第十話 弟子と師匠
残念な事にアラン師匠がついに凶悪犯として街中に指名手配されてしまいました。
こうなる前に師匠の蛮行を止めるのが弟子の努めだった気もしますが、そもそも私と師匠は出会ってから数ヶ月程度の浅い関係なので、どのみち止めることは出来なかったでしょう。
あ、ここ大事ですよ浅い関係、そう凶悪犯である師匠と私は浅い関係なのです、身内と言っても例えば職場の上司と部下とかその程度の関係なんで、赤の他人に等しいです。
そんなことを考えながら私は自警団の詰め所までやってきました。
当然、師匠に関する情報を一市民として提供するためです。
師匠と私は浅い関係です、ですが知り合いから殺人犯が出た以上、犯人の逮捕に協力するのは市民の義務なのも事実。できればそれで私に対する周りからの風当たりも弱くなってくれたらなあと言う計算も込めてなのは言うまでもありません。
さて、ここまで述べていれば分かる通り、私は師匠が冤罪だとか濡れ衣を着せられてるとかは全く思っていません。弟子の私から見ても、奴ならいずれやらかすだろうとは常々思っていました。
ちなみに、リリーさんは鬼の形相で師匠を探しに出かけています。リリーさんいわく、どうせ余計なことしようとしてトラブルに巻き込まれたんだろう、あのバカとか言ってました。地味に師匠が犯人ではないと思っている辺り、絆の深さを感じさせられます。
あの二人の関係は置いとくとして、扉を開けて詰め所の中に入ることにしますか。木製の扉をそーっと開けて中を覗くと職員の方々がビシッと整列していました。
剣に鎧に盾にと完全武装の彼ら三十人近くが広いロビーに勢揃いです。その彼らを指揮するように正面では金髪のエルフの女性が声を張り上げています。こんなところで、まさかの同郷と出会えるなんてちょっと驚きました。
「お前たちに私の悲しみがわかるか!!」
それは耳にとても響く大声でした。キーンとか言う残響音も残ってます。
「私があの時に、あのアランとか言うハイオーガを倒していれば冒険者達が犠牲にならなかったんだ」
思い切り足踏みをして悔しさを表すそのエルフの女性。いやそんなことより、師匠がハイオーガだという事実にびっくりしました。なるほど、人間ではないと常々思っていましたがそれなら納得、あんな人類いるわけないもんね。
「いくら常日頃魔物を退治しているからと言っても冒険者達は私達に比べて遥かに弱い、そんな彼らを守るのは誰の使命だ? 私達だろう!! その私達がみすみす凶悪犯を取り逃がしてしまったんだぞ」
どうにも、彼女は私達冒険者の保護者気分みたいです。プライドの高い冒険者ならなんだコイツらと思うのでしょうが、プライド最安値の私はそうは思いません。なんと頼りになる人なんだと思えます。
まあそれは良いんですが、このままですといくら浅い関係といってもあれと私は名目上は師匠と弟子なわけです。この怒りの矛先が私に来る可能性も否定はしきれません。
ちょっと日を改めて相手方が落ち着いたらまたお伺いしましょうと扉を閉めて逃げようとするとあら不思議、その女性のエルフと私の目と目があってしまいました。
「こんなところに私と同じエルフがいるとは珍しい」
んーどうしましょうか見つかってしまいましたよ。このまま何事もなかったかのように扉を閉めて逃げだしても良いのですが、声かけられてこれを無視したとあっては後々の印象に響きます。ここは、当初の予定通り師匠の情報タレコミしつつ好感度稼ぐ方向で行きますか。
そのまま詰め所の中に入ると用意してあった台詞を言い始めることにします。
「えーっと、いま街を騒がしているアランとかいうクソ野郎のことについてなんですが」
「あいつを知っているのか!!」
自分そいつの一番弟子っすと言うお言葉をぐっと堪える。ちょっと予定変更、思った以上に空気が悪い。ここにいる全員から一斉に凄い目つきで見られとる。これではあいつの弟子と言った瞬間に何が起きるかわからない。言葉を慎重に選ぶんだぞ私。
「……実は私、あいつに住んでいた場所を壊された上に無理やり連れ回されていたんです」
「なっなんだと……」
私の言葉にエルフの女性がよろめきます。まあ嘘は言っていません。住んでいた場所(奴隷商の館)を壊されて無理やり(弟子として)連れ回されているのは間違いないんです。嘘は言ってません、全てを語っていないだけ。
「まさかエルフを誘拐するなどという重犯罪まで犯していたとは、ケダモノめ!!」
そのエルフの女性が私に近づいてくると私の手を握ってきました。
「今までよく堪えてきた。私は自警団で指揮を取らせてもらっているエリナと言う。もう堪えることはない、ここまでくれば安全だ」
「―――ありがとうございます!!」
なぜでしょう、不思議とその言葉には本当に心を打たれました。
思い返せばあのバカの弟子になって以降、コカトリスには石化させられるわ、キマイラとは死闘繰り広げさせられるわ、殺人犯の身内として扱われそうになるわ、キチガイの弟子として白い目で見られるわと本当に大変でした。
