理事長室にて
サイトを開いていただきありがとうございます。
歩くこと十分後、校舎らしき建物が見えてきた。
ここまで来る間、いくつものセキュリティーシステムを見かけた。侵入者対策のその重々しさは、感心を通り越して呆れるくらい。
『金の無駄、か・・・。』
確かに、いくつもあればそうそうに侵入出来ないだろう。
だが所詮、人が作った機械任せのモノ――この学園のセキュリティー管理する大元を抑えさえすれば、ガラクタ同然のプログラムとなる。
それ故の発言だったが、勿論、ここの学園の生徒は、美紀の発言が気に食わなかった。
「どういう意味です?」
『いえ、失言でした。申し訳ありません。』
問われ、すぐに頭を下げて謝罪する美紀。その潔さが、謝罪に感情が籠っていないことを物語る。上城馨の背後につくように立って頭を下げる美紀を一瞥し、歩みを進める宰史響也。
見えてきた建物の中でも、教官塔と呼ばれるところに入った。その最上階、彩旺学園のトップが君臨している。
前進の障害となした人間が、容易く膝を屈する程のカリスマ性を持つ、彩旺創一。
教官塔の最上階に位置する部屋には、学園内を見渡せるよう、壁代わりに窓を使っている。学園内を見下ろせる場所は、君臨する者に相応しい部屋の造りだ。
理事長室に向かう手段としてエレベーターに乗り、最上階に着いたと同じくして、宰史響也の携帯が鳴った。
「急用が出来ました。僕はこれにて失礼します。」
生徒会の仕事関係の電話だったらしく、案内役は終わりだと、そう言う。特に引き留める理由も無く、案内のお礼を言って見送る。
気を張る相手が居なくなって、馨など万々歳だろう。
ノックし、理事長である彩旺創一の入室を許可する返事をもらった後、扉と馨との間に体を滑り込ませ、半身になって馨を庇うように開けた。万が一に備えての姿勢と行動だった。
あくまで用心の、万が一、の・・・。
プシュッ
シュッ、パシッ
シュッ、カン!
ガキィン
『・・・随分なご挨拶ですね、理事長。』
片手で馨を抱き寄せ、ナイフを投げた後の手と体勢を元に戻し、ナイフを仕込んである腰に手を回した。
「流石だ。女の身でこの学園に入れただけある。」
『危うく【ヒュッ、パシ】、五本目が当たりそうでしたよ、今。【シュ】』
ブツ!
扉を開けた直後に聞こえた、空気の抜ける音。
小さな針――恐らく麻痺針の類――が刺さりそうになり、それを避けたと思ったら二本のボーガンの矢が間隔を空けて飛び出て来た。
日光を反射した小さな物体を頭を傾げて避け、半身で扉を開けた私に一直線で向かって来た一本目の矢は手で掴んだ後、素早くそれを離し、二本目を袖口に仕込んだナイフで防ぎ、直後に背後から迫り、馨に当たりそうになったナイフをナイフで相打ち、そして人のセリフの途中でもお構いなしに今度は横からナイフが飛んでくる。白刃取りの要領で指先で挟み、仕返しにナイフを、確認しておいた、理事長を務める人物の立ち位置に向かって投げた。
正しくは、理事長が座るであろう、高そうな革製のイスの背もたれに強く、深く刺さるよう投げ込んだ。
妙に小気味良い音を立て、刃渡り七センチ程度の刀身は、全てが背もたれに刺し込まれた。
『(人が発言してる時に、ナイフ投げるか?)』
「あーあ、気に入ってたイスを・・・どうしてくれるんだ。」
『これから生徒になろうという子供の近くにナイフを投げる理事長とは、初めてお会いしました。』
「弁償してくれないかい?」
『ここまで試す必要、ありましたか?』
「『・・・。』」
全く噛み合っていない会話――それに対し、口を開いた。
二人が、同時に。
「『話を聞(こうか/いて下さい)。』」
お互いにお互いの話を聞かない態度を示すようなセリフだった。
「『・・・。』」
「取り敢えずさ、中に入らない?彩旺さんも、もう罠を発動させないで。」
美紀が扉を開けてからずっと黙って傍観者に徹していた上城馨が、二人をなだめ、展開の先を望んだ。
「『そう(だね/だな)。』」
美紀は彩旺創一と一旦休戦して、馨と共にこれから過ごしていく学園の説明を受けることにした。
勿論、ナイフ回収を済ませてから。
説明は十分以内で終わった。
「とまぁ、こんな感じだ。」
この学園の説明の要約。
・ゲイ二割、バイ五割、ノーマル三割(婚約者・彼女持ちがほとんど)
・生徒の上に立つ生徒会役員と風紀委員は、二、三学年の成績上位順に就任
・生徒会と風紀は、一般人である教師より権限有り
・顔立ちが良い者は親衛隊が存在
・AからEと、特進のSクラスがあり、計六つのクラスで一つの学年
・毎月ペースで行事有り
・渡された寮部屋のカードキーは財布代わり
ここに編入することになって、事前にこの学園の事について調べたが、改めて聞かされると、憂鬱な面倒事が起きそうな気がして、私は横に座る上城馨を見下ろした。
物言いたげな視線に気づいたか、目が合い、不思議そうな眼差しで私を見上げてきた。
「どうしたの?」
『いや。厄介な事が起こりそうだな、なんて思った。』
口調が二人だけの時の口調になっていたが、理事長の彩旺創一は二人の仲を知っているので、別に気をつかわなくても良い。だから遠慮なく砕けた口調でしゃべる。
「何で?僕はトラブルメーカーじゃないよ。」
『顔だ、顔。お前の顔は、半数以上の同性愛者に良い顔受けしそうだ。』
「そっか。でもさ・・・。」
言葉を切り、何の意図があってか、私に抱きつく馨。私は抱きつく馨の髪を梳いた。
腰に抱き付いたままの体勢で私を見上げ、満面の笑みで言った。
「美紀が守ってくれるでしょ?」
『お前の体だけな。精神までは守れない。』
「うん。分かってる。」
【肉体と精神、どちらを護衛するか】
和露衣美紀は護衛を依頼された時に、必ずこの選択肢を依頼主に提示する。それに対し、今の護衛対象の上城馨の父親は、肉体の方を選択した。
「何があっても身体に傷一つ残すな。」
契約をして満足している上城柳に、私は釘を刺した。
『契約を守る手段は選びませんので、ご承知下さいますよう。』
――口出しするな――
言外にそう告げ、上城馨の護衛契約を締結させた。
回想しながら腹に顔を埋めてくる馨の髪を梳いていると、正面に座る彩旺創一が、
「さて、そろそろ昼食にしたらどうだ?」
二人の注意を引いた。
時計を見てみると、確かにお昼時だった。
『どうする、馨。』
「食堂がどこにあるか分かんないよ。」
『校内図は暗記済みだ。』
「さっすが美紀。おなか空いたし、お昼にしよう。」
せっかく二人の注意を引いたというのに、またも理事長である彩旺創一の存在を無視した会話が繰り広げられた。
もう何も言うまい、と決めた彩旺創一は、二人が退出するまで何も言葉を発しなかった。
お読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字は無いようにチェックしています。
もしありましたら、広い心でお見逃し下さい。
定期的に見回りはしています。