第十五話 騎士団到着
さて、奇妙な共同生活を続けてはや10日。エリナとの生活にも慣れ始めていた。
リリーからは騎士団が街からいなくなったら家に戻ってきて良いと言われているので、まだしばらくはこの生活が続きそうだ。
で、当の騎士団なんだがまだ街には来ていない。俺の知っている騎士団の奴らなら一週間どころかもっと早く駆けつけてきても良いのだが遅れているみたいだ。まあ、そのお陰か街から亜人たちが逃げ出す時間にはなっているようで、こうしている内にもこのエトナの街から続々と亜人たちが逃げ出していた。
もう残っている亜人はエリナとジーナぐらいではなかろうか。
「しかし騎士団の奴らは遅えな……あっちが来ないならこっちから騎士団の奴らを叩き潰しに行くか?」
リリーからは騎士団が街からいなくなれば家に戻って良いと言われた。つまりそれは、騎士団そのものが地上からいなくなれば家に戻っても良いとも受け取れる。
だとすれば騎士団が街から去るのを待つ必要はない、先制攻撃で殲滅すれば相手は物理的にこの世から消え去るのだ。
そうと決まれば話は早い。街へと続く街道あたりを騎士団が行軍しているのなら奇襲でもしかけてみるか。そんな事を考えていると夕飯の食材を採りに行ってきたエリナが戻ってきた。
「今日の夕飯を採ってきたぞー」
エリナが猪を引きずりながら戻ってきた。仕留めた猪は見る限りなかなかの大物で体長だけでも二メートル近くはありそうだ。俺は用意していた捌くための各種の道具を手に持つと、エリナが持ってきた猪の解体作業を始める。
今日の昼飯は猪の肉だなと考えながら猪の頭を真っ二つにしているとふと思う。これはもしかしてバーベキューという奴ではないだろうか。
バーベキュー。親しい人間同士で青空の下、持ってきた食材を焼いて食べるレジャーな楽しみだ。主に若い人間の間で流行しており、家族や恋人などで楽しむ。家族や、恋人。
ちらりとエリナの方を見る。彼女はエルフと言うだけあってなかなかの美女だ。ジーナとはタイプの違うエルフであるが女性としてみれば文句なし。しかも昨今の町中にいるような男に守ってもらうみたいなタイプではない、ナイフ一本もてばどんな自然環境でも生きていけるだろう力強さを持つ、希少なタイプの女性だ。
「しかし、こうしているが騎士団はなかなか来ないな。もしこのまま騎士団が来ないのなら一度街に戻ってもいいかも知れないな」
そのエリナの言葉で俺は我に返った。そうだ、この生活は騎士団襲来という前提で成り立っていたのだ。思い返せば今までの人生で女性と二人きりでこんな生活をしていたことがあるだろうか、いやない。
冒険者時代はパーティーを組むにしてももっと人数の多い集団だった。リリーとの生活は男性や女性とか以前に一人の戦士と魔術師としての意味合いが大きい。ジーナもまあ違うな、ジーナは森の珍獣みたいなもので、それが街に現れて仲間になったようなもんだ。
つまり、この楽しい生活は俺の人生で初めてのものだ、ユートピアだ、理想郷だ、だがしかし、それは騎士団が街にやってくるという前提の上で成り立っているものである。
騎士団を抹殺するのは止めておこう。彼らにはなんとしても街へ滞在してもらわねばならん。
さて、そうと決まれば解体作業の続きだ。
「エリナー、どこ食べたいー」
「私は後ろ足の部位が好みだ」
じゃあお姫様のリクエストとして猪の後ろ足を捌いて取り分けておくか、河川敷にいるから捌いた時に流れ出てくる血に関しては川に流せばいいしな。
そうか、バーベキューは川の近くでやるというのはこういう理由があるのか、確かに獲物を捌く時に血が出てくるのでは後始末も大変だ、よく考えられている。
だがそこでちょっと問題が起きた。流石に二人で食べるにしては肉の量が多すぎるのだ。流石にこれだけ大きい猪では俺も食べきれるものではない。なんと言っても二メートル近くある獲物である。ぶっちゃけ十人単位でも食べきれるかわからない。
「どうするエリナ、流石にこれだけの肉は俺も食べきれんぞ」
「それなら、燻製にして保存しておいたらどうだろう」
