第四十話 真のエルフ
シュタッと地上に降り立つと、見慣れたはずである地上の景色に感動が湧き上がってきました。普段であれば全く何もねえ、文明社会に逆らうような自然の中と呼ばれるこのクソみたいに見える森の中であったとしても、悪夢の地下拷問場から逃げ出した私から見れば、輝くダイヤモンドと言えましょう。そう、ついに私は光り輝く世界に帰ってきたのです!!
「ドラゴンタックル!!」
「グェアアアアアアアアアアアアアアアア」
地下から師匠達の声が聞こえてきました。ドラゴンタックルとか言ってる方が師匠で、悲痛な叫び声を上げている方が竜人のフィーネ様です。普通に考えると立場が逆のように見えますがそんな事はありません。
フィーネ様はせいぜい竜人ですが、師匠は竜に例えられるようなウンコです。そう考えれば二人の立場はむしろこれが正解と言えるでしょう。
師匠の殺意の向かい先となっているフィーネ様に祈りを捧げつつ、世界に向けて新たな一歩を踏み出すことにします。さようならフィーネ様、私は一足先に逃げることにしますね。
そう考えて、勢いよく森の中を歩き始めると、世界が私に優しさと祝福を与えてくれるのがわかってきました。おかえりジーナ、ここが貴方の本来の世界よって言う、そういう世界の優しさです。特に、太陽のやつと来たら、森の木漏れ日から私に暖かな祝福の光を与えてくれていますからね。思わず、踊りたくなって来ました。
森のエルフとしての本能というべきものを感じながら、暗黒地下世界から逃げられた喜びに心が弾んでいると、ふいに思いました。もしかして実は私は凄いのではないでしょうか?
だって、竜人と英雄と師匠とかいう闇の住人達に囲まれながらも、こうして無傷で逃げ出してきたんですよ? 一時は囚われて、拷問寸前まで行ったにも関わらずです。
考えてみれば今回だけではなくて、今までもなんだかんだ言って、私はなんとかしてきました。まーそれは当然、幸運や偶然に助けられた部分もあるでしょうが、大部分は私自身の才能のおかげなんじゃないですかねえ。
いや、調子に乗ったらいけないとは思いますよ? でもこうまで自分が凄いとなると、やっぱり思っちゃいますよね、自分は他と違うんだって。んーーーーっなんて言うか才能……と言うか……運命力……とでも言うのか……他を圧する力が私にはあるっていうか、困っちゃいますねえ。
なんか、溢れる知的細胞の為せる技と言いますか、ここまで知性と力に恵まれていると逆に怖くなってきちゃいました。こんなにも世界に愛されて良いのかなって、他の存在が芥子粒ほどの才能を持ってひーこら努力している横で、こう軽々と偉業をなしてしまう私は世界に存在して良いのかなって、ちょっと申し訳ない感じがしてるのも事実ですね。
ふーーー、他のエルフと差をつけ過ぎちゃったかな。少し力を付けるのを急ぎすぎた感じはあります。でも真のエルフとは私のような存在の事を言うのでしょう。魔力だけではなく、美しさと知性を併せ持った存在。野蛮な生物とは一線を画すパーフェクトな生物、それが真のエルフ。
そう考えると、今人間に攻め込んでいるエルフ達ってなんというか足りませんよね、そう、美しさと才能がちょっと足りません。私の足の爪ほどの才能が彼らにあったら良かったのですが……悲しいですよね、あれらがエルフを名乗っているだなんて、私は悲しい……
今まで個である自分のことしか考えてこなかったのですが、生物として大きく成長したおかげか、今は種族全体のことを見れる様になってきました、そして気づきます。このままではエルフは駄目になってしまう、誰かが指導者として真のエルフというものを見せなければならない、と。
真のエルフとはなにか、それは溢れる知性と才能を持って絶望と戦うものです。
真のエルフとはなにか、それは諦めることを知らない心を持った聖者です。
真のエルフとはなにか、それは私のことです。
今、私の役目がわかりました。人間達に無益な戦争を仕掛ける他のエルフ達に本物のエルフ魂を与える事、それこそが私が天から与えられた使命だったのです。
聖なる指導者とは何も言葉を発さずとも、その場にいるだけで他を聖なる者に変えるのです。これこそが正に真の魔法と言えるでしょう。そして、その魔法を私は手に入れてしまったみたいです。
ならば、悲壮な覚悟を胸に秘めて彼らを正しくする必要があります。たしかに楽な道ではないかも知れません。他のエルフ達から石を投げつけられるかも知れません。時には命から狙われることになるでしょう。
しかし、人と争うなどという誤った道に進む同胞を誰が見捨てることができるでしょうか? 人とエルフは手を取り合い、仲良く生きていく、これこそが王道というものでしょう。そして、それを成せるのは、不屈の正義をもったこのジーナ、ジーナしかおりません!!
