第一話 彼等の始まり
春の木漏れ日は何と温かいのだろうか
人の心の冷たさ、冷酷さを溶かしていくようなこの陽気
この暖かさの前では全ての人間は優しくなれると俺はそう思うね。
剣にこびりついた血を拭き取りながら、しみじみとそう思っていると、相方であるリリーが俺に話しかけてきた。
「おいアラン、お前の弟子がそこでゲロ吐いてるぞ、なんとかしろ」
リリーは年の頃なら17歳くらいだろうか、それくらいに見える女性だ。
髪はポニーテールで纏めており、金髪の髪が歩くとふさふさとたまに揺れていたりする。外見はまあかわいいんじゃないかなと思える女性だ。性格はどうかって? それについてはノーコメントで頼む。
「おいおい、仮にもこのアラン様の弟子になった人材だぞ、この程度でゲロなんて吐いてるわけがあるか」
と、愛弟子のジーナを見ると、そこでは一人のエルフの女性が盛大に口から尊厳を吐き出していた。
「オロロロロロロロロロロ」
止まない濁流、敢えて事実とは違って虹色と表現したいその液体が盛大に地面へと向かって放たれている。
現在人様に見せることのできないような尊厳が著しく下がっているこのショートカットのエルフこそ、俺の弟子のジーナだ。
うん、とりあえずあまりにも見苦しいからひとしきり吐ききるまで背中をさすってやる事にしといた。いや、まさかここまでメンタル弱い子だとは思ってなかった。
俺に背中を擦られているジーナがゲホッゲホッと咳き込んで自身の口元に腕をあてながら俺の方を見てくる。
「師匠……女性の体に軽々しく触るなんてセクハラですよ」
「ぶっ飛ばすぞてめえ」
人様が親切にしてやったのになんだこの言い草は、そんなに俺のことが信じられないのか。
「師匠はただでさえ外見が不審人物なんですから、そういうところは気を付けないと駄目ですよ。私だったから良いものの、これが他の人だったら即、事案です」
まあ、こいつの言いたいことはわかる。自慢じゃないが俺も自身の容姿については全く自信がない。顔は別に凄いブサイクというわけではないが、いかんせん、体型が完全に戦士系オークなのである。
何年もの間に染み付いた冒険者生活で身体ムキムキ、胴回りから腕や足回り、果ては首の周りまで完全な筋肉体型、夜道で出会ったら危険人物そのものって感じである。
そんなに自分を卑下していて悲しくならないかって? 悲しいな、ああとても悲しいよ。
道を歩いていれば前にいる女性が全力ダッシュで逃げ出すことなんて当たり前。むしろ女性どころか何故か男まで逃げ出すし、道歩いている猫だって俺を見たら避けて通る。
ちくしょう、俺が何したっていうんだよ。
「さて、アランが不審人物なのは良いとして、はじめてのドキドキ盗賊退治はどうだったジーナ」
涙目になっている俺を無視して、リリーがジーナに向けて話し始めた。
「最悪です、今すぐ故郷に戻りたいです。てーか、これ絶対新人の初依頼としては難易度高いやつっしょ」
確かにちょーっとばかり難易度高いやつではあるがパートナーとして俺とリリーがいるのだからそれほど難しくはないはずだ。
そこらじゅうにその盗賊達の死体が散乱していることを除けばそれほどきついとは言えない。
「そんなにきつくないと思うけどなあ、戦闘自体に危険はなかったし。ちょっと今現在の死臭とビジュアルがきついだけで」
「そのビジュアルと死臭が問題なんですよアラン師匠……」
そんなものなのだろうか。
「でも俺の初めての冒険のときなんてパーティーのメンバーがスライムに食われてドロドロの肉の塊になった上で骨まで消化されてたぞ。あれ見た後は一ヶ月は肉が食えなかった」
俺の言葉の後にリリーも続く。
「私も修行時代に先生から人体実験をやらされたな、そのあと三日は肉を食えなかった」
そうそう、新人なんてどこもこんなもんだ。俺たちが別に特別ハードなことしているわけではない。
「そんなものなんですか? あ、でも確かに言われてみれば慣れてきたのか無性に焼き肉が食べたくなってきました。師匠どうでしょうか、私の初任務達成ということで夕飯は豪華に肉系でもいいですよ」
「エルフは森の住人だから木の実とか果物食べているんじゃないのか? 肉とか食べて平気なのか」
「逆ですね、森の住人だからろくに栄養が取れる程の田畑がなくて狩猟がメインなんですよ。エルフと言ったら肉、肉と言ったらエルフってくらいの狩猟民族なんで」
なるほど、エルフは狩猟民族だったのか。だからこんなすぐに気分の切り替えができてるのかもしれないな。エルフの秘密を一つ知ってしまった。
「よし、じゃあ後は手配書の盗賊頭の首でも持ってギルドまで戻るか」
「首って生首ですか?」
「そのとおりだ、倒した証拠がないとギルド側がごねて依頼達成の金を出し渋る事があるからな」
と言うわけでちょちょいと手配書に書かれていた人相書きから盗賊頭の死体を見つけて、首と胴体を離れさせた。
「さて……リリー、これをお前のマジックボックスの中に入れてくれないか」
「ぶっ殺すぞアラン。そんな汚いものを私の倉庫に入れる気か」
ですよね。
「じゃあジーナ、弟子の責任だ、これを持って歩いてこい」
と、そう言って首だけになったおっさんの盗賊を押し付けると、ジーナがいきなり蹲った。
「すいません、いきなり気分が悪くなってきました。持っていきたいのはやまやまなんですが、師匠お願いします。ではお先に」
そう言ってジーナが凄まじい速さで走り出した。さすがエルフだ。風の使い手と言われるだけはある。あれは風を補助にして自身の素早さを上げる魔術を使ってのことだ。
「アラン、お前の弟子にしてはすこぶる優秀じゃないか良かったな、結果的に嫁は手に入らなかったが良い弟子は手に入ったじゃないか」
「実にたくましい弟子だ。けど俺はやっぱり奴隷商人のところで嫁の方を手に入れたかったよ」
地平線の向こうに消えていくジーナの背中を見ながらつくづく俺はそう思った。