第十七話 自信
文明の灯火がない森での生活とかやっぱクソですね。故郷にいるエルフの知人共は好き好んで森での野生生活を勤しんでいましたが全く気持ちがわかりませんわ。
紙製の箱に入れられた頑固親父の手製モンブランを食べながら、私はひしひしとそう思いました。
現在の私の格好はフードを目深に被って耳を隠したエルフってところです。パっと見で人間の女性としか見えない私は、こうして見事に街への潜入を果たして一週間ぶりとなる文化的生活をエンジョイしておりました。
はー、つくづく人間様の文化はええもんですわい。安全な住処に舗装された道路に美味しい食事処満載とエルフと人間はズッ友なのは間違いありません。このケーキを買うときだってちらりと胸の谷間見せてやったら店の親父が二つもサービスしてくれましたしね。
とりあえず残ったケーキはリリーさんのところにお土産として持ち帰る所存であります。
ところで師匠の方はどうしたのかと言うとどうもしてません、放ったらかしにしてます。
これは師匠のことを無視しているとかそういうわけではなくて、師匠は森の奥深くにいるので試練やっぱ辞めますと伝えるのが難しいからです。
しかもその森は師匠自ら作り上げだデストラップ満載の森タイプのダンジョンで瘴気すら出そうな気配漂ってるのがポイント、普通に考えて私にはどうしようもありません。
まあ師匠には私の人生における隠しボスとして森の奥に住み続ければ良い、と言う選択肢も私にはありますからこのまま完全な放置でも良いのですが、念のためにリリーさんには話を通しておくかと思った次第であります。
それはともかくとして街に活気がありません。街行く人間もまばらですし、顔も心なしか暗いように見えます。これはあれですかね、街のアイドルであるこのジーナちゃんがいなかったことが原因ですかな。
やれやれ、私一人いない程度でここまで元気がなくなるとは仕方のない人達です。ならば仕方ありません、街のアイドルジーナ様が一肌脱ぎますか。
流石にフードを脱ぐわけには行きませんが、そこは冒険者家業で鍛えたこの体。軽やかなステップと踊りで街の皆様を魅了することにします。
森にいる時もお前の前世はカンガルーだと村長のババアから言われたこともあるこの私。パンピーとは全く違う体のキレを見せつけましょう。
風の切る音が聞こえてきそうな動きと風魔法を組み合わせた動きで通りを駆け抜けると、周りから何だこいつという視線が刺さります。ぶっちゃけ、久しぶりの甘み補充でテンションが高まっているだけのこの状態。後で致死量に達する羞恥心が出てくるのはわかっていますが足が止められません。
ちなみに、足が止められない原因は調子に乗って使った風魔法のせいです。体の周りに風をまとわせれば格好いいじゃんとかやったせいで制御不能な恰好で私の体を錐揉み状態で回転させてます。
魔法が制御不能の格好となった私の視界に移る景色は大回転。先程食べたモンブランも相まってゲロの衝動が喉からこみ上げてきました。ここで吐くと横回転からのゲロ噴射という公害レベルの惨事が発生してしまいます。街のアイドルから一気に街の汚物の称号が与えられることになるのは間違いありません。
気合でゲロ欲求を我慢しながら地面に着地すると、なおも体を回転させようとする風の魔法に抗います。魔法のせいで首と胴体が別の方向に動き始める当たり、自分が掛けたのはこれなんかの攻撃魔法じゃねえのかと言う疑惑が湧いてきました。
「フンッッッッッ!!」
魔法の暴発で首がねじ切れて自死、と言うまさかの可能性に冷や汗を掻きながら乙女が発してはいけないたぐいの奇声を出して、なんとかこらえました。もう大丈夫、死の危険は遠ざかった。