もしも、この私の覚悟が嘘だというのなら、どうか世界は私に試練をお与えください。あらゆる、どんな試練も私は乗り越えてましょう。私はどんな壁さえも乗り越えてみせます!!
みたいな事を考えながら歩いていると、何かにぶつかりました。金色したなんか、すっげえデカい壁にぶつかりました。鱗みたいなものが生えている壁で、なんかちょっとでかすぎて視界に全部入りません。
一歩二歩と後退して、その壁を全部視界に収めるまで下がって行くと、次第にそれがなにかわかってきました。なんかすっげえでかい金色のドラゴンが私の目の前に現れてました。
その威容は正に天、金色の鱗を全身に生やし、緑色の巨大な瞳をした世界を蹂躙する存在。私が今まで戦ってきたケチなレッサードラゴンとかそういうパチモンじゃなくて、ガチドラゴン。そんな金色のドラゴンが私の目の前に現れました。
「グルルルル……」
不気味な唸り声を上げて、私を見下ろす金色のドラゴン。体長は数十メートルにもなりましょうか。ウェイト差については計れる限界を超えてます。無差別級でも私と戦わせてはいけないくらいの差がありました。
「試練の壁、来ましたねえ……」
佇んでいるだけで、格の違いを私に教えてくれる目の前のドラゴン。パンピーなら間違いなく絶望して自死を選びそうなこの状況ですが、生憎、真のエルフに目覚めた私は諦めることを知りません。ならば良いでしょう、私の覚悟を今こそ見せつけます。
まず、眼に力を込めて相手とこちらの力の差を見極めます。相手の体質、オーラ、存在力、匂い、体重、それら全てを歴戦のエルフであるジーナちゃんの眼力によって戦力を算出、そして出した結論は……絶対勝てませんねこれ。
いや無理です。多少は戦闘力に自信のある私ですが、これは無理というものですよ。
こいつはただデカいだけではありませんでした。全身にみなぎる気力、魔力どれも化け物です。とてもではありませんが、私の勝てる存在ではありません。
例えば肌を見比べてみますと、あっちは身を守る為の強固な鱗が生えていますが、私に肌に生えているものなんて、せいぜい産毛くらいのものです。美容については私の圧勝でしょうが、防御力という点について言えば、産毛では水滴一つからも身を守れやしません。
他にも爪から筋力から牙やらと、なんかもう比べるのも馬鹿らしいってくらい生物として違います。戦いを前提にして生まれた生物と、神から美容と健康の権化として生を与えられた私では、どうやっても戦いにはなりません。
真のエルフは諦めないとかなんかよくわかんねえ事をさっきまで考えてましたが、そら無理な物は無理やっちゅーねん、諦めるに決まってんだろ。大体、真のエルフってなんだよ、ハイだけじゃなくて真までいるのかよ、エルフ族はどんだけ多様なんだよ。それに何も言わなくても他人を聖なる存在に変える? そんな奇跡があったら戦争なんて起きねーんだよ私バカジャネーノ。
アドレナリンたっぷり流れていた先程までの私から急転直下すると、目の前に現実が現れました。捕食者と非捕食者の現実ですね。私が非捕食者で、相手が捕食者です。ていうか、改めて考えるとこの化け物なんなんでしょうか? なんでこんな生物がここにいるのでしょうか? こんなのと遭遇しても私にできることなんてあるわけないでしょ。
