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第十二話 アラン

「こいつが真犯人だああああああ」


 師匠が鬼の生首を見せつけるように前へ出してきました。

 先ほどから体中に感じる怖気の正体がわかりました、鬼の方じゃなくて師匠の方からこれを感じてますわ。


「この鬼が冒険者達を殺害した犯人だ、こいつに襲われていた冒険者ギルドの奴らも証言してくれるぞ。どうだ俺がやったんじゃないってわかったか、わかったなら今すぐ俺の手配書を撤回しろ、そうしたら今回のことは水に流してやらなくもない」


 師匠凄いです。

 なにが凄いって今この場面は自警団の人間が絶賛気絶か大怪我で倒れているし、変な一つ目の鬼は棍棒持ってなんか呆然としています。つまり私以外誰も師匠の話なんて聴いちゃいないんですよ。


 それなのに一方的に自警団の皆様に向けて言葉をまくしたてている師匠はなんなんでしょうか、師匠の目には自分のお言葉を聴いてくれる師匠にしか見えない聴衆でもこの場所にいるのでしょうか。幻覚まで見えるようになったとか、師匠はまた一つ、人としてのレベルを上げてしまったようですね。


「師匠、師匠」

「ジーナじゃないか何やってんだ」

「生首持って街中をここまで歩いてきた生涯不審人物の師匠に何やってんだとか言われたくありません。それはともかくこの状況見てください、自警団の皆さまが師匠の話を聞ける状況だと思いますか?」


 私に言われた師匠があたりを見回します。そして、一つ頷いてからこいつは言いました。

「余裕で聞ける」


 え、本当にと思いながらもう一度私もよく周りを見回します。

 机などの調度品は辺り一面に散乱。自警団の方々もうごめいているかうめき声を上げているだけであり、エリナさんなんてかなりの重症で命の危機にも見えます。


「師匠、目を開けながら夢でも見ているんですか? ここにいる人達はどう見ても瀕死なんですけど」

「いいかジーナ。冒険者なんてのは魔物との戦いで怪我するなんて当たり前なんだよ。魔物に殴られようが手が折れようが足がもげようが内蔵はみ出ようが常に状況確認して立ち回るのは当然。ちょっと死にかけている程度で他人の話を聞けなくなるなんて、そんな馬鹿な話があるか」


 えー……いやでも確かに言われてみればそうかも知れません。命のやり取りの最中で怪我するのなんて当たり前。それこそ死に繋がる怪我だって負うことだってあります。それなのに、怪我したからと言って状況確認が出来ないというのはただの言い訳と言われても仕方ないのかもしれませんね。


「俺だってこういう厳しい意見が周りに理解されづらいことはわかる。昔の仲間達に同じ事を言ったら、それができるのはてめえだけだ死にかけの時くらい休ませろや、そもそもお前は死にかけてない五体満足で健康な時でも周りの意見聞かずに突っ走るだろ、とか心のない悪口だって言われたからな」


 あーこれ違いますわ、師匠がおかしいだけだわ。師匠の昔のお仲間さんの気持ちがよくわかります。


「だからジーナ、この程度の怪我で前後不覚になることなど戦いを生業とする人間にあってはならないことなんだ、わかったか!!」


 全く一つもわかりませんが、面倒臭そうなので神妙な顔で頷いておきました。

 私が師匠から教わった最大のことは頭のおかしな人間とは言葉のキャッチボールは出来ないということです。


「お前、それ、なんで俺の弟の頭を持っているんだ……」


 そういえばまだ鬼が残っていましたね。この鬼の変態度が師匠にはるか遠く及ばないので存在を忘れてました。


「なんでって、この鬼がギルドを襲っていたところにちょうど鉢合わせたから〆ただけだが。話も聞いたら冒険者殺しの件で俺に濡れ衣着せやがったみたいだから見逃す理由もない。そういえばこれ自警団のどこに置けばいいんだ? まあそこいらに置いとけばいいか」


