は虎少年をお客様扱いしているので静かに対応しているが、時折眼光が抑えられていない。
どうやら若干猫じみた雰囲気で幼さの有る部分が可愛い様だ。
少女と一緒に居る姿を見ていると、大型の猫と戯れている様で余計に眉間に皺が寄る。
ただ虎少年は猫でも虎でもないので、流石にそんな事は決して口にはしない。
しないがその圧は思いきり出ているので、虎少年は少し気後れしていた。
因みに彼女と単眼は普通に可愛い可愛いと撫でているが、虎少年自身は恥ずかしいだけで不快とは思っていない様だ。
「ん?」
虎少年が女の事を思い出して微妙な顔をしていると、くいっと袖が引かれた。
顔を向けると少女が袖を握っており、少し不安そうな顔をしている。
「ふふ、大丈夫、嫌ってないよ。君の大好きな人だからね。悪い人とは思ってないさ」
何故不安そうにしているかすぐに察した虎少年は、少女の頭を撫でながら応える。
すると少女は安心したのか、にぱーっと笑いながら頭を撫でる手を握った。
ニヘヘと笑いながら虎少年の肉球をにぎにぎし、少し照れくさそうに離れて体操を再開する。
こちらの二人の関係も、この通り少し変わっている。
虎少年は本当に妹に接するかの様に、少女は優しいお兄ちゃんに甘えるかの様になっていた。
少女は意識せずの行動だが、虎少年は少女の望む人物像を演じている気配が少しある。
「さて、続きを教えて貰おうかな」
虎少年は改めて再開しようと口にし、少女は無邪気に笑顔を見せて応える。
もうそんなに長くない日数を目一杯楽しむように、悔いのない様にしていこう。
そう心に決め、虎少年も笑顔で体操を続けるのであった。
因みに少年と少女は余り変わっていない。
相変わらず少女の前では若干おどおどするし、少女は少年を可愛いと思っている。
少年の明日はどっちだ。