私の戦意が無くなったと見ると、目の前のドラゴンが口を大きく開けてエネルギーを貯め始めました。いまだかつて私が感じたこともない恐ろしいエネルギーがドラゴンに集まります。お目々が眩しさを感じて視界が白く染まり始める中で、そのドラゴンが咆哮と共に地平線の向こうヘとエネルギーを口から放ちました。
ネストの街の周囲にはですね、魔物が出る深い森が存在しているのです。
エルフの軍隊も、この森を中心に活動しておりまして、ネストの街に散発的に攻撃をし掛けているのです。
人間側も、森の中に点在しているエルフを追撃、補足するのはなかなか難しいことでして、しかも、エルフは森の生活に慣れているので、そこから食料などの補給も可能なんですよ。しかも森の中には魔物などもいますから、なかなかどうして人間側からすると厄介だったのです。
ここまでなんでそんな事を考えていたのかと言いますと、そのネストの街の周囲にあった森の一角が、今の咆哮一撃で大部分が消滅しました。
視界の隅に見えるネストの街の方から、悲鳴が聞こえました。パニクった人間どもが逃げ惑っているのでしょう。
そして同じく、森の中からも悲鳴が聞こえ始めました。森に隠れていたエルフ共が、今の一撃でパニクっているのでしょう。
「ギャオアアアアアアアアアアア」
感情の極みに到達したドラゴンちゃんが雄叫びを上げています。それだけで、私の鼓膜が破れそうなほどの空気振動が発生しますが、そこは魔力で防御。しかし、それでもまだ全身にむずがゆさが発生するほどの振動が私に襲いかかってきました。
ドラゴンちゃんが尻尾をバシーンと大地に叩きつけます。何事かと思うと、その尻尾の下には大型の魔物がいます。ドラゴンちゃんを後ろから襲おうとしたのか、はたまた逃げようとしたのかは知りませんが、攻撃範囲内にはいってしまった哀れな巨大な牛型の魔物さんです。
その魔物さんにドラゴンちゃんが体を向けると、ヒョイッと食べ始めました。魔物を口に加えてから首を上に向けると、美味しそうにその魔物を噛み砕きます。
ガブッガブッと擬音が出そうな程の良い食べっぷりですが、強いて問題があるというと、その魔物の血のシャワーが私に降り注いでいるってところでしょうか。
文化的な社会ではテーブルマナーが大事なのは言うまでもありません。どれだけ魅力的な人物でも食べる姿が汚ければ、それだけ周囲への評価は下がります。このドラゴンちゃんも、食べる勢いは良いのですが、周りへの配慮にかけていました。
テーブルに同席した人間が、その食べかすや汁を周囲に飛び散らかしていたらどう思いますか? 服や肌についたら、それだけで相手と喧嘩になるのは言うまでもありません。そう考えてみると、私なんて、全身が血にまみれていますからね。食べカスとか汁とか、そんなもんではなくて血のシャワーを浴びています。
本来であれば、テメーよくもやりやがったな、ドタマかち割ったるわくらいの勢いで喧嘩するところですが、今日のところは見逃してあげてもいいでしょう。ドタマかち割るにしても私の背丈では頭に届きませんからね。あのドラゴンの頭の上に行くには登山装備が必要でしょう。そう考えるとお前本当に運が良かったな、私が登山家じゃなかった事に感謝しろよ。
幸運な金色ドラゴンにじゃあねして、森の中に逃げようとすると、ドシンっと目の前にドラゴンちゃんの足が現れました。おやおや、わざわざ見逃してあげようとしたのに、こいつわかってねーな。
