第94話 スリッパと水筒
球技の萌芽が芽生えた冬も深々と深まり、圧倒的な寒さが訪れる。炭の生産は少しずつ進み、村内には行き渡るようになった。
「こんなに軽いのに、燃焼時間も長い。量産をお願いしたいですね……」
セーファからもお墨付きで兵達にも炭が行き渡るようになった。話を聞くところによると、燃料費を削るためにローテーションで各家に集まって就寝しているらしい。ちなみにそうやって節約した炭は輸出の荷物に回されて、軍としての収入に加算されるらしい。最終的には巡り巡って自分達の利益になるから頑張っているようだ。
「すみやきごやももうすぐかんせいなの!!」
炭焼き窯の方も、稼働テストを繰り返している。どこまで密閉すべきなのかとか、どのタイミングで密閉すべきなのかとか、炭出しのタイミングはみたいなのは体で覚えるしかないので、村人から公募で炭焼き職人にクラスチェンジしてもらった。専任者がいないと品質を担保出来ない。
「内陸の遊牧の人達もかなり期待しているからね。成功させたいよ」
父も余剰の炭をサンプルとして燻製を売る際にばら撒きつつ反響を確認していたようだけど、予想通りかなり乗り気のようだ。冬場は乾燥させた馬の糞を燃料にしているが生産量は馬の頭数に比例するので冬場の燃料としての炭はかなり期待しているらしい。
「すみをもっとかつようしたいの……」
五徳の上でチンチンに温まって湯気を出している薬缶を見ながら独り言ちる。ラーシーはぬくぬくとお腹を見せながら、寝息を立てている。ふにゅふにゅと撫でると、無意識に突き出してくるので、わしゃわしゃとしておく。
炬燵から出て、布団を運ぶのは各自の仕事だ。てちてちと子供用の小さめの布団をうんしょと運んで敷く。ほんのりと温もりが残る布団に潜り込むと、冷え切った足先がじんわりと温もる。幾ら炭で暖を取っていると言っても、板張りの床は氷のように体温を奪う。
「ふむぅ……すりっぱ、やっぱりほしいの……。あと、あしさきをぬくめるものほしいの」
母達が後片付けを終えて部屋に戻ってくるまで、木板に出来上がり想像図を描いてみた。
「外で履く訳では無いのね?」
「うん、へやのなかではくの!!」
母に相談すると、慣習の違いからか怪訝そうな表情が返ってきたが、物は試しとウサギの毛皮を使って、ちくちくと編んでくれる事になった。これでスリッパはいけそうかなと。
「かじやにいきたいの」
「んー、縫い上げたいから……。ヴェーチィーちゃん!! ヴェーチィー!!」
「はーい」
呼ばれたヴェーチィーが台所からててーっと現れる。
「ティーダと一緒に鍛冶屋まで行ってくれるかしら?」
「場所は分かります。じゃあ、行こっか?」
「あいっ!!」
ヴェーチィーも少しずつ村に慣れてきたのか、徐々に一人で出歩く事も出来るようになってきた。買い物も一人で出来るので、羨ましい。手を繋いで一緒に鍛冶屋までてくてくする。
「こういうのがほしいの!!」
虎おっさんにスリッパと一緒に描いていた図面を渡す。
「ん? んーむ、水筒みたいだな。でもちょっと大きいか……」
「きぞんでおなじようなものがあればそれでいいの!!」
「ちょっと待ってろ。在庫が……」
そんな事を言いながら、虎おっさんが奥に向かう。暫く待っていると、木の栓で閉じる青銅製の水筒を出してくる。大きさは一リットル程だろうか。
「軍の方で頼まれる事もあるんでな。ある程度在庫も持っている」
基本は皮の水筒が使われるが、水に臭いが付くと言う事で、各自の判断で水筒を購入するケースもあるらしい。そういうストックなので、価格も思ったよりは高くなかった。
「りょうさんはかのうなの?」
「手間はかかるが、まぁ、そこまで難しい物ではないな」
「あつみをふやすこともできる?」
「そりゃあ出来ない事は無いが、容量がその分減るぞ?」
そんな応答を済ませて、サンプルを買って持ち帰る。ちなみに、市場で甘味を買ってヴェーチィーと一緒にうまうましたのは内緒だ。
「じゃじゃーん!!」
買ってきた水筒に薬缶からお湯を注いでもらい、きゅっと栓をする。しばらくするとほんわりと温かくなってくるので、ていっと布団の中に放り込む。
後片付けを終えた母が布に包んだ物を渡してくれる。
「これで良いのかしら?」
包みを解くと、そこにはふわふわの可愛らしい大きさのスリッパが鎮座していた。
「ふぉぉ!! ぬくいの!!」
履いて、ててーっと床を歩いてみても冷たくない。底は皮が張られており、滑り止めも良い感じだ。
「良さそうね。家族分、作ってみようかしら……」
私の笑顔を見つめていた母が、ぽそりと呟くので、こくこくと頷いておく。
就寝という段になって、布団に足を入れると、奥側に温もりの権化がいるのが分かる。ていっと蹴ってみると、ちゃぽりっと揺れるのが感じられる。
「ふぉぉ、しあわせなの……」
十分に温もったところで、ヴェーチィーの布団に蹴り込んでみると、ひゃっと驚かれる。
「おねえちゃん、ぬくいの!!」
「あ、本当。暖かい……」
むーっという表情を浮かべていたヴェーチィーも実際に足に水筒が触れると、相好を崩し抱きかかえ始める。
「何をしているのかしら?」
母がきょとんとこちらを見つめてくるので、ヴェーチィーが水筒を渡すと、嬉しそうにいそいそと布団の中に仕舞い込む。
「あら、温かいわね。お湯が入っているのね」
「ゆたんぽっていうの。そんなにおかねをかけずに、ぬくぬくなの!!」
「ふふ、ディーが喜びそうね……」
母の言葉に、にこりと微笑みを返すと、ふわっと欠伸が浮かぶ。十分に布団が温もったためか、強い眠気に引きずられるように、すやぁっと眠り込んでしまった。




