第十一話 棍棒を持った変態
現在、ここはひどい状況です。エリナさんは足に大きな怪我を負っているし、自警団の方々はほとんどが戦闘不能。そして、その原因を作り出したのは、額から角生えた眼が一つしか無い腰巻き一丁の棍棒持った不思議生物。そんな不思議生物が大声で怒鳴っていました。
師匠に出会ってからこっち、人生で一度あるかないかの出来事が週二一度単位で降り掛かってくるのは本当にどうにかしてほしいところですね。
「お前らに俺の気持ちがわかるか、どうだわかるかってんだよ!!」
わかんねえよ、そんなファッションセンスしてる奴の精神状態なんて。
生まれてこの方、狩猟部族として生きてきましたが腰蓑一つで棍棒持って街中を練り歩くのはさすがの私にもありません。そら森の中なら、そういう格好してる人もいましたが、それは場所という物をわきまえているからです。
例えて言えばプールを水着姿で歩くのと、お外を水着姿で歩くのは違います。なのに、この角生えた変態さんと来たら、お外に出る格好として半裸棍棒スタイルを選んでいるのです。こいつの気持ちなんて常人が分かるわきゃありません。
「これだよ、これ、なんでこいつがやったってことになってんだ」
その変態さんが腰蓑から一枚の紙を取り出してきました。確かあれは号外と称して配られた師匠の手配書です。
「せっかく冒険者共を殺して少しずつ俺たちの恐怖を叩き込んでいこうって計画だったのに、なんでこいつが殺したってことになってるんだ言ってみろよ」
ふむ、ほう、へえ、俺達がやったと言ってましたがこれはどういう事でしょうか。まさかこいつは師匠の共犯という奴でしょうか。
「俺達がなんで、お前たちに恐怖を与えてきたと思ってるんだ。これはそういう遊びなんだよ脆弱な人間達を鬼である俺達が少しずつ追い詰めていく、そういう遊び。なのになんで記念すべき冒険者側の初めての犠牲者達が別の人間の手柄になってるんだ」
ところどころ師匠が冤罪っぽい証言もありましたが、それは気のせいです。身内である私が断言しましょう、今回の冒険者殺しは師匠が確実に関わっています。弟子として近くにいた私がそれを証言できます。
「なるほど、つまりお前はそのアランとかいうやつの仲間だったのか……」
「違う!! こんなやつはしらねえ!!」
エリナさんが足に突き刺さった瓦礫を抜くと顔をしかめます。持っていた布を止血代わりに足に巻きますが、その布が赤く染まっていく辺り、出血量もだいぶ多そうです。
それはともかく、こいつはどうも最近街を騒がせていた鬼みたいです。そして、その鬼いわく師匠は自分達とは関係がないと言ってます。ならば私が言うべきことはただ一つのみ。
「エリナさん、騙されてはいけません。ししょ……いえアランは確実にこの件の加害者です。相手が何のためにあんな嘘を言っているのかは知りませんが、何か企みがあるはずです気をつけてください」
「わかっているジーナさん心配するな」
よし、言わなくてもわかってくれていたみたいで良かった。これで師匠が冤罪だなんてことになったら大変ですからね、あいつを冷たい鉄格子の中に閉じ込められなくなります。
まあぶっちゃけると本当はわかってます。アラン師匠とあの鬼が関係ないなんてことはね。ですけどせっかくあのゴミクズを社会的に抹殺できるというのにこれを利用しない手はありません。
暴力では師匠にかなわない、であれば社会的な制裁以外に方法はないのです。私はようやく理解したのですから。まずあのクソ野郎を私の人生から排除する事こそが第一にするべきことなのだと。
このチャンスは決して逃さんぞと私が思っていると変態もとい、鬼が棍棒を構え直してから振りかぶりました。
「というわけでやっぱやるならわかりやすく俺達がやったと知らしめないとダメだと反省したわけだ」
そう言ってから鬼が棍棒で思いっきり素振りをしました。たったそれだけの風圧で私は後ろに尻餅をつき、足を怪我していたエリナさんはよろめきます。