回れ右して別方向から逃げようとすると、更にそこにドシンッと足が降りてきます。更に別方向に行こうとしてドシンッ、ドシンッ、ドシンッ、こいつ私を逃がす気はまったくないみたいですね。
何時の間にか、ドラゴンちゃんが先程の大型の魔物を食べきって、こちらを見ていました。口の両端からは先程の魔物の血が垂れており、なかなかどうしてめったに味わえねえ視覚的なプレッシャーを私に与えてくれてます。
無論、めったに味わえないというのは私の人生においての話であり、世界を見渡せば、弱肉強食のルールの中で数多の生き物たちが同じようなプレッシャーを味わっていることでしょう。ただ当然、それらの生物達は死んでいくのが基本であり、その体験談について世界に発信することはまずありません。そんな未発信情報をこれから私は全身で体験するわけですね。
人生で一度しか味わえない貴重な初体験がついにやってきました。ドラゴンちゃんがあ~んと口を大きく開けて私にロックオンすると、私も覚悟が決まります。
しかし、そこで、予想外の声が聞こえてきました。
「セレスト、待て!!」
その声とともにドラゴンの動きが止まります。
金色のドラゴンは私から視界を外すと、私の後ろの方に向かって視線を移動させました。
「待たせたなジーナ」
ドラゴンちゃんの視線に釣られて私が後ろを振り向くとそこには……ズタボロになったドラゴン形態のフィーネ様のしっぽを掴んで歩いてくる師匠がいました。
もうそれは本当に完全にフィーネ様はズタボロになっておりました。竜人のプライドまったくない感じの姿を晒してしており、潰れたカエルみたいな格好で仰向けで引きずられておりました。
人間大の生物である師匠が、自身の何倍もある生物を引きずっている所とかは別に不思議でもなんでもないので置いとくとして、問題はこいつが発した言葉です。
「師匠、さっきセレストと言いましたけど、このドラゴンちゃんの正体はもしかして……」
「そうだセレストだ」
世界に向けて喧嘩売ってそうなこのドラゴンがあのクソガキ、こんな姿になるなんて……とかで別に悲しみはしません。まあ、あいつの本性がこんな凶暴な生物だったとしても、特に何も不思議ではありませんからね。なるようになったという所でしょうか、天竜とかいうワケワカラン種族だったみたいですし。
「で、この糞はなんでこんな姿に変身したんですか? 一応姿だけは可愛らしい子供形態だったはずですが、なぜ精神が表に出てきたような姿形になったのでしょうか」
「それは――」
師匠が語り始めました。ちょっと長くなったので、その内容を掻い摘んで要約すると、師匠の命令で極悪な冒険者ギルドに特攻かましたクソガキが、そこで暴れすぎて街全体を巻き込む戦いをやらかした結果、ついには人間共に追い詰められたらしいです。
そこでトドメをさせればよかったのですが、クソガキがとどめを刺される寸前に覚醒して、この姿に変身して大暴れ。現在、ネストの街とその周囲に死と破壊をバラ撒いている真っ最中らしいとの事です。
師匠の話をよーく聞いて、そして少し考えて、なるほど結論が出ました。
「クソガキがこうなったのは、全部テメーのせいじゃねーか!!」
「それが問題の本質だと本気で思っているのかジーナ?」
「思ってるに決まってんでしょ!!」
師匠が余計な事をしなかったら、クソガキもこんなでかいトカゲになってここにいませんし、私も食べられそうになってません。あのまま悠々自適にどこかへ逃げられたはずです。おのれ師匠!!
