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第十六話 死の森

 さて、騎士団が闊歩する危険な町中とはおさらばして、エレナさんと一緒に野宿生活を行うことになりました。しかし、エレナさんの近くにいるということは自動的に師匠と一緒にいると言うことでありまして、あれとはもともと距離を置こうとしていたのを失念しておりました。


 とは言っても、町中にいるよりかはこっちにいるほうがまだ安全なのは確か。脳細胞の出来はともかくとして、師匠は腕っぷしだけは確実な御仁ですから、こうして師匠の近くにいるというのも正解と言えます。


 というわけで昔の、誘拐されてからこっち一年近くぶりになる野生風味な生活が戻ってまいりました。まあ、生まれてこの方、森で生活していましたから私は問題ないのですが、エレナさんは、さてどうでしょうかね。


 現在もエレナさんは同じテントにいらっしゃいますが見る限りでは野生のやの字も知らないような方でございます。現在エレナさんと私は着替え中でありまして、野生児の私とは違いエレナさんと来たらシミ一つない綺麗な肌にサラサラヘアーな金髪をしていらっしゃる。不思議と漂ってくる体臭まで甘い香りがしています


 なんでしょうか、これが本物のエルフというものでありましょうか。自分がパチモンだとは思いませんが、お前は野生のエルフだよと言われているようなこの気持ち。

 私の現状と来たら、シミはともかく、最近はゴツゴツとマッチョに盛り上がってきた二の腕。髪はつっかえつっかえで手櫛で整えようと思ったら、ガッガッと手が髪に引っかかります。体臭に至っては焼き肉ですね、先程まで食べてたので間違いありません、焼肉の匂い漂うエルフってところです。


 考えうる限り女性として私がエリナさんに勝っている場所は一つもない現状。これが市民生活の真っ最中でしたら晩酌にアルコール度数二桁の酒を一気飲みしないとやっていられない心境になったでしょう、しかし――


「ジーナさん、どうしたんだ?」

「いえいえ、なんでもありません」


 そう、ここは人の営み溢れる文明社会ではない、私が慣れ親しんだ野生の世界です!!

 必要なものは力です、求められる能力は生存力です、泥水をすすり、腐肉を食べることが美徳であり美しい、それこそが私の生きてきた世界。


 なるほど、確かに女性として見れば私がエリナさんに勝ってる場所はないでしょう。どこが勝っていないかはもう十分考えましたし、精神の均衡的な意味合いで深く考えるのはやめておくことにして、つまりは私の得意なフィールドである野生生物の世界がやってきたのであります。


 ふふ、これはもう勝ってしまいましたね、やれやれ、エリナさんが弱音を吐くのはどれくらいでしょうか。二週間か一ヶ月か、まさか一週間ということはないでしょう。そのような脆弱な精神の持ち主のエルフなどいるわけがないでしょうが、少しばかしエリナさんには注視しておくべきでしょう。

 ふふふ、ここからがこのジーナ様の真のステージだ!!



 口が乾いている、目は焦点が合わず額から汗が流れてくるのが止まらない。文明に慣れ親しんだこの体が野生の世界ではなく人の営みを求めていた。


「大丈夫か……ジーナさん」


 大丈夫ではない、まったくもって平気ではない。

 あれから一週間、街から離れてこうしてテント生活を続けているが私の体は限界寸前だ。

 

 街の生活になれ親しんだ私の身に野生の世界は厳しかった。

 硬い寝床に毛布一枚だけの寝床。防壁もなく、野生の生物や魔物の鳴き声が響く周囲。温度調整のされていない冷水と言って良い湯浴み場。創意工夫の少ない食事達。


 慣れていたはずの野生生活が私の心と体を締め付ける。おかしい、自分は生まれてこの方ずーっと森で生活していたはずだ、いま例に挙げた物も、ごくありふれた物だったはずだ。