 そう言って師匠が持っていた鬼の生首を床に投げました床に落ちた生首がゴロンゴロンと転がると、壁にドンっとあたって止まります。


「きさ、マアアア!!」


 鬼さんが完全にブチ切れました。毛を逆立てて一つ目を目一杯広げて、全身の筋肉も完全に盛り上がって、かなり凄いことになってます。


「ところでジーナ、あいつと戦ってたのか?」

「戦っていたといえば戦ってはいましたが」


 私の言葉を聞いた師匠がなんか嬉しそうな表情になりました。ヒッジョーーーに気持ち悪い顔です。笑顔一つでここまで他人を不快にさせる辺り、やはりこいつは格が違います。


「んーでも、ちょっとお前の手には余りすぎるな、少し調整してやる」


 そう言って、師匠が鬼のところまでゆっくり歩き始めます。そして、何事もなく鬼の間合いに師匠がはいり込みました。先ほどから殺意をみなぎらせているその鬼の攻撃の間合いにです。

 その師匠めがけてブチ切れている鬼さんが手に持った棍棒を叩きつけようと先に動きますが、次の瞬間、鬼の体が天井に叩きつけられました。


 見れば師匠が右足を大きく振り上げてます。いつの間にか師匠が鬼を蹴り上げていたみたいです。

 そのまま天井から鬼が落ちてきて床に倒れました。師匠はそれを見て一つ頷くと私に振り向きます。


「自分より強い敵に立ち向かいたい気持ちはわかるが流石にちょっと無理がすぎるぞ。適当に怪我させて弱らせておいたから後はお前が戦うんだ」

「いや師匠、別に私は強敵と戦いたいとかいう謎思考でこいつに立ち向かったわけじゃないんですが」

「ジーナもやっと俺の考えが正しいってわかったんだよな、俺も嬉しいぞ」


 えーっとうーーん、あーそっか、そういうふうに師匠は状況受け取っちゃったのか。どうしましょう、なんて説明しましょう。その鬼の生ゴミはもう捨てなさいとかでも言いましょうか。とりあえずツッコミ役であるリリーさんがいないから本当どうしようもありません。


 と、そこで倒れていた鬼が気力を振り絞って立ち上がると師匠めがけて手に持っている棍棒で攻撃を仕掛けました。建物の壁すら一撃で砕く鬼の膂力に任せた全力の攻撃です。私と話していたせいで、倒れていた鬼に背中を向けていた師匠にとっては完全な死角からの攻撃、のはずなのに、師匠はそれを難なく左手でパシっと受け止めました。


 そこで鬼の顔に初めて恐怖の色が浮かびます。背丈では師匠より上の鬼のはずなのに、なぜか私の目には師匠より遥かに小さな存在に見えました。


「お前は、一体、なんなんだ!!」


 鬼のその言葉は私も言いたかったことです。よく見れば気絶から回復した自警団の方々も何人かが立ち上がっていて師匠を見ていました。どうにも彼らも私と同じ気持ちらしいです。こいつ本当になんなんだろう。


「ちょっと加減間違えたな、これでもまだジーナにはきつすぎる」


 ボキっという音共に鬼の右手が折れました。師匠がなにかしたみたいですが、何したのかよくわかりません。ただ気づいたら鬼の肘が完全に外側へと向いていました。右手を抑え込んだ鬼が地面を転げ回っている所を見るとかなりの激痛みたいです。


「ジーナ、ここからがお前の試練だわかってるな?」

「いや全然わからないんで、もうそいつにトドメさしてくださいよ流石にちょっと引きます」


 鬼が右肘を抑えながら恨みの怒気のこもった目でこちらを見ていますが、もう誰の目にもわかります。師匠がその気になればいつでもこの鬼を殺せるということは。


「でも程よく弱い鬼で実戦経験を詰めるなんて滅多にないからなあ。弟子を強くするためにもこいつにはもう少し生き残って欲しいと思ってる」


 鬼がピクリと反応しました。


「……俺が弱いだと?」

「弱いだろ、俺の知り合いにも鬼族が数人いるがお前みたいに弱い鬼は初めて見た。初心者の冒険者が戦う相手として、こんなにちょうどいい訓練相手は無いと思えるほどに弱いな」


 ブチっと何かが切れる音がしました。言わなくてもわかるように、あの鬼の堪忍袋の尾と言うか血管というか、そう言うのが切れちまったみたいです。ちょっと念のために師匠から距離取ります。巻き込まれたら叶いませんからね。