様々な思いが、ふと瞳から涙の形で出てきます。
「……よほどそいつのせいでひどい目にあってきたんだな」
「はい、それはもう言葉に出すのも辛いほどに」
そうだ自分は何をしていたんだ。考えてみればコカトリスに石化された時、真っ先にここへ逃げ込めばよかったじゃないか。あれが頭のおかしい人間だと気づいていたのに、ここへ来るのが遅すぎた。
「よし、あいつの罪状にエルフの誘拐も付け加えておこう、ところで君はどこから誘拐されてきたんだ」
「えーっと、すいませんどこの森に住んでいたのか名前は覚えてないんですよ」
「森? いや私が聞いているのはどこの都市かなんだが」
あれ? エルフと言ったら森に住むものではないのでしょうか。私の知っているエルフは全員森に住んでいましたが。
「今どき森に住んでいるエルフなんて風竜様に仕えるかの一族か、文化的な生活を否定する変わり者達しか――あっすまない」
そこで相手がバツが悪そうに顔を背けました。
「君の生まれがどうであろうと問題ない、私はそんなことで人を判断しないつもりだ」
とりあえず余計な文句を言うのは止めておきます。とても面倒なことになりそうな気配がしましたからね。変わり者出身としてちょっと生暖かい視線にさらされるくらい訳ありません。冒険者ギルドで身につけた忍耐力です。
「それで、そのアランについてなにか知らないか? 辛いことを思いださせてなんだが、あいつについて手がかりになる情報ならなんでも良いから話してほしい」
ふと閃きました。ここでもし私が適当な情報を自警団に言えば、師匠にとって有利な状況になるのではないかと。
曲がりなりにも師匠と弟子の間柄。弟子が師匠の為にほんの少しでも手心を加えるのもありなのではないでしょうか。
そう考えるとまず居場所です。あいつの性格からして逃げるよりも敵の殲滅を選ぶはず。ですから間違いなく自身を指名手配した自警団そのものを狙ってここにくるはずです。弟子として師匠を助ける心が少しでもあるのならば、ここは自警団の詰め所から人を少なくしたほうが良いでしょう。
「あいつの性格からして間違いなく逆恨みでここまでやって来ます。ですからこの場所に人員を配置して罠を張っておくのが最善ですね」
「なるほど、それで次は」
「毒のたぐいは全く効きません、なにせ人間ではありませんから。殺るなら毒などに頼らずにやるべきですが動きがとても素早いので注意してください。戦闘は格闘メインですから上手く罠にはめて動けなくして遠距離から攻撃するのが最善かと」
「毒が効かないのか……催涙弾や痺れ薬はダメそうだな」
「なにせ相手は人の姿をした獣です。人権だとか相手が人だとかは全く思わずに一つの情もなく殺し切るべきです」
言えるだけの情報は正確に伝えられました。これで私が弟子だとバレたとしても本当に師匠を憎んでいると思われるでしょう。なにせ一切の手加減も手心もなく情報を吐きましたからね。師匠と弟子の関係? なんですかその紙切れよりも脆い関係は、私は知りませんねえ。
「それで今現在あいつがどこにいるかわかるか? 勘やなんとなくでも良いんだ知ってることを話してくれ」
「えーっとあいつがいそうな場所ですか」
んー、あのゴキブリより素早くしぶとい師匠のことですからね。多分地下の下水道あたりでドブネズミと一緒に逃げ回ってるとかじゃないですかねえ。いやでもそれはないですか。
「多分ですけどあっちの方向にいるんじゃないかなと」
と、私が適当に左手側の壁を指差すと、その壁がいきなり爆発したかのように建物内部に向かって破裂しました。瓦礫と言うなの石弾が辺りに降り注いで、エリナさんや自警団の人達が不意打ちの形でその直撃をもらいます。
運良くその不意打ちを食らわなかった私ですが、改めて辺りを見回してみると、先ほどまで整列していた自警団の半数以上が倒れるか何らかの負傷で行動不能になっています。それはエリナさんも同様で、右足に大きな瓦礫が突き刺さっていました。完全に重症だとわかります。
そして破壊されて大きく穴の空いた壁から一つの人影が現れました。それは体格はまさしくオーガ、巨大な体格に人類を逸脱した筋肉を身にまとっていました。
師匠、なぜこんなところに……反射的にそう思いましたがどうにも違います。なぜならそいつは体格こそ師匠に近いですが、まず大きなパンツ一丁です、パンツと言うか腰巻き一つでした。次に、武器としてドぎつくてぶっとい棍棒を右手で軽く持っています。更に決定的に違うのは額に生えている一本の巨大な角と、サイクロプスのように目が一つしかないという事でした。
つまり私が見たこともない謎の生命体がそこにいます。誰だこいつ。
その謎の生命体が息を大きく吸い込んでから
「お前らに俺の悲しみがわかるか!!」
倒れているエリナさん達含めて私達全員の鼓膜を大きく響かせるように叫びました。