焼いて食べるだけではなくて保存もするのか。バーベキューというものが俺にもどういうものかわかり始めてきた気がする。だとすれば俺が対獣用として仕掛けておいた軽めの罠では、ちとバーベキューとしては戦意が足りないかもしれん。
「ただ燻製の仕方と言ってもどうすればいいかわからない。誰かやり方を知っている人がいればいいのだけど……」
言われてみれば俺も詳しいやり方はわからん。例えば、狩猟民族の中で生まれ育って日常生活から獲物を仕留めているような人間なら知ってるかもしれんが……あ、いたわ。
「ちょっと五分ほど待ってろ、知ってそうな奴を連れてくる」
そういうと俺は、ジーナを連れてくるべく街の中へと全力で駆け抜けていった。
「いいですか師匠、人は亜音速の風圧に耐えきれません」
かぶりつくように肉を食べながらジーナがそんなことを言い始めた。
「確かに猪の肉を私も食べたいと言いましたが、私をここまで連れてくる師匠の移動手段に問題がありすぎなんですよ、私を抱えて人外の速度で走らないでください」
用意してあった塩コショウを皿に乗った肉にふりかけると、更なる速度でジーナが食べ始めた。顎で高速咀嚼をして、残像ができるほどの速度を発揮している。
「とっさに魔法の壁で私に掛かる風圧を軽減しましたが、それでもきっついものがありました」
エリナもジーナの健啖ぶりに驚きで食事の手が止まっていた。
「師匠に抱えられてですね、こう頭に掛かる風圧で首がグゴゴゴっと、こうめり込む感じでですね、あ、これ首の骨が風圧で縮むとか思いながらですね、わかりますか師匠」
次の肉へとジーナは手を移していた。フォークが突き刺している肉に噛み付くと引きちぎるように食べ始める。
「……ジーナさんはエルフなのに凄い食べるんだな」
「お肉は別腹なんですよエリナさん。私の住んでいた場所ではエルフは肉の精霊と呼ばれてましたからね」
三段腹の精霊の間違いではなかろうかと俺は思うが、確かにこんだけ肉を食べているはずのジーナは見事な体のスタイルを維持している。本当に肉だけ別腹という異次元に消えている可能性はある。
「それで肉の保存でしたっけ任せてください。一年でも二年でも十年先でも食べられるような燻製を作ってやりますよ」
俺のところに弟子に来て以降、見たことがないほどジーナにはやる気が漲っていた。こいつの天職は冒険者じゃなくて狩猟関係の仕事だと思うが、まあ冒険者も狩猟関係と言ってもいいか。
たまに人間も狩猟の対象に入るが誤差みたいなものだし。
「ところで、他にも肉を焼いている人がいるみたいですね、どこかでバーベキューでもしているのでしょうか。ほら、肉の焼いた良い匂いがしてきますよね」
言われて気がついた。確かにどこからか肉の焼けた臭がしてくる、だがこの臭いは
「そうか? 私にはわからないが」
「いえいえエリナさん、確かに匂いがしてきますよ。距離はここから800メートルほどで肉の脂質は赤みが多いですね、筋肉質な肉のようです」
街に続く街道の先からジーナの言う様に確かに肉の焼けた匂いがしてきている。それにしてもこの距離でそこまでわかるとは、ジーナの潜在能力は俺が思っているより遥かに高いのかも知れない。
「そのとおりだジーナ、よくわかったな。俺も視界に捉えた。確かに騎士団の奴らが向こうから来ている」
「騎士団がバーベキューを楽しんでいるんですか? 話に聞いていたよりも遥かに愉快な人達じゃないですか。師匠もリリーさんもちょっと私を脅かしすぎですよ」
俺達のいる川沿いは少し丘陵になっていて、ここからは街道から歩いてくる騎士団を斜め上から見える形になっている。まだ口の中で肉を頬張っているジーナと一緒に街道を眺めていると騎士団の全容が見えてきた。
先頭にいるのは槍を立てたフルプレートの騎士達だ。それらが前列を作って整地されている街道を支配するかのように道幅いっぱいで歩いている。他に街道を歩いていた商隊や冒険者たちが慌てて街道から逸れると騎士団に道を譲っていく。
「騎士団の奴らくっそ迷惑ですね師匠。あれはいつものことなので?」
「ああ、たまに反抗心のある冒険者達が道を塞いだりするが、大抵はそのまま騎士団に轢き殺されるな。それを知ってる奴らはああして道を開けるんだ」
