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望み。

「クソッタレが、マジかよ!」


男は悪態を吐きながら車を飛ばす。

目的地は当然屋敷であり、連絡は単眼から貰っている。

少し焦り気味の連絡だった為に言葉足らずではあったが、それでも十分過ぎた。

なにせ単眼の声の向こうから、明らかな破壊音が響いて来るのだから。


「角の生えた男だと!? んな話は聞いてねえぞ!!」


何よりも『蝙蝠男の額に角がある』という説明が男を慌てさせていた。

蝙蝠男の事は友人が調査し、男も写真込みで確認している。

だがどこにも角が有った等という報告は無いし見た覚えもない。


つまりは少女と、女と同じ存在。角持つ人外の力を持つ者。

後天的に手に入れた物で普段は顕現しない角。化け物の様な力を持つ存在。

前の報告から嫌な予感はしていたが、当たって欲しくない事ほど当たる物だと男は苛立つ。


叫んだところでどうしようもないのだが、その場に居ない焦りで叫ばずにはいられなかった。

それでも一刻も早く現場に辿り着く為に制限速度を無視して飛ばし続ける。

既に田舎道に入りつつあるので警察に止められる可能性は少ないのが救いだろうか。

そうして焦りつつも正確な運転を続け、飛ばしながら屋敷の門前に辿り着く。


「ちっ!」


男はその光景を見た瞬間、思わず舌打ちをしてしまう。

門を入って行った瞬間穴が有り、穴に突っ込んだ車が傾いた。

反射的にブレーキを踏んだが間に合わず、すぐさまシートベルトを外して外に出る。


「クソが・・・!」


だが外に出て状況を見ても口からは悪態しか出て来ない。

それはもう人間が割って入れる世界ではなかった。

二体の化け物が血を飛び散らせながら、お互いの体を破壊し尽くさんと見えない力をぶつけあい、その余波で周囲が吹き飛び地面は幾つものクレーターになっている。


「マジかよ、殆ど見えねぇ・・・!」


以前少女と女が戦っていた時は、かろうじて二人の動きは見えていた。

だがそれは基本的に少女が足を止めていたからであり、殆ど女の攻撃を待ち構えていたからだ。

何よりも少女は速さよりも力の強さで女と対峙していたので、離れた位置からならば男にも多少は把握出来た。


だが、今回は違う。二人の化け物が本気で殺し合いをしている。

止まらず常に駆け回っており、その動きに人間の目が追い付けるはずもない。

人外同士にしか入れない世界での殺し合いをしていると、ただそれだけしか認識出来なかった。


「そうだ、あの子は!」


男は酷い惨状の庭を見回すが、そこに少女の姿はない。

だがよく見ると玄関の向こうに座り込む単眼の姿が有り、その腕に抱えられる様にしながらも庭を見つめる少女の姿が有った。少年と羊角も少女の壁になる様にしながら外の様子を見ている。

