第98話 テキサスゲート
久々の公共事業という事で、村の男手も高い士気で作業に打ち込んでくれた。
広い畑を囲むと言う事で建材に関してはかなりシビアな調整を行ったが最終的には何とか足りる事が分かった。前年度から続く炭の利用のお蔭で余剰の資材が生まれていなければ足りない事態になっていたかもしれない。ちなみに、ぶり返すような寒さは偶に襲ってくるが、備蓄の炭で何とか補えた。当初の想定では備蓄も出荷に回す計画だったが、備えあれば憂いなしという事で残していたのが幸いになった。
「かんせいなの!!」
畑の周囲には高さ百三十センチ程の柵が張り巡らされた。随所に開閉機構も付けたのでそこまで農家の人の負担が増えた訳では無い。導線もきちんと考えたので、久々に知恵熱が出そうになった。
「で、この網目の道は何なんだい?」
父が、広くゲート状になった通路を指さしながら問うてくる。
「てきさすげーとなの!!」
「てきさ……?」
「そういうなまえなの」
テキサスゲートに関しては、溝を細かい単位で作ると偶蹄目の生き物はその上での歩行を嫌って歩かなくなるという習性を利用した獣除けだ。今回はその上に高さ五十センチ程のところに青銅製のグレーチングで蓋を作った。入り口と出口にはスロープも作っている。侵入させないだけならスロープはいらないのだが、今回は数を減らすのが目的だ。
「えものをおいこむの!!」
父がテキサスゲートを眺めて首を傾げている中、私は高らかに宣言する。
「獲物を見つけたら予定通り畑の方に追い込め。では、散開!!」
セーファの号令に合わせて、騎兵達が森の中に飛び込む。私は父の馬に跨ってそれを眺める。後ろで支えてくれる父が軽く足で馬を挟むと、かつかつと畑の方に歩き始める。
「追い込んだ後に仕留めなくて良いのかい?」
まだ半信半疑の父が疑問混じりの視線を投げかけてくるが、ふるふると首を振る。
「けしかけるていどでいいの。ちぬきをするならいかしたままがいいの」
私が答えると同時に、遠くで怒声が響く。見ると三匹の鹿が固まって飛び跳ねながら走って逃げるのを包囲するように騎兵が追い込んでいく。
「はじまったの!!」
通常であれば、弓で射るのだろうが距離と間隔を狭めながら徐々に畑の方に追い込む。暫くすると鹿が真っ直ぐゲートの方に逃げ始める。それを適当な距離から追い込むセーファ達。
スロープを上がりきって跳ねた鹿がずぼっとグレーチングに嵌った瞬間、身動ぎせずに悲しそうに鳴くだけになった。
「ふむ……。逃げないのか?」
「ひづめがかからないばしょはうごかないの。それにあしをまげるよゆうもころしているの」
馬で追っていた騎兵達が接近し、馬から降りて近づいてもふるふると頭を揺らし、周囲を警戒するだけの鹿達。最終的には後ろ脚、頭、前脚と縄で拘束されて、村の方に引きずられていく。
「ふぅむ……。迂遠というか射た方が早い気もするが……」
若干考え込みながら、父が言葉を発する。
「ゆみのぎりょうがたかいひとばかりではないの。それにうまのくんれんにもなるの」
「確かに、追い込みの動作は人と戦う時にも使えるか……。連携の訓練と見れば十分だ」
「うん。みなぱぱみたいにつよくないの。それにやのしょうひもばかにならないの。これからどれだけからないといけないかわからないの」
私の言葉に、ふむと頷く父。
「確かに。消耗品を使わずに済むならありがたいな」
私達が話し込んでいると、馬に乗ったセーファが明るい表情でこちらに向かってくる。
「これは楽ですね」
開口一番、朗らかに告げる。
「かずをこなさないといけないけど、だいじょうぶ?」
「えぇ。訓練では成果が目に見えないですが、これなら獲物が目に見えるので士気も上がります」
セーファの言葉に、父も頷く。
「村で消費出来る程度の頻度で追い込むか……」
「それにはかんがえがあるの!!」
私が告げると、父とセーファがこちらを覗き込んできた。
村の中心では、捕らえられた鹿の解体が始まっている。皆が期待した目で見つめる中、兵の従者の人達が率先して捌いていっている。内臓類は細かく刻まれて土に混ぜられている。腐敗させて水で伸ばして肥料にするらしい。肉は四肢の枝肉と背骨で分けた腹肉に綺麗に分かれる。
取り敢えず考案者の特権という事で、後脚を一本もらって、後は村の皆に振舞う。柵の完成慰労パーティーという事で盛り上げてもらった。
「で、考えとは?」
枝肉を台所に降ろした父の言葉に、にこっと微笑みを返す。
「うりものにするの!!」
私が指さす先には、ソミュール液が保管されている甕があった。




