第五話 事の始まり
あれから三ヶ月、俺はジーナに色々な戦い方を教えていた。
なまっちょろい指導方法にジーナもすぐに飽きるだろうと思ったが、意外と彼女はこの方法が気に入っていた。むしろ、これでなまっちょろいとか師匠は頭おかしいんじゃねえのみたいなことも言われた。
だが考えてみればエルフと人間では体の構造が違うのかもしれない。
そうか、その部分があったか。俺としたことが人とエルフ、その違いに気が付かなかったとは失念だった。
というわけでジーナの体を根本的に作り変える為にはどうすれば良いのか、俺はその悩みをリリーにぶつけることにしてみた。
自室にいたリリーは寝間着姿のままだった。普段のポニーテール姿ではなく、髪を下ろして椅子に座っていた。彼女は書き物でもしていたのだろうか、机に備え付けられている魔道具の光源を便りになにか書いていたみたいだ。
そんなリリーがため息を一つ吐くと
「アホかお前は」
開口一番こう言ってきた。
「アホっていうのはどういうことですかねえ。俺なりに考え抜いた結果、こう言う結論が出たんですがねえ。納得できる説明がない限り俺はここを引かんぞ!!」
断固としてここは引かん。可愛い弟子のジーナのために俺はここを引くわけにはいかんのだ。
「じゃあ納得できるように説明してやる。まず人間とエルフでは肉体構造にそんな違いはない。だから、お前の言う人とエルフの違いに肉体的な差などほとんどない。あるのはお前と他の人類との差だけだ。故に、ジーナをお前と同じ蛮族にする方法なんぞこの世界にはない」
リリーは捲し立てるように言ってきた。とりあえず、エルフと人の間に差がないということらしい。何ということだ、それではジーナ改造計画は不可能ではないか……
「まあ、だが肉体的にはないが魔術的な意味合いでは人とエルフとの間に差はあるが」
それは聞き捨てならない一言だった。やはり人とエルフ、その違いがあるということではないのか。
「つまり、魔術的な意味合いの結果、ジーナは人より弱いということか」
「逆だ馬鹿、エルフのほうが魔力が強くて人より優れているという意味で差があるという事だ。いい機会だ、お前に説明してやる。人と亜人、この二つを比べた場合、人はどういう存在だと思う?」
人と亜人を比べる? 今まで出会ってきた亜人達と俺やリリーを比べて考えてみた。ふむ、だとするとこうかな。
「鍛えれば龍すら倒せることができるあらゆる全ての人種の上に立つ存在、それが人だ」
「龍を倒すようなそういう例外は置いとくとして、正しく言えば亜人と比べて劣った劣等種、それが人類だ」
そこまで言ってから、リリーは口を片方釣り上げながら続きを語り始める。
「年齢による劣化が早く、長寿ですらなく、普通の人間であれば肉体か魔力のどちらかが必ず亜人と比べて劣っている存在、それが人類だ。まあ繁殖力だけは凄まじいが、勝ってるとしたらそれだけだ。腰を振ってネズミのように子供を増やすことだけが得意な存在、それが人類だ」
それは知らなかった、まじかよ子供増やすことだけが得意ってまじかよ。
「腰を振って子供増やすのが得意な存在だと? じゃあなんで俺はそれが得意じゃねえんだよ。他の人類は得意だってのかよ、ふざけんなよ羨ましいにもほどがあんぞ」
「個体差によって得意不得意にバラツキがあるからな。お前は、その中で才能を戦闘方面に全力で振ってしまっている個体だ」
全身を敗北感が襲ってきた。俺が必死こいて魔物と戦っていた頃に他の人類ときたら楽しく腰振ってたってか。
「まあだからこそ、地竜のやつが人類の支配者兼保護者となり、手駒としていたがな。種全体として見れば人類は繁殖力が高いが個々としての能力が弱い。地竜にとって見れば実に扱いやすい駒だったはずだ」
人類が亜人に劣ってるだとか地竜がどうだとかそんなもんどうでもいい。そんなことよりこの格差はどういうことだ。魔物と血みどろの戦いができる才能なんぞより女の子と仲良くできる能力のほうが重要だろうが。
「それで話を戻すが、ジーナの肉体改造だがジーナを鍛えるのなら今のままで十分だ、余計なことをしなくてもいい。エルフであるジーナは少し経験さえ積めば魔術の分だけ他の冒険者よりも強くなるはずだ。それこそ、魔物と戦う術の初歩で躓かなければな」
そうだったジーナの話をしにここまで来ていたのを忘れていた。俺は気を取り直してからリリーに今後についてアドバイスを貰うことにする。
「それで、どうやったら俺は他の人間と同じように子作りの才能を手に入れられるんだ」
「諦めろ」
「なんだと!!」
諦めるとは何だ、どういうことだ。リリーからしてみても手の施しようがないということか、いや、待てよ!!
「そうだ、冒険者ギルドに恋人募集の依頼を出せば良いんだ」
そうだ、そうだった。ギルドとはなにか? 一言で言えば街のお悩み解決所である。清廉潔白な住人達の日々の悩み事を金さえ積めば一発解決してくれる素敵な場所、それがギルドだ。
クーーっと自身の天才的なアイディアに感動していると、リリーがすごい目つきでこっち見てた。
「アラン、時にお前は常人の脳みそでは一生考えつかない事をやってくれるな」
「せやろか」
「せやで」
確かに俺は脳みその柔らかさ加減には自信がある。どれくらい自信があるのかと言うと昔のパーティーメンバーから、お前の意見は人として逸脱しなければいけない境が高すぎて参考にならないと言われていたくらいだ。
「アラン、依頼を出すとなるとその依頼用紙がデカデカとギルドに載るよな」
「せやな」
「当然、お前の名前でそれは出すんだよな」
「せやで」
「つまりジーナの師匠であるお前が、そんな馬鹿な依頼を堂々と自分の名前付きで出すというわけだが……それについてお前の弟子であるジーナは周りからどう思われるだろうか」
「なにか問題でもあるのか?」
俺の返答を聞いたリリーが上を向いて目をつぶった。何かを考えている様子だ。こめかみに手を当ててひとしきり悩む素振りを見せると、いつものような鉄面皮へと戻った。
「そうだな、お前にとってもいい経験になるだろう、思う存分にやってこい」
リリーはそう言うと、もう話すことがないとばかりにまた書き物へと没頭し始めた。