第七話 その男、ギルドに現れる
自警団から開放された後、俺は行きつけの飯屋で遅い昼食を食べていた。
捕まった時は何事かと思ったが、災い転じて福となすと言うか、今の俺にとって必要な情報を手に入れられた気がする。
まず、一見平和に見えるこの街では鬼族が裏で手がつけられないほど暴れているらしい。次に、それを何とかするために自警団がギルドに依頼を出している。最後に、俺はどうにか活躍して名声とやらを稼がないといけない。
以上の点を全て合わせると一つの答えが導き出された。鬼退治、やってみるか。
「おっちゃん飯の勘定頼むわー」
「はいよー、しめて10ゴールドだね」
飯の支払いを済ませてから店を出ると、一路ギルドに向かって歩き始めた。
「あのどぐされ師匠があああああああ」
あのクソ野郎のことを思い出すと心の奥底からむかつきが出てきた。
ジョッキに入った酒を一つ飲むと、テーブルに突っ伏して呪言のつぶやきを世界に向けて解き放つ。
「おごろろろろろおごろろろろろろろ」
しかし、どれだけ呪いをかけても奴が死んだ気がしない。むしろ、元気に今後何十年、下手したら何百年も生きるようなエネルギーを奴から感じた。エルフ族に伝わる禁術の一つですら、あのくされ師匠には効かないというのか。
世界の理不尽に泣き崩れていると例の、師匠が依頼したという恋人募集の依頼用紙が見えた。
それはピンク色の用紙だった。桃色のピンク色の用紙がギルドの依頼掲示板を半分近く専有している。用紙に書かれている依頼概要は一言、恋人募集の文字だけ。では、その悪魔のピンク用紙の大部分を何が占めているのかと言うと、でかでかと師匠の自画像が描かれていた。
もう見事に師匠そっくりの絵が描かれている。どこかの有名な画家にでも依頼したのだろうか、色彩艶やかで背景には花びらなんかが描かれちゃっている師匠の自画像だ。
それがギルドの依頼掲示板を半分以上も専有していた。依頼の掲示板は出した金額によって、その用紙の占有率が変わるから、高額な依頼ほど大きな用紙で張られることになる。つまり……あの馬鹿師匠ときたら、とんでもない額を使って恋人募集してくれちゃってるのだ。
今日も、このギルドで周りから向けられる私への目が冷たい、いや生暖かい。そう、冷たいのではなくて生暖かいのだ。それが本当にきつかった。
ところで、なぜ私があの馬鹿の関係者だとバレたのかと言うと、それは単純な話だった。そのピンクの依頼用紙に書かれている依頼者名のところに冒険者ジーナの師匠アランと書かれているからだ。
やるせなさでテーブルを強く叩く、歯軋りも止まらない。おのれ、おのれ、あのクソ師匠が……
せめて、せめて私の名前さえ書かれていなければ、あんなチ◯コみたいな脳みそ持ってる生物知らないよーだとか、最近暖かい陽気になったから変態も発情期なのかなーとかとぼけることもできましたが、これは駄目ですよ、一発で関係者だってバレましたよこれは。
私もここ数ヶ月、冒険者としてやってきましたから多少なりともギルド内に知り合いができました。エルフの私と人間の冒険者と言う垣根も超えて、少しづつ仲間と呼べる人達が出来ていたのです。
しかし、今の私と彼らの間にはとても大きな距離が出来ています。具体的に言うと距離5メートルほどです。今も同じギルド内にいるのに絶妙な距離ができているのです。当然、話なんて掛けられません。
もはや、こうなっては死なばもろともで命と引き換えに発動する大魔法の一つでも師匠に浴びせるしかないと考えますが、なぜでしょうか、あれが死ぬ気が全く起きないのです。
冒険者活動どころか人間社会からも撤退して故郷の森にでも帰ろうかと考えていると、ギルド中がざわめき始めました。
そのざわめきの原因となっている元は何かと辺りを見回すとそこには、今のギルド内トップトレンドである師匠の姿がいるじゃないですか。あの野郎、なにしに来やがった。
ギルドにいる人間なら全員知っている人物、つまりあのピンク依頼用紙に描かれている自画像そのまんまの変態が来たことで、ギルド中の視線が師匠に集まります。堂々と入り口から闊歩する姿には人間に必要な恥や道徳の一切が感じられません。
信じられないでしょ? あれ私の師匠なんだぜ。
これ以上なにをやらかすのか心配でもう心臓がバクバクと、血流が脳みそに流れる音がどくどくと聞こえてきますよ。神様お願いします、もしもあなたが本当に存在しているのなら、なにかしでかす前にあいつの脳みそに隕石の一つでもぶち当ててください。
そんな乙女の祈りを無視するかのように師匠がずんずんと歩んでいきます、そしてギルドのカウンターに辿り着くと、あいつは息を一つ吸い込んで何か言おうとします。
「自警団が出している鬼退治の依頼を受けたいんだが、俺でも受けられるか」
その言葉にギルド中が驚きました。