やばい、こいつ私が思っていたよりも危険な生物です。
考えてみればこの鬼は、これだけの惨状をたった一撃で作り上げました。ということは軽く見ても私より強いどころか、自警団が束になってもかからないくらいの凶悪犯ですよ。ワレ撤退、ワレ撤退、援護ヲ必要トスル。
「お、なんだよやるってのか」
やりませんよ逃げますよ、撤退するって言ってんだろ。いや違いました、私に向けて言ったわけじゃないみたいです。見ればエリナさんが怪我したままで鬼と相対していました。
「事情はどうであれ、今まで隠れていた敵が現れたんだ街のために戦うに決まってるだろ」
「……ほーー」
じゃあ私は今のうちに隠れますね。前世がゴキブリになった気分で地面を這いながら倒れている机の影に隠れると、こっそりと二人の戦いの観戦を始めます。
見る限りではエレナさんはかなり強いと見ました。溢れる自信や気配が強者のそれですからね。しかし、足に怪我をしているのがいけません、立っているだけでもきつそうに見えます。果たして本当に勝てるのでしょうか。
「ウイングブーツ」
エリナさんが呪文を唱えると体がぶれた様に消えました。あれは私もよく使っている風魔法の一つで移動速度を上げる魔法です。
ただ、エリナさんの速度は私よりはるかに凄いもので私では目が追いつきません。人影のようなものが鬼の周りにまとわりついているだけに見えます。金属音が鳴り響いているのですが、これはどうやらエリナさんの剣とあの鬼の棍棒がかちあっている音のようです。
その戦いを見ていて私にはわかりました、この勝負エルフ側の勝ちだと。鬼側が防戦一方、つまり攻め手が全く無いのですからエルフ側の勝利は時間の問題です。
当然、エリナさんの同族である私も含めての勝利なのは言うまでもありません。エルフと鬼、種族的な優劣の差がありすぎたようです。考えて見れば筋肉ムッキムキのパワーよりもマジカルで素敵な魔法のほうが強いのは当たり前。やれやれ、もう少し文明的な力の一つでも手に入れてからエルフ様に楯突いてほしかったところですね。
一方的に攻撃しているエリナさんへと対抗するように、鬼側も反撃をはじめました。ブンブンと鉄の棒を振り回していますが全くあたっていません、そうエリナさんが早すぎるからです。種族の実力差がよくわかってないゴリラです。
私は隠れていた物影から出ると、横向きに倒れている机の縁に座ってから片足を組んで相手を見下すかのようにポーズを決めました。優雅なるエルフは隠れたりなんてしません、強者の吟侍として姿を晒し続けることこそが礼儀なのですよ。
このまま一方的にエリナさんが勝つだろうと確信していると、鬼が何を考えたのか思い切り棍棒を大きく上に振りかぶりました。
はあ、何を考えているんだか、あんな見え見えの攻撃、エリナさんどころか私でも余裕で避けられますよ。元から知能指数が低い存在が血迷うと、こうも無駄な事をしてしまうのですね。
最後のあがきとばかりに振り下ろされた棍棒をエリナさんが避け―――ないで、なぜか持っていた剣で思いっきり受け止めます。
え? と私が驚いていると、そのまま無防備になったエリナさんのお腹に鬼が蹴りを入れてエリナさんをこちらに吹き飛ばしてきました。
こっちに飛んできたエリナさんが壁にぶち当たると、そのまま動かなくなります。多分死んではいないとおもいますがどうでしょうか……少なくとも戦闘不能になったのは間違いありません。
「馬鹿なやつだな、人間なんぞ庇わなければ俺に勝てたのに」
見れば、床には倒れている自警団の方々がいました。先ほどの棍棒は彼らを人質として狙ったものだったと、それでエリナさんは彼らを庇うようにして攻撃をくらってしまったのですね。この筋肉野郎、見た目バカっぽいくせに無駄に頭が回るようです。
そうしている内に、鬼がこちらに歩いてきました。
「じゃあゆっくりここにいる奴らを皆殺しにでもするかな」