少女はとても不安そうにしながら、だがその目は戦闘を追いかけている様に見えた。


「良かった、無事か」


少女が無事な事に取り敢えず安堵しつつ、男は現状打破の為に屋敷に向かう。

だが当然真っ直ぐに辿り着く事など出来ないので回り込むが、戦闘の衝撃で飛んで来た植木鉢の破片を肩に食らってしまった。

男は勢い良く吹き飛び地面を転がる。


「がっ・・・あっ・・・! くっそ、二度と庭に植木鉢なんて置かねぇ・・・!」


男は衝撃で転がりながらも、無事な腕で地面に手を付いて起き上がる。

だが当たった方の腕が上がらない。動かそうとしても動かず、ただ強烈な痛みだけが走る。

どうやら肩が折れたか抜けてしまった様だ。


その様子を見て少女が庭に飛び出そうとしたが、単眼が必死で抑えて少年と羊角が走り出した。

ただし庭を突っ切るのではなく、屋敷の中をぐるっと回って行くつもりの様だ。


「旦那さ――――」

「馬鹿、俺の事なんか気にすんな!」


女が気が付き声をかけるが男は無視しろと叫んで返す。

こんな状況で他の事に意識を割くなど隙にしかならない。

そう思っての男の答えは正しく、女は蝙蝠男の一撃を真面に食らってしまう。


「がっ・・・!」


それにより女は動きが止まり、蝙蝠男は女の両腕を掴んで胴体を思い切り蹴った。

当然ただの蹴りではなく、角の力の乗った強烈な蹴り。

女はガード出来ずに真面に食らい、勢いよく屋敷へと吹き飛んでいく。


「あっ・・・くっ・・・」


女は屋敷に激突し、砕けた壁に潰されながら呻き声を上げている。

周囲にはとめどなく血が流れており、女の両腕は無くなっていた。


蝙蝠男は蹴り抜く際、腕を握り砕きつつ蹴り抜いたのだ。

女の両腕は今も蝙蝠男の手の中にあり、蝙蝠男はそれを更に握り潰して捨てる。

そうしても女は起き上がる気配は無く、血も止まらずに流れ続けていた。


「・・・この程度、か」


至極つまらなそうに呟く蝙蝠男は、衣服こそ破れているものの無傷で立っていた。

角の力が有る以上実際に無傷な訳では無いが、言動から力の差が有る事は感じ取れてしまう。


「―――だめ、おちびちゃん!」


そこに単眼の叫び声が響き、凄い勢いで女に駆け寄る少女の姿が有った。

少女は涙目になりながら瓦礫を投げる様にどかして女を引き上げる。

血まみれになりながら、そんな事はお構いなしに。


「・・・う・・・あ?」


どうやら女は気を失っていたらしく、少女に抱き起こされた事で意識を取り戻した様だ。

目を覚ました瞬間に見た物が涙で一杯の少女だった事で、反射的に少女の頭を撫でようとした。

だがそこで両腕が無い事に気が付き、全力で両腕を元に戻す。


「ふ、うぅ・・・泣くな、この通り大丈夫だ」


元通りにした腕で少女の頭を優しく撫で、立ち上がろうとする女。

だがしかし女は膝に力が入らず、前のめりに倒れてしまう。

力を纏って無理矢理立とうとするが、それすらも上手く行かない様だ。


「くっ・・・足が・・・!」


少女は倒れた女を抱きかかえ、もう良いと首をフルフルと横に振る。

何故か感じ取れてしまうのだ。女がもう限界だと。

これ以上やればもう体は再生しないし、本当に死んでしまうと。

だからこそ少女は危ないと解りながらも飛び出して来たのだ。


「もう止めて! 一体何が目的なの!」


女が動けずにもがき、そんな女を抱きかかえる少女を守る様に単眼が立ち塞がる。

蝙蝠男は動く気配は無く、じっと少女の行動を見つめていた。

それは単眼など見えていないかの様子だったが、ゆっくりと単眼の顏に視線を向ける。

異様な威圧感に後ろに下がりそうになる単眼だったが、ぐっと堪えて踏み止まった。


「その女でも良かったんだがな。無理だった様だ」

「何を言ってるの、それじゃ解らない!」

「別に解らなくても構わない。死にたくなかったら退け」

「嫌!」


単眼も解っている。目の前の存在がおかしな化け物だという事ぐらい。

恐怖で足は竦んでいるし、本当なら今すぐにでも逃げ出したいと感じている。

それでも此処で女と少女を見捨てる事は、優しい単眼には出来なかった。


「そうか」


それは、本当にただ納得しただけという様な、静かな返事だった。

だがそれと同時に鳴った音は、とても生々しく嫌な鈍い音。

ごきりと骨の折れる音が単眼の足からなり、単眼の両足が変な方向を向いていた。


「え――――」


何が起こったのか解らない。そんな様子で単眼は地面に倒れる。

痛みはない。だがその惨状を認識し、おかしな足を視認し、段々と痛みが脳に届く。


「――――――」


痛すぎて叫びも出ない。そんな様子で単眼は悶える。

いや、悶える事すら碌に出来ない。何せ両足が折れているのだから。

何で、何が、どうしてと、訳の分からないパニックを抱えながら倒れ伏す単眼。







その瞬間、本当の化け物が、目を覚ました。







