第十四話 傍観者
さて、ジーナも帰ったことだし俺はどうするべきか。
日も沈み、一人ここに休んでいるとこれからについて思考を重ねる。
リリーの様子だと機嫌が治るのに一ヶ月はかかるだろう。その間、ずっとここに住むというわけにも行かない。できれば早急にちゃんと住める所を確保するべきだ。
とりあえず脳内で今後住めそうな場所に当たりをつけ始める事にした。
まずギルドに宿を紹介してもらって長期契約で住む。これはだめだ、まずギルドの奴らが紹介した宿は当たり外れが大きすぎる。
前に紹介してもらった無人の宿なんかは死霊であるスペクターが群れで住み着いていた場所で、眠るどころか徹夜で退治するはめになった。しかもその際の戦いで宿が崩壊して弁償させられたというおまけ付きだ。
現状、リリーがへそ曲げてるこんなときに大きな騒ぎでも起こしたら更にリリーを怒らせてしまう。
ではどこかで普通に宿を取るか。これもおすすめできない。
ギルドの紹介状を持っていない冒険者が泊まれるような宿は、従業員や泊まっている客含めて全く信用ができない。荷物の置き引きは当たり前、食べ物だって何入れられてるかわかりゃしねえ。少なくとも、こうして外でサバイバル生活していたほうがまだマシだ。
困ったなあと唸っていると、ふと気配に気がついた。最初はジーナが戻ってきたのかと思ったがそうではなかった、そこにいたのは自警団の隊長のエリナであった。
彼女も俺と同じようなテントを持ってきており、テキパキとテントを建てていた。
「……何を見ている」
「いや、なんでもない」
地味に手慣れているなあと思いながらそれを見る。
「そういえばお前が冒険者を殺したわけじゃなかったらしいな早とちりして済まなかった」
「お、おう」
そのまま無言で時間がすぎる。エリナはジーナと同じエルフであるが、ジーナとは少し感じが違う。ジーナの方がとっつきやすい感じがする。
テントを張り終えたエリナがそのまま自分のテントの中に入ると、更に静寂の時間が過ぎていく。このエルフはなぜこんなところにいるのだろうか。
そんな事を思っているとテントの中にいるエリナの方からこちらに話しかけてきた。
「話は変わるが、ジーナさんが連れてきたあの魔術師の女性に私が感謝していると礼を言っといてくれ、あの女性がいなかったら私は死んでいた」
あの魔術師の女性? ああリリーの事か。リリーが自警団の人間達を魔法で治したんだっけか。ジーナが慌ててリリーを連れてきてたが、どうにも良い判断だったみたいだ。
「わかった、今度リリーに会ったら言っておこう。ところで、なんで自警団の隊長がこんなところで野宿の準備をしているんだ?」
「……王都の騎士団が来ると聞いたから、亜人である私はしばらく街から離れていることに決めたんだ。それにちょっと自警団の内部で揉めてしまったし」
言われてみればエリナもエルフだったな。騎士団に目を付けられることになるのはジーナとは変わらんか。
「それと今回の鬼を倒したのは自警団の功績とするらしい、町長直々の命令だからどうしようもない……私が自警団で揉めたのもそれだ。鬼を倒したのはお前だと言うのに、手柄を横取りするようなことになってすまん」
冒険者に鬼を倒されたら自警団の面子がどうとかリリーも言ってたな。
別に俺としてはそんな事は気にしないが、まあエリナとしては手柄を横取りするような真似は道理が通らなかったんだろう。
待てよ、もしかして俺のところに来たのも今の話を伝えたいからなのか? 自警団の隊長なら住む場所くらいの伝手もあるだろうし。いや、それは考えすぎか。
「……Zzz」
ふとエリナのテントから寝息が聞こえて来ることに気がついた。いくら魔法で治したと言っても彼女は病み上がりには違いない、疲れでも溜まっていたのだろうか。にしても寝付きが早すぎねえかこいつ。
まあ、新しくできた隣人に習って俺も今日のところは休んでおくことにするか。寝床については、まあしばらくここで良しとしておこう。
師匠のところから家に戻ってきた私は、師匠の話が本当なのかリリーさんに訪ねていました。
師匠の言うことを信じてないわけではないのですが頭から信じるほど私も馬鹿ではありません。