私の言葉にため息を一つつくと、師匠が首を横に振りました。
「違うぞジーナ、問題はそこじゃない、見ろ、このセレストの姿を」
「クソガキの姿?」
金色ドラゴンに変身しているクソガキは現在、四方八方に先程のエネルギー弾を咆哮と共にぶっ放しておりました。そのたびに周囲の地形や、着弾付近にいる生命体に大きな犠牲が出ておりまして、どう贔屓目に見ても問題しかありません。
「そうですね、確かに誰に責任があるかなんて話よりも遥かに大きな問題がそこら中で起きてますね。えーっと世界の危機だとか言いたいんですか? それなら師匠がなんとかすれば良いように思えますが」
「違う、わざと言ってるのか!! あの力の先になにがあるか考えてみろ!!」
あの力? どでかい図体したドラゴンがケダモノに近い倫理観で無差別に暴力を奮っているあの力の先?
「だから世界の危機だっつってんだろ、師匠の責任10割なんだから師匠がなんとかしてこいや!!」
「まだわからないのか、あれではセレストの成長が頭打ちになってしまうと言ってるんだ!!」
またクソが何か言い始めましたよ。
「俺はさっきも言ったはずだ、セレストが邪道に落ちたと、頭打ちするような成長をしていると、その言葉を思い出してからもう一度、今のセレストを見てみろ」
「頭打ちするような成長ですか?」
そういえば、さっき地下にいる時に、このバカはそんな事言ってましたね。その言葉を思い出して今のクソガキを見てみろと?
先程まで咆哮弾をブッパしていたクソガキですが、今はそれを止めて大人しくしています。遠くを一点に見つめて無言で佇んでいました。
どうしたんでしょうか? まさか、自身の行いについて懺悔の気持ちでも湧いてきたのでしょうか? そうだとするなら、すぐにどこかへ行ってほしいですね。二度と人様の生存圏内に入ってくんなよこの畜生生物が。
そんな僅かな希望を胸に見ていると、いきなりクソガキドラゴンが両前足を上げて立ち上がりました。そして、その前足にバチバチッとしたエネルギーが溜まっていくと、一閃、強烈な光エネルギーがクソガキドラゴンの前方面へと放射状に伸びて触れるもの全てを破壊していきます。
先程までは咆哮弾で周囲を破壊していたクソガキですが、なんと今回は広範囲の光エネルギーで効率よく周りを破壊しました。先程まではその暴力から逃れていた森に潜んでいるエルフさんや魔物さん達も、この一撃で多くがまとめて薙ぎ払われたでしょう。なんてお利口さんなドラゴンなんでしょうか、自身の技では足りなかった部分を考え抜いて、それに合わせて進化したみたいです。素晴らしいスペックと成長力ですね。
「って進化してんじゃねーか!! 全然頭打ちしてねーよ!!」
「こんなものは強くなったとは言わない、俺が認めるには全然たりないな!!」
前頭葉を超越した理論で我を押し通そうとする師匠ですが、はっきりいってそんなもん誰も理解できません。そもそもこいつが認めるかどうかと目の前で起こっている事実がどうかと言うのには何も関係ありません。
「本当に強くなった存在というのはなジーナ、お前みたいなやつのことを言うんだ」
その言葉に、先程まで暴れていたクソガキドラゴンちゃんがピタリと止まりました。
「自分の潜在能力を引き出しただけのセレストと、自身の限界を突破したジーナ、比べるのもおこがましい。お前の勝ちだジーナ」
クソガキドラゴンちゃんからの熱視線を感じます。ドラゴンの視線って凄いんですね、マジで熱を帯びてやがるわ。
「だからこそジーナ、お前が今のセレストと戦って、自身の過ちをセレストに気づかせるんだ。お前が俺の一番弟子だからこそ、な」
赤外線の極みとも言える視線を背後に感じながら、まだ師匠のやつが口を閉じませんでした。やべえなこれ、背中焼けるわ。