女の戦いは、辛くてもまだスイッチが入らなかったのだろう。

理由は解らずとも、まだ女は生きていて、無事な状態に戻れる事が解ったから。

だから限界に来た所で止める事で、何とか少女は少女のままでいられる。

けど、そんな少女の視界に映った倒れる単眼の背中は、少女を化け物に変えるには十分だった。


「―――――――!」


おたけびを上げながら蝙蝠男を睨む少女。

周囲には女と蝙蝠男と、今目を覚ました化け物にしか見えない力が渦巻いている。

そして同じ存在だからこそ解る事が有った。少女の力は化け物としての格が違うと。

余りの力の強大さに蝙蝠男は気圧されて一瞬下がるも、口元には笑みが有った。


「苦労して探して正解だった。やっと、見つけた」


蝙蝠男は下がった一歩を前に出して少女の下へ向かおうとして――――腹に穴が開いた。

背中には突き抜けた少女の手が生えており、蝙蝠男は驚きながら血を吐き出す。

先程までとは逆の出来事。少女は蝙蝠男の認識外の速さで攻撃を放っていた。


だが蝙蝠男はすぐさま下がり腹を塞ぐと少女に向けて腕を突き出し、その腕が消し飛んだ。

またもいつの間にか足元に居た少女が腕を振っただけで、まるで豆腐でも砕く様に容易く潰してしまった。

そのまま少女が無雑作に腕を横に振ると、蝙蝠男の体が上下で真っ二つに分かれる。


まるで容赦の無い、女とやった時とはまるで違う戦い方。

明らかに殺すつもりの攻撃であり、一切の容赦が無い力の乗せ方。

だが蝙蝠男は恐怖や痛みの顏ではなく、狂気を感じる笑みを見せながら体を元に戻す。


「くははっ! 予想以上だ! 良いぞ、もっとだ! もっと来い!」


蝙蝠男は一瞬で体を元に戻すと、楽し気にそう叫んだ。

そして今までどこに隠していたのかという程に大きなどす黒い力を全身に纏うと、その力を少女に向ける。

だが少女はそれを避けもせず邪魔なゴミを払う様に腕を振り、力はあっけなく霧散して行く。


それだけで明らかに格の違う化け物であり、勝ち目など欠片も無いと解る。

解るからこそ蝙蝠男は一層嬉しくなり、更に力を籠めて少女に立ち向かう。


「お前だ! やっとだ! 嬉しいぞ!」


心の内の喜びをそのまま口にして、体を千切れ飛ばしながら少女に攻撃を繰り返す。

どの攻撃も全て通用せずに逆に自身が砕け、少女の攻撃も一切防げず、それでも瞬時に体を戻しながら攻撃を繰り返し続ける。

見ているだけで気持ち悪くなるような狂気の戦い。

それは少女が殆ど足を止めているが故に、誰の目にも惨状が理解出来てしまうのも要因だろう。


「くはっ、はは――――」


だが心の底から楽しそうに笑う蝙蝠男の声が唐突に止まった。

それは少女の攻撃を受けたからではなく、乾いた発砲音が原因。


「がっ、なん、だ、これ、は・・・!」


発砲音の先に目を向けると、銃を構える羊角の姿が有った。

手にある銃は何時か男が持ち出した銃であり、本来は女に向けて使うはずだった物。

その銃から放たれた銃弾を受け、蝙蝠男は苦しむ様子を見せている。


あの時男は無謀な戦闘をしに行ったのではなく、この銃弾が有ったからこそ向かったのだ。

これは化け物を殺す為の、女を殺す為の、特別製の銃弾。


「――――くたばれクソ野郎!」


動きの止まった蝙蝠男の胸に、男の持つナイフがつき刺さる。

このナイフも銃と同じくその為の物。

確実に止めを刺す為に、男は危険を冒して蝙蝠男に近づいていたのだ。


蝙蝠男の動きが止まった瞬間攻撃してもおかしくなかった筈の少女は、近づく男の気配を感じて動きを止めていた。

勿論はっきりとした意識が有る訳じゃない。

だが女の時と同じく、無意識で男を傷付けまいと動きを止めていた様だ。

大好きな男に怪我を負わせるなど、少女には絶対に出来ないのだから。


「が、ああ、あ、ぐああ・・・!」


蝙蝠男の体がボロボロと崩れていく。まるで腐り落ちていく様に。

本来ならばもう滅ぶはずだった物が、やっと滅んでいくかのように。

だが苦しんでいた蝙蝠男は途中で笑顔を見せ、自分を見下ろす男に視線を向ける。


「は、ははっ、まさかこんな物が有ったとはな、勉強不足だった」

「はっ、じゃあそれを悔いて死にやがれ」

「・・・悔いるべきはあのお嬢さんを怪我させた事だな。こんな物が有るなら必要無かった」

「あ?」


蝙蝠男の問いに男は理解できないという視線を向ける。

だが蝙蝠男は男から視線を外し、何処か虚空を見つめていた。


「やっと、死ねる・・・なが・・・かっ、た・・・」


小さく呟いたその言葉で、蝙蝠男の目的を知るには十分だったのだろう。

男は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、蝙蝠男が消え去るのを最後まで見送っていた。

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