 その時、私の口の中に違和感を感じた。喉の渇きにも似たなにかが強烈に口の中に発生する。これはなんだ、何が起こっている……そう考えているとふいに言葉が出てきました。


「……スイーツが食べたい」


 そうスイーツ、無性にそれが食べたい。特にいま食べたいのは、ずばりモンブラン。

 エトナの街にあるこだわり頑固親父の作った一品。栗を練り込んだ糸状の生クリームをふわふわスポンジに乗せた至高の一つ。買う時にちょっと胸を寄せて谷間をちらりと見せればサービスとしておまけでもう一つ付けてくれる、そんなエロ頑固親父の作ったモンブランが食べたい。


「甘いものを……スイーツを……私に」


 そううごめいていると小皿が眼の前に出された。そこから漂うは甘い栗の匂い。まさかこれは!! そう思って出された小皿を見ると、そこには皮が剥かれた栗がそのまま、焼きたての栗だけがそのままで皿に乗っていました。


「なんだ、ジーナさんは甘いものが欲しかったのか、よければどうぞ」


 エリナさんが差し出してきたそれは、確かに栗です。見方を変えればモンブランと言えなくもありません。だがこれはモンブランにしては――直撃すぎる!!


 小皿に乗った栗を鷲掴みにすると口の中に放り込んで食べます。なるほど、確かにこれは甘い、甘いが私の求めるスイーツではない!!


 私は立ち上がると、ずんずんとがに股で歩き始めます。そして、私が求める物がある場所、つまりは街の方角を見ます。そこには門のところで衛兵の真似事をした騎士団が街の中へ入る人間を亜人かどうか監視する為に立っていました。

 おのれ、おのれ、あれでは街の中へと、人類の文化圏へと私が入り込めないではありませんか。


「なぜこんなことに、私の体はどうなってしまったのでしょうか……野生の生活ごときどうでもなかったはず、それなのになぜ」


 もうやだ、ゴツゴツした寝床に野生全開の食事もやだ、人の工夫が入ったものが欲しい、こんな生活耐えられない!! 禁断症状で手も震えてきやがった。


 そう考えているとふと後ろに誰かが立っている気配がしました。一体誰だ、と振り向くとそこには腕組みをした巨人、もとい師匠が仁王立ちで私を見下ろしています。


「俺にはわかっていたぞジーナ」

「何がでしょうか」

「お前の体がもう文明の毒に侵されている事がだ」


 文明の毒? 一体何ですかそれは。

 もしや知らず知らずのうちに私は野生生活ができなくなるような毒を注ぎ込まていたのですか、つまり今のこの状態はその毒の仕業。

 

 何ということでしょう、もしもそれが事実だとしたらその毒を一服盛ったやつには責任を取って私を人類圏で生活させて養う責任が発生するところです。誰ですかその毒を私に飲ませた野郎は、早く名乗り出てきて私の衣食住の全てを保護する責任がありますよ。


「師匠どうすればこの毒を解毒できるのですか、私はもう辛くてどうしようもありません」

「残念ながら解毒は不可能だ。その毒は一度全身に回ると生涯抜けきることはない」


 私は膝から崩れ落ちました。

 何ということでしょう、文明の毒、なんと恐ろしいものを飲まされてしまったのでしょうか。エリナさんも同じエルフですが私のようにはならず平然としてるのは、その毒を飲まされていないからですね。


 実際、エリナさんは平然と先程の栗をおやつにしてもぐもぐ食べながらこちらを見ていますが、私のような禁断症状は出ていません。


「ジーナ、これはよくあることなんだ。田舎から出稼ぎにやってきた農民の次男坊三男坊が冒険者として一定の稼ぎを得ると、よく掛かる病気のようなものだ、実際に俺もその病気にかかったやつをよく見てきた。故に、それを治すには街で生活するしかないと俺は断言できる」


 街、そう街には全てがある。愛しいあのスイーツもふかふかベッドも野生動物や小虫に悩まされない素敵な一軒家も何もかもがあの場所にある。ああしかし、その街に続く入り口には邪悪な騎士団が居座っている。


 アイツラがいなくなるまで何日掛かるのでしょうか、一日、二日、数週間、まさか数ヶ月……

 眼の前が真っ暗になりそうな私の肩をふいに師匠が掴みました。


「安心しろジーナ、俺に考えがある。あれを見てみろ」


 師匠が指さした方向には森がありました。何の変哲もないいつもどおりの森。文明以前のお猿さんかエルフくらいしか住所登録をしていなさそうな、そんな場所、それがどうしたと――いや、違う!!