と、落ち着いた私が顔を上げると全身鎧を着た兵士みたいな方が三人ほど目の前にいました。
どれもこれも真っ黒い鎧を着ていますが中でも目を引いたのが真ん中の御仁。兜に羽飾りなんか付けちゃって、更に両脇の兵士とは一線を画するガタイの持ち主であります。
おやおや、このいかつい野郎どもは誰だろうか、私の隠れファンかなと思っていると、ふと記憶の中に引っかかる物がありました。これに似た鎧を着た人達が私の記憶の中にありました。そう、それは町の外にいる騎士団の皆さん、鬼の焼死体でバーベキューやっちゃってるアイツラと全くほぼ同じ姿格好なのです。
「隊長、こいつエルフです」
「……そうだな」
おや、おや、私の頭にかかっていたフードがない。そうか、不思議な踊りと風魔法と錐揉み大回転とでフードがはだけたわけですか、なるほどそういうわけでしたか。
これはいけませんと急いでフードを被り直すと、はい元通りのどこからどう見ても人間の女の子のジーナちゃんの出来上がり……ということでなんとかなりませんかね。
期待を持ってちらりと目の前の騎士さん達を見ると、もう剣に手をかけているところでした。あかん、これ斬られるやつや。
今月二回目の命の危険におしっこチビリそうな精神のまま天に祈りを捧げていると、そこに見知った顔のお方が現れました。
「そのエルフは私の知り合いだが、なにか問題でもあるか」
「いえ、リリー様のお知り合いというのなら特に何も、では我々はこれで」
騎士達がそのまま私の横を通り過ぎていきます。そして私は気づきました、この場所、ここはリリーさんの住んでいる場所だと。そう、いつの間にか私は目的地までたどり着いていたみたいです。
一週間ぶりに目にしたリリーさんが家の玄関先で仁王立ちしながらこちらを見ていました。
「ささ、どうぞリリーさん、こちらが彼の有名な頑固親父のモンブランです」
と、そうして箱から取り出したるは形がぐしゃっとなったモンブラン。線状のクリームで彩られていたはずのそれが、芸術が爆発した形となって私達の目の前に現れました。私が街の皆様に見せつけたあの踊りの時にケーキの入った箱を振り回したせいでこうなってしまったのは間違いありません。
「有名と言われるのは正にこれが理由です。頑固親父の名の通り職人気質の親父が気に入らない形のケーキを箱の中に投げ入れて放擲するのが名物。たまに親父が満足できた洋菓子だけはそのままの形で食べられることからそれらは当たりと呼ばれます。残念ながら今回は外れを引いてしまったみたいです」
「……そんなおかしな洋菓子店がこの街にあったとは知らなかった」
私としても正直に理由を話したいのですが、街のみんなを元気づけるために風魔法を織り交ぜて踊っていたら魔法の暴発で自死寸前になりながら空を飛んでしまったせいでこうなりました、とはちょっと体裁的に言えません。
とりあえず私も自分の分のケーキを取り出すと一口食べます。形に関してはともかく味は大丈夫そうです。
幸いにもケーキの方は問題ないから良しとして、私は先程の騎士たちとのやりとりで気になっていることをリリーさんに聞いてみることにしました。
「ところであの騎士達はリリーさんに対して、なんというか非常に恭しかったのですが彼らとは一体どういう関係なんですか」
「あいつらは昔の部下みたいなもんだ。私はアランと組むまでは国の、まあお抱えの魔術師みたいなものだったからその関係でああして頭をこっちに下げてきてる」
なるほど、権力的な意味合いでってことですか。そう言えば私がエルフだとバレたのに騎士たちがすぐに引いてくれましたね、リリーさんは結構偉い立場の人だったのかも知れません……あれ? これはアラン師匠の所に行かずにリリーさんのところにずっといれば特に問題なかったのでは?