鬼というのは亜人の中でも特に秀でた戦闘力を持っています、なのでその鬼と戦うのはあまりにも危険なのです。依頼が出ていたのはみんな知っていましたが、今まで誰もその依頼を受けていませんでした。
中年のおじさんのギルド員が師匠をちらりと見ました、値踏みするような瞳です。
「山賊の時とは全く違うぞ、死にたくないのならやめておくことだ」
「俺にしてみれば鬼も山賊も変わらない。全員、生首にしてここに持ってきてやる」
おかしい、師匠が格好良く見える。目の網膜がスライムになる奇病にでもかかったのかなとゴシゴシと目をかいてみますが結果は変わらず。なんと師匠が格好良いままでした。
「……合格だ、自警団からの鬼退治の依頼をお前の名義で受けといてやる」
おやおやこれはどういう事でしょうか。あの師匠が、食う寝る戦うバカの4つしか取り柄のないあの師匠が人助けのために危険な依頼を受けましたよ。
いえ、それだけではありません。一連のやり取りを見ていたからでしょうか、周りから私に向けられていた生暖かい視線がいつの間にか無くなっています。
「あの依頼を受けるとは、あいつ正気か」
「それだけ腕に自信があるってことか、まさかどこかの高名な戦士とか」
「俺でも躊躇していたというのに、それをああも簡単に受けるとは」
理解る、理解りますよ、流れは変わった。今の私には師匠を通じて名声の力が入ってきています。心なしか周りとの距離も縮まっている気配がする。見れば5メートルは離れていた周りとの距離が3メートルにまでなっています。ふふ、もっと私に近づいてきてもよろしくてよ。
それはともかく先程の俺でも躊躇すると発言していた方、この方はこのギルドでもトップの戦士であり、名前をフィリップさんといいます。
そんなギルドトップの人間でも受けなかった依頼を師匠が受けてしまうとは、もしかして格付けが完了しちゃいましたか?
師匠>>>フィリップさんは確定として、そこに弟子の私も入るので
師匠>私>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>フィリップさんとなるのは明らかです。
やれやれ、フィリップさんがどうしてもというのなら私の荷物持ちくらいはさせてあげてもいいですよ。
そんな未来の私の荷物持ちさん候補であるフィリップさんが更にお喋りを続けてきます。
「しかし、あの男はともかく周りの人間は大丈夫なのか? 今回の鬼族はたちが悪くて周囲の人間たちも巻き込んで構わず見せしめとして危害を加えると聞いていたが、弟子のジーナがいくら冒険者でも身の安全が確保できるとはとても思えない」
ん?
「俺も独り身なら依頼を受けても良かったがパーティーの仲間達が狙われたら危険だと思ったから受けなかったんだ。それをああも簡単に受けるとは、よほど自他ともに厳しい男なんだな」
おや?
おかしい、周りの目からまた同情的な視線を感じ始める。あれ、なにかおかしいですね。
周りの空気が変わったのと同時に師匠達の話も佳境に到着してました。
「ところで、依頼用紙の方に、お前の名前入りで受注したと書いていいか? 誰か一人でも依頼を受けたとすれば、あとに続く人間も出てきやすいんだ」
「当然だ、じゃんじゃんやってくれ……いや、それどころか俺の恋人募集の依頼用紙を外して、そのスペースに鬼退治の依頼用紙を貼ってくれても構わない。依頼者自身が外してくれてもいいと言ってるんだ、できるだろう」
おやおや、話がおかしくなってきましたねえ。
そう思いながら事態の推移を見ていると、師匠が出していた依頼掲示板の半分以上を占めていた恋人募集の依頼用紙がギルド員の手で剥がされて、その代りに鬼退治の依頼用紙が、でかでかと張り出されました。
そして、その鬼退治の依頼を受けた人間の一覧になんと、ジーナの師匠冒険者アランと書かれた名前が書いてあります。
おいまてや、どう考えてもジーナの部分いらねえだろ。
「これでジーナのやつも鬼族に狙われるってわけか。こんな目立つやり方したら確実にバレるぞ」
「いやそれどころかジーナに近づいたら関係者だと思われて報復の対象になるんじゃ」
「鬼族に狙われるなんて嫌だぞ冗談じゃねえ」
ザーっと波が引いていくような勢いで皆との距離が離れます。先程までは3メートルまで近づいていた皆との距離が今では10メートルは離れています。遠い、この距離はあまりにも遠すぎる。ていうか、師匠がここに来る前よりもひどくなってるんですが。
呆然としている私に向かって師匠が近づいてきます。何が楽しいのやら、やりきったぜみたいな顔していました。
「どうだジーナ、これで問題も解決しただろ」
「し、し、し、師匠の」
「うん?」
「師匠のバカあああああああ」
私はそう叫ぶと、全力でギルドから逃げ出してリリーさんの所へと駆け抜けていきました。