 森というものには精気があります。木々から発するオーラ、もしくは物質、フィトンチッドとも呼ばれるそれは人を癒やし、穏やかにする。そう、森というのは命の休憩所であり、その営みなのです。

 そんな森林から、私は殺意を感じています、この森に入った生命体を必ず殺すという確実な殺意です。


 漏れ出る日光や木々のオーラが美しく魅了するはずのそれに私はドクロマークの幻想を見ました。人間の頭部の骨を象ったそれが森を覆い尽くし、私に死の幻想を見せるのです。


「師匠、一体なにをしたんですか、命を育む筈の森が殺意に満ちている……」

「この森全体をジーナ専用の死の訓練場へと改造させた」


 私専用のデスフィールドだと……この男、ここ数日姿を見せないと思っていたら、そんなくだらねえことやってたのか、頭悪いんじゃねえかな本当に。


「どんな改造をどうやったのか知りませんが、この森は私含めて街の住人も利用する場所ですよ、めっちゃ迷惑です」

「迷惑でも何でもいい。ジーナ、この訓練場でお前は強くなるんだ。そのために俺が冒険者時代に培った罠設置等の経験を生かして、ここを死の森へと作り変えた」

「私のために……ですか」


 私のためにこのデストラップ森林を作り上げたと。なるほど、これは私も盲点でした。私も少なくない人生経験を積んできたつもりでしたがまさか、殺意満載のフィールドをプレゼントされるとは思いませんでしたね。


 例えば遺産相続として親から土地を貰いましたーとかはあると思います。あとは店を継いだーとか工房を継いだーとかは経験した事のある人もいるでしょう。

 ですが、自分を殺すための土地を継いだーとかはまずありません。わーい、知人から致死率最高のデストラップ満載の土地を手に入れたぞーここで俺は死ぬんだーとか普通ありませんよね。そんなSSRクラスの希少な経験を私は身をもって今現在体験してるわけです。


「困惑してるようだなジーナ」

「いえ、むしろ逆に冷静になりましたよ。なんか文明の毒とやらも抜けちゃった気がします」

「よく聞けジーナ、これは俺の冒険者仲間だった男の話だ」


 あまり聞きたくないなあと思いながらも一応相づちだけは打っておいて話を聞いとくことにします。


「俺の昔の冒険者仲間だった男が、とある貴族の令嬢と恋仲になった。しかし、彼女の父親が二人の仲を認めず、強引な手段で二人を引き裂こうと配下の騎士たちを男に差し向けた。だが、それらを男が力で切り抜けると、そいつは貴族の邸宅に押し込んで令嬢と駆け落ちして二人で何処か遠くへと逃げたんだ。この話で俺が何を言いたいかわかるか?」


 唐突な師匠からの謎掛けですが、答えを言うにはちと情報が足りません。


「その二人は駆け落ちした後に結局どうなったんですか?」

「令嬢が男との庶民暮らしに耐えきれず実家に戻って、今では新しい夫とともに子宝にも恵まれて幸せに暮らしている。俺の仲間だった男の方はどうなったか知らん」


 なるほど、だとすれば答えは簡単です。

「愛を育むにはお金という肥料が大事だって言いたいわけですね。お金という肥料がなくなれば愛という花は枯れてしまうんです」


「それも間違ってないが、要は腕力さえあれば貴族の邸宅に押し入って女ひとり誘拐するくらいはできると言いたいわけだ。つまり、お前が文化的な生活を捨てたのは騎士団が守るあの街へと押し入る力がないのが原因だ」