さて、そうとなればもう私がやれることはありません。地面を這うかのようにカサカサと移動を初めると、一路お外に逃げる行動を開始します。自警団の方々にはすいませんが一度見捨てさせてもらいます。なんとか助けを呼んでくるのでそれまで頑張って生き延びていてください、私にはそれしかできません。
鬼が私に意識を向けていない今しかないと思っていると、ふと眼の前にある紙が視界に入りました。倒れた机の中に入っていたものでしょうか、それは先の冒険者殺しの被害者リストです。
そしてその冒険者のリストに書かれていた名前には見覚えがあります、なぜならそれは私のパーティーメンバーだった人達だからです。
そうですか、彼らは死んでしまいましたか。まあ、私としても師匠がバカやった時に私と距離おいてくれやがった人達ですから特に情も残ってはいません。では、そういう事で皆さんさようなら。
「……おい、どういうつもりだ」
おや? あれ? 鬼が何故か私の方を向いています。はて、どうしたのでしょうか。よく見れば鬼の腕に矢が突き刺さっています、そして私の手には発射したばかりの弓があります。どうにも、私があの鬼に向けて無意識に攻撃したっぽいっすね。
「すいません、鬼の肌に矢が突き刺さるのか知りたくなったのかちょっと発射してみました。実験結果は大成功、あ、私のことはお気になさらずに」
「俺もエルフに矢が突き刺さるのか知りたくなったぜ」
そう言うと、刺さっている矢を引き抜いて鬼が私の方にぶん投げてきました。それを間一髪避けると無事回避成功。と言うか投げただけで、私が弓使って発射したよりも矢の速度が速かったのはびっくりです。
「どうもあなたが殺した冒険者達は私の仲間だったみたいなんで、さすがに逃げるわけにも行かないみたいなんですよ。すいませんが私に殺されてくれませんかね」
「ほー、冒険者だったのか運がいいのか悪いのか、まあここにいなくてもギルドには弟が向かっているから殺されてただろうから変わりゃしないが」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がします。
「冒険者ギルドにあなたの弟が?」
一つ目の鬼がにやりと笑います。
「そうだ俺が自警団で弟がギルド。二つ同時に襲撃してんだよ。本当はもう少しあとになってやるつもりだったがどうせ目立つなら派手にやるかと思ったからな」
これはちょっとやばいですね。最悪、ギルドまで逃げて応援を呼ぼうと思っていたのですが、あっちはあっちで大変なことになってそうです。こうなると頼れるのはリリーさんくらいしかいませんが彼女がどこにいるかわかりません。師匠の野郎もどこにいるかわからねえし。
その時です。ズシン、ズシンと言う地鳴りが聞こえてきました。なにか巨大な生物が近づいて来ているるかのような音です。
「弟が来たんだ、どうもギルドの方はもう片付けたみたいだな。ついでに言ってやる、弟は俺より遥かに強いからな」
音だけではありません、先ほどから私の肌に殺気のようなものが突き刺さっています。信じられないほど濃密な気配、これが一つの生命体が出せる気配なのでしょうか。
膝が震えて立っていられないほどの寒気と冷や汗が体から吹き出てきます。ここにいる一つ目の鬼も強いですが外にいる化物はそんなレベルではありません。昔、森で一度だけ見た風龍様と同じか下手したらそれ以上の気配。信じられない、これが本物の鬼ですか。
その足音がピタリと、鬼が開けた壁穴の近くで止まります。そして、頭に二本の角が生えた一つ目の鬼――の生首がそこからでてきました。
その生首からポタポタと血が地面に落ちている所を見ると、どう見ても生きている状態のそれではありません。瞳孔開きっぱなしの精気の全く無い完全なご臨終状態の表情でした。
そして、私は気づきます。その生首を片手で無造作に掴んでいる一人の人間、そうアラン師匠の姿を。