「ところでどうしたんだ。アランと一緒に騎士団が街からいなくなるまでキャンプ生活をしているはずじゃなかったのか」
そうでした、師匠が森の奥に住むモンスターとして野生転生したことを報告しにきたのでした。
そこから私は手短に説明を始めます。町の近郊の森が死の森に変わったこと、師匠が森の奥深くに鎮座しており連絡がつかないこと、それと私も師匠のことは放っておいて、ちょっとしたスローライフでそこそこに生きていこうとしている事をリリーさんに伝えました。
私から話を聞いたリリーさんが少し考えると、よしっと一言つぶやいてから考えをまとめたような顔に切り替わります。
「放っておこう」
「ええー」
これはちょっと意外でした。てっきりリリーさんの事ですからあのバカ〆て森を元通りにするとか言うと思っていました。
「良いんですか放っておいて」
「そうだな、まあ厄介者の騎士団が駐在してまともな商人が寄り付かないこの現状だと、街の人間からすれば食料の供給先である森が使えないのは確かに痛手だろうが、街の人間に対する罰と思えばそれも仕方ないな我慢してもらおう」
「罰ですか?」
はて? 街の人間達は罰を受けるようなことしましたっけ?
「そうだ罰だ。彼らは今回、アランに冤罪を掛けた上にそのアランが鬼を倒したという功績まで自警団のものにした。あいつは根のところでお人好しの部分があるからそんなことは気にしてないが……私は少し街の人間に対して怒っている」
あ、これ少しどころじゃないですね、かなり根に持ってますわ。多分リリーさん本人は自覚してないでしょうが、この人けっこう師匠に肩入れしている気がします。実際、全く肩入れしてない私としては師匠が理不尽な目にあっても特に気にしてませんし。
「だがそうなると、騎士団が鬼の奴らとの戦いを終わらせるのが早いか、街の人間が干上がるのが早いかの話になるが、私達だけなら最悪な状況でも何とかなるからジーナも心配はしなくてもいい」
「あ、はい」
その最悪の時ってのはつまり街の人間全部見捨てるってことですね。
人間さんとズッ友エルフとしましては流石に街の全部を見捨てるのは、ちょっとかわいそうかなと思うところでありますが、現実問題として今の私には何もできないのでこの問題は一旦保留とさせていただきます。
「しかしそうか、森の奥でか、森……森?」
リリーさんがまたしても何か考え始めました。独り言を少し呟いた後、リリーさんが部屋から一枚の用紙を持ってきてテーブルの上に広げます。それはこの町の近郊を描いた地図でありまして、この街の周囲が詳しく図形で書かれていました。
「ところでジーナ、その森というのはこっち側か? それともこっち側の森か」
「えーっと、確か川沿いにあったはずなのでこっち側ですね」
私の答えを聞いたリリーさんの眉間にシワが寄りました。ひと目で分かります、これは予想していた中でもひっどい何かが起きた時に人様へ見せるときの顔です。
「……この街は鬼族の国に近い街だ、だから鬼族との事件もよく起こるし、この前みたいなことも起きる。で、その鬼族との国境なんだがこの森の向こう側に鬼族の国がある。だからこの森が鬼族との国境みたいなもんなんだ」
なるほど、その森ですか、その森の位置に見覚えありますね。具体的に言うと師匠が死の森へと変貌させたあの森の位置です。
「だから鬼族がこの街に攻めてくるとしたらこの森から攻めてくるはずなんだが……今この森はアランが占領してる。さらに言えば騎士団もこの森が鬼族との戦いの要になると思っているから、ここを経路とするか戦場にしようとしているはずだ」
そうなんすか、師匠が占領しているあの森が戦いの要になるんですか、なるほど。
「森の奥深くにいるアランが騎士団や鬼族とはそうぶつからないと思うが……他にあいつはなにか言ってたか」
「他にですか……そういえば私一人で森に挑んでこい、私が仲間を連れてきたら見せしめとしてその仲間たちを殺すと言ってましたね」
「あいつから見て、鬼族や騎士団はお前の仲間として目に映るだろうか?」
少し考えます。まず普通の思考回路からすれば仲間だと思うわけがありません。騎士団は亜人に敵対的な感情を持っていますし、鬼族と私の接点は先の自警団襲撃で私が殺されかけたくらいしかありません。つまりどう考えても私の仲間とか考えるわけがありません。そう、絶対です。
それらの上で私は結論を出せました。
「師匠のことですから絶対に私の仲間だと思って両方に全力で喧嘩売りますね」
私は自信を込めてリリーさんにそう答えました。