 それは痛い所を突かれました。ぶっちゃけ、もしも私が師匠くらい強ければ今頃こんなところにいないで騎士団の奴ら皆殺しにしてスイーツ巡りの一つや二つはしています。


「だからこそ、お前が力を得るための場所を作り上げた。もしも、あの森に入ってその最奥に到達したのならば、お前は今とは比べ物にならない力を手に入るだろう。つまり、あの森は師匠である俺が弟子に向けた試練ってわけだ」


「つまりこう言いたいわけですか。文化的な生活を取り戻したければ、あの森に挑んで騎士団を超えるだけの力を手に入れろ、と」

「その通りだ」


 これは人生のターニングポイントとと言うやつではないでしょうか。このまま野に放たれて一匹のエルフとして生きていくか、それとも街に残って己の理想郷を手に入れるか、二つに一つそういう分岐点。


「ジーナ、お前は自分の居場所を守りたいが為に俺に弟子入りしたのだろう。今、その居場所はどうなっている、騎士団に奪われて、その場所から追い出されているじゃないか。そんな事が我慢ならないからこそ強くなりたかったんだろ!! 」


 その言葉に私は衝撃を受けました。そうです、なんで私がこんな魔物か人間かわからない生物に弟子入りしたのかと言えば正にそれが理由です。己の居場所は己で守る、そのために腕っぷししか取り柄のないこんなクソ野郎の弟子になったのでした。

 初心忘れるべからず、いつの間にか私は、その初心を忘れていたようです。


「師匠……私」

「ここからは行動で示せジーナ。俺は森の最奥で待っているから強くなるためにお前一人でやってこい。だがもし、お前が仲間を連れて少しでも楽をして、この森を攻略しようとしたのなら――お前ではなく、俺はその仲間達をお前への罰として見せしめに殺すだろう」


 師匠が本気でした。いつもチャランポランでアホな師匠が本気の目をしています。どうやら師匠も、ここが私の分岐点だとわかっているようです。私が本物になれるかどうかの分岐点……


 そのまま師匠が背を向けて無言で森の中へと入っていきます。次に会う時は、この試練に私が打ち勝った時、師匠の背中がそう語りかけてきます。


 私は少しの間、立ちすくんでいました。覚悟が決まらないからです。命の危険があるのは承知、故に師匠が本気で作りあげたこのデスフィールドに挑む勇気、それを奮い立たせなければならないのですが、その覚悟が湧いてこないのです。


「えーっとジーナさんは街に入りたいのか?」


 と、その時、今まで黙っていたエリナさんが話しかけてきました。もうおやつの栗は食べきったのか空の小皿を持っているだけです。


「まあそういうことです。しばらく街から離れていたので、少々懐かしくなってきたなと思いまして」

「そうか、じゃあちょっと待っててくれ」


 エリナさんがテントに戻るとゴソゴソと何かを探しているようです。そして、少しばかし時間が経過すると、探し物を終えたエリナさんがフード付きのコートを持って戻ってきました。


「あったあったこれだ。騎士団の人間は鬼族以外の亜人にはあまり興味が無いからか、体がデカかったり額に角さえ生えてなければあまり気にしないらしいんだ。だから私みたいなエルフだったらフードを頭からかぶれば、ほら人間と見た目が変わらないだろ。これでジーナさんも街に入れるぞ、私も騎士団が来てからも何回か街に入ってるし」


 そう言うとエリナさんが、ぶかぶかのコートを羽織ってフードを被ります。そうするとエルフの特徴である長い耳が隠れて、ただのかわいい人間の女の子がそこにいるように見えました。


「ほら、ジーナさんもエルフだからこうすればいいんだ」


 と、そう言われて先程のコートを手渡されました。そのコートを着るとフードを頭からパサッと被ります。


「……人間の女の子に見えますか?」

「うん、見える。まあ騎士団の人間もわかってるかも知れないが、とにかく鬼族じゃなければそうは気にしてないみたいだ」


 そうっすか、えーっと街に入るためには師匠が常駐している死の森を攻略するか、コートを着てフードを頭から被って耳を隠すかのどちらかですか。フードをパサっと被るか、強くなるか、パサッと、こうパサッと被るのか、どちらかと。

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