「俺が、弱い? 人間程度が俺を?」

「おう、間違いなく俺の見てきた鬼族の奴らの中でもぶっちぎりで最弱だ。そんなんで今までよく生きてこれたな、あの生首になって転がっているお前の弟の影にでも隠れてたのか?」


 ギギギギっと言う音が聞こえてきました。ギリギリ、ギリギリという音、あの鬼の歯軋りの音がここまで聞こえてきます。次にバキっと言う音とともに鬼が持っていた棍棒が手元から握りつぶされてました。最後にミチミチと言う音と共に鬼の額からもう一本角が生えじめています。


 殺気というものが熱を持って私達に襲いかかってきました。二本角となったその鬼が放つ殺気が熱風となってこの広間に充満しているのです。


「こいつ、このタイミングで角が一本生えやがった」

「師匠、なんかあの鬼が凄い強くなった気がするんですけど、角が増えるとなにかあるんですか?」

「鬼族ってのは角が生えると強くなるんだ。単純に角が新しく生えると、生える前に比べて倍は強くなる。他にも角が生える前に負っていた怪我も治癒されたりもな」


 鬼側も完全に戦闘態勢に入っていました。折れた右腕も回復して完全体です。隙なんてものは一切見当たりません。


 治った右腕を鬼がブンブンと振り回して感触を確かめます。掌を閉じたり開いたりといくらか他の動作も交えて確認すると問題がないのか、口元を釣り上げてからこちらを見てきました。

「ありがとうよ、お前のおかげで強くなれた。お礼に一撃で殺してやる。ただお前の大事なお仲間であるその女は楽には殺してやらんがな」

「良かったなジーナ、相手はお前をライバルだと思ってくれてるぞ」

「いやいや待った待った。苦しませて殺すなら師匠ターゲットにしろや。ていうか私は関係ないだろ見逃せや」


 私とその男は赤の他人、赤の他人なんですよ。誰が好き好んでこんなやつの弟子になりますかってね。でも待て、仮に師匠がどうしようもなく殺されたとしても、少しは時間を稼いでくれるはず。ならばその間に逃げよう。


 さようなら師匠、そう思って師匠に背を向けてドアに向かおうとすると一陣の風が吹いた後に鬼がドアの前に仁王立ちしていました。あれ、こいついつの間にドアの前に立ってんの。


「逃がすと思うか?」


 こいつ、魔法使ってたエリナさんと同じかそれ以上に早くなってる。先ほどまでは腕力バカだった鬼がゴキブリ以上の素早さまで手に入れてしまいました。こんなんどうやっても逃げ切れません。私は腰が砕けたかのように地面にへたり込みます。もう立っていられませんよ。


「いやでも、まさかここで角をもう一本生やせるとは思ってなかった。ちょっと想定外だ、すまんなジーナ」

「いいんですよ師匠。でも忘れないでください、私がここで死んだとしても輪廻の果までてめえら呪ってやるからな。一度死んだ程度でこの恨みが晴らされると思うなよ!!」


 鬼が身を低くしてこちらに向ってくる態勢を取り始めました。多分一瞬で、ああそういえば私は長く苦しむんでしたっけ。一瞬で戦闘不能になって後はなぶり殺しでしょうか。

 

 師匠が私の前に立つと、その鬼と相対するかのような形になります。最後くらいはこの男も格好いい姿見せてくれましたね。


「あの形態になった鬼だとちょうどよく戦闘力を削るのが難しいんだよな」


 そう言った師匠の姿がブレるのと、鬼の姿が消えるのは同時でした。そして、真っ二つにされた鬼の胴体の下半身部分が私の真横に飛んできた事と、大量の血が飛び散った液体の音が聞こえたのと、鬼の上半身だけを掴んだ師匠がこちらを向いていることに気がついたのも同時です。


「これくらいでようやくお前と互角ってところだ。な? 調整が難しいだろ」


 師匠に掴まれてる上半身だけになった鬼が、息も絶え絶えの中で口を少し動かすと、その生命を完全に終えました。最後の言葉は私にはよく聞こえなかったです。

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