あれの言うことはつまり、あいつの経験から話しているところであり外付け良心であるところのリリーさんと言うフィルターを通さねばならないと思ったからです。
この数ヶ月、弟子としてあいつの近くにいたことで、嫌ってほどあの野郎にはその事を教えられました。
というわけで、私は正座の格好をしてリリーさんの前に座ってます。尊敬するところの先生であるリリーさんに対しての礼儀というものです。
「この国の騎士団、つまり王都の騎士団は熱烈な亜人排他主義者たちが集まっている」
ふむふむ、それは私にとっては迷惑な話ですね。
「彼らの言い分だと地竜の庇護下にある自分達以外の全ての人種は敵で、さらに言えば地竜以外の竜とその庇護下にある生物は全部が人以下の生物、ということになっている。まあ実際は純人種が一番基礎能力が低くて、亜人のほうが優れているわけだが」
純粋な人間は能力が一番低いんですか。いや、それはどう考えてもおかしい、なぜならアラン師匠の生命力はぶっちぎりで世界一だと思っているからです。
「純人種の能力が低いというのならアラン師匠って純粋な人間じゃないんですか?」
「あれについては信じられないことに純粋な人間だった。私もなにかの間違いだと思ったが何度調べても奴は人間そのものだ。故に、あれは例外中の例外として考えるべきだ」
とりあえず頭の中で師匠をその他のカテゴリーに入れておきました。このカテゴリーにいるのは宇宙だとか太陽だとか風竜様だとかそういう理解できない存在のカテゴリーです。風竜様と師匠が同じカテゴリーにいることに若干抵抗がありますが、まあ似たような生命力でしょうからこれでいいと思います。
「ただし、アランが言うほど騎士団は横暴でもない。確かに亜人全てを懲罰の対象にする奴らもいることはいるが、そこまで頭イっちゃってるのは一握りの人間達だけだ。普通であれば街中で騒動を起こした同じ種族の亜人達だけを懲罰の対象にする程度で、今回であれば鬼族以外であれば気にしないでいいはずだ」
「なんだそうですか、全くアラン師匠も脅かしすぎですよ。それなら心配することはなにもないんですね」
「いや、一部とは言え確かにやばい奴らがいるのも事実だ。それに私の情報は数年前の話で、今の騎士団がどうなっているのかは私も詳しくわからない」
「じゃあ警戒だけはしておいた方が良いですかね」
「そうだな、だがあいつらもただのエルフだというのなら、そうそう目も付けないはずだ。なにか特別気を引くような馬鹿なことさえしなければ」
それなら大丈夫そうですね。このジーナ、強きに弱く弱きに強くを信条に生きています。街中で騎士団の奴らを見つけたら世界レベルの隠キャばりに気配を消して逃げ切ってみせますよ。
「私から彼らに喧嘩を売るようなことはしません。むしろ喧嘩を売られても喧嘩に発展させない自信がありますね」
「そこはジーナのコミュ力に期待するとして、それでも騎士団と喧嘩になって逃げられない場合は迷わず騎士団の奴らを殺せ。話せば分かるだとか手加減だとかそんなことは一切考えるな」
「リリーさんにしては珍しく過激な意見ですね。アラン師匠ならわかりますが」
「……騎士団というのはそれくらい亜人に対しては容赦がないんだ。たとえ騎士団からの言いがかりであったとしても亜人と喧嘩になれば奴らは必ず容赦はしない。どうせ話し合いをしても無駄だからその場を切り抜けることに全力を注ぐんだ」
うーむ、リリーさんがここまで言うとなると本当にやばそうですね。
「わかりました、肝に銘じておきます。ところでふと思ったのですが、騎士団と揉め事を起こすなとアラン師匠に言っておいたほうが良いのでは」
「ああ、それについては無駄だ、いくら言っても奴が止まることはない」
さすがリリーさん、師匠の相棒を数年間続けているだけはある諦めの良さです。
「一応、この家からは遠ざけて街の郊外にアランがいるからジーナや私には直接迷惑がかからないだろう。あいつと騎士団の揉め事が起きたら迷わず無視しろ、どうせ無視してもあいつならなんとでもできる」
「わかりましたー」
師匠がなにかしでかしても関係ない振りをしときます、傍観者としての立ち位置を忘れないようにしておきましょう。