騎士団は道の幅に合わせて行軍時の前列の数を変える。要は周囲に対する示威行為だが迷惑極まりない。ちなみに昔、俺の所属していた冒険者PTが騎士団への嫌がらせとして行軍していた騎士団とぶつかった時もあるが、あの時はなかなか大変な思いをしたものだ。
隊の中盤からは歩兵だけではなく士官が乗る馬車や補給用の馬車が見えてくる。だがそれだけではない、中型の竜種であるレッサードラゴンやグリフォンなどに乗った騎馬兵達も見えてきた。あれこそが平地における騎士団の主力であり切り札とも言える存在達だ。
特にグリフォンに乗った騎士たちは地上だけではなく空中にも何十騎もの数で飛んでいた。地上だけではなく空からも攻撃できるのだ。
ジーナが上を向いて空を見ていた。
「街に来るっていうからせいぜい少数の規模かなと思ったらやたらめったら本格的じゃありませんか師匠。あの半分もいたらこんな街を征服するのに十分だと思うんですが」
「そういえばジーナは知らなかったな。あいつらはこの街だけを征服しに来たんじゃない、この地域を中心にして亜人達に喧嘩をふっかけに来たんだ。今回であれば鬼族全般をこの領地から排除する気だ。見ろあれを」
俺が指し示した先、そこには槍に貫かれて焼かれた死体がいくつもあった。その死体には例外なく角が生えており老若男女の区別がつかないほどに丸焦げにされていた。
「鬼のバーベキューだ」
「と言うことは師匠もしかしてこの匂いって、もしかしてあの死体から?」
「その通りだ」
俺の言葉を聞いてエリナの方は食事の手を止めた。顔を少し青くして騎士団に殺された鬼たちを見ている。ちなみにジーナの方は顔を青くしながら食事の手を全く止めてなかった。顔だけ青いが食欲には特に影響ないみたいだ。
エリナの方は納得行かない顔をしていた。
「確かに鬼族が自警団を襲撃したが、だからと言ってここまでやることはないのに。なるほどこれが噂に聞く王都の騎士団達か」
騎士団が街の近くまで行軍を続けると、野営の為の駐屯地を設営し始めた。鬼族の死体が刺さっている槍を駐屯地の近くに刺しておくとここが俺達のナワバリだぞと言う無言の主張を終える。
その効果は絶大であり、騎士団を見に集まっていた街の人間達が一斉に引いた顔をしていた。恐らくではあるが今後、誰一人として駐屯地に近づかないどころ騎士団には逆らおうともしないだろう。無論、俺やリリーは例外だがな。
さてそれはともかく、騎士団が街にやってきたということは、ここからが本番である。そう、ジーナの対騎士団修行の時間だ。
「よしジーナ、ここからは街中でのサバイバルの訓練だ。目的としては騎士団が街にいる間、生き延びること。俺の予想だとあいつらは亜人をみつけたら絶対容赦しないキチガイタイプの奴らだ。騎士団の中でも狂気を煮詰めたようなクソヤロウ共だろうから訓練相手としては申し分ない。できるなジーナ?」
「すいません、しばらくここで生活させてもらえないでしょうかエリナさん」
「ジーナさんさえ良ければ私は構わない。流石に、あんなのがいる間は街にいるべきじゃあないと思う」
ジーナの悪い癖が出てしまったようだ。ここぞという時にヘタれてしまった。
こんなビッグチャンスはまたとない機会なのに。
「ジーナ、お前は何が不満なんだ? お前にとってこれ以上の環境があると思うのか?」
「いま私はエリナさんとお話しているんですよ。育ってきた環境がハイオークの人はちょっと黙っててくれませんかね」
そう言うとジーナが俺を無視してエリナとこれからのことについて話を始める。
どうにもまたジーナがへそを曲げてしまったらしい。ジーナは精神力よし、才能よし、ただ問題が一つ、この修業嫌いの癖だ。俺が提案する修行のことごとくを否定しないといけない性分、宝の持ち腐れも良いところである。
ジーナの才能であれば、適切なトレーニングと修羅場を与え続ければおそらくは俺やリリーにも匹敵する力を持てるのは間違いない。であるならば師匠としては心を鬼にしてジーナの才能を開花させることに全力を注ぐべきだ。
どうやってジーナと騎士団を戦わせるか、俺は気を引き締めてその為の策を練る事にした。