「フフ、見てみろジーナ、セレストもやる気になったみたいだぞ」
先程まで周囲を根絶していたクソガキドラゴンですが、現在は四肢を地につけ、頭低くして私めがけて飛びかかろうとしています。体長何十メートルものドラゴンが身長1メートル60くらいの私に向かおうとしている様は、獅子が兎を狩る時にも全力を出すの、兎の気分を味わわせてくれます。
低い唸り声を出しながら私に殺気を向けているドラゴンちゃん。そんなドラゴンちゃんと見つめ合っていると、師匠が何かを手渡してきました。
「ジーナ、これを受け取れ」
「これは……」
「そう、お前が竜人の体内に入れた短刀だ」
確か、これは私がフィーネ様の体内というゴミ箱に放り投げた短刀。
「これは地竜の鱗から作られた武器だ、これならセレストの鱗も貫けるかも知れない」
「そうですか、かも知れないんですね、それでこれをどうしろと?」
「見てみろ、セレストのあの姿を、あれは間違いなく一息にお前を食べる腹づもりだ」
あの体勢、頭を前に突き出して全身を伏せにしてこちらに飛びかかろうとしている体勢。捕食者の体勢ですね、それは知ってます。
「それでどうしろと?」
「やれやれ、ここまで言ってわからないか? セレストが飛びかかってきたその一瞬、その一瞬で繰り出される攻撃を躱してこの短刀をセレストの眉間に突き刺せば、ジーナ、お前にも勝利する目があるかもしれん」
まともそうなアドバイスが来ましたが、ちょっと現実的ではありません。躱すのが難しいのもそうなんですが、このちっぽけな短刀で鱗を貫いて眉間に刺さったとしても、ろくにダメージを与えられそうにないからです。
「無論、今言った事をただやろうしてもお前に勝ち目が殆どないのはわかってる。だがそこはジーナ、俺の一番の愛弟子であるお前ならなんとかできるはずだ。じゃあそろそろ準備は終わったな?」
師匠の言葉に、私の心胆が冷え込むのとは真逆にクソガキドラゴンの方はやる気アップしました。全身から光オーラ放って、すっげエネルギーを発してます。どうやら私が一番の愛弟子というお言葉に殺意倍増しちゃったみたいです。
何時の間にか、私の周りに妖精さんが集まり始めました。そう、さきほど私がフィーネさんにズタボロにされた時に出てきたあのクソ妖精ですね。なにかを伝えたいのか、見るもおぞましい虫どもを手にして、私に語りかけてきました。
なになに、人は死して躯になれば、それを虫は養分とする? 私が死んだとしても、その肉から新たに命が生まれてくる? この虫達がきっと、私の血肉を餌にして新たな生命を生み出してくれる? だから安心して死んで躯になって来い? この虫達が、私の肉の新しい宿主だって? ハハッコイツラなかなか面白い事を言いますね。てめえら私が生き延びたらぜってえ滅ぼしてやるから待ってろよ。
そして運命の時が来ました。
先程から腕を組んで瞑目していた師匠が思いっきり息を吸うと開始の合図を叫びます。
「では戦い、始め!!」
その掛け声とともにクソガキドラゴンが飛びかかってきました。予想通り一直線に、私を丸呑みにする動きです。ドラゴンという大質量が暴力のままに飛びかかってくる光景が目に焼き付いたその瞬間、私の頭の中に過去の思い出が流れました。
それは、私の父と母かまだ子供だった私に道徳を教えてくれる場面。まだ小さかった子供の頃の私に両親は、優しくこう諭しました。ジーナ、貴方が清く正しく真面目に生きていれば、きっと窮地に陥った時に誰かが助けてくれるよ、と。
今この瞬間、窮地であるこの瞬間にそれを思い出した意味に気が付きます、そう間違いありません、きっとそうです。清く正しく生きていれば、きっと誰かが私を助けてくれる、そういう事ですか!!
それに気がついた瞬間、私はそのまま一息に食べられました。
ちょっと前半変更




