第93話 羽根つき
「ふぉぉ、てーい!!」
「まっしろ!!」
積もった雪で真っ白になった庭に、着ぶくれした仔豚ちゃん達が一斉に群がる。冬の寒さは険しいけれど、子供にとっては遊びの一つ楽しい時間だ。
雪にダイブしたフェリルがころころと転がりながら、他の子供を轢いて巻き込んでいる。ぐわーとか言いながら雪塗れになっているのはご愛敬だ。
「ふぉ、なにちてるの?」
雪を掬っては散らしてキラキラするのを楽しんでいたジェシが私の後ろに立って、首を傾げる。
「あそぶものをつくっているの」
「あしょぶもの!!」
ムクロジの実みたいなまん丸で頑丈な実を見つけたので、羽根をぶっ刺して紐で結べば完成だ。
「休みが全然無いな……」
熊おっさんが憔悴した顔で述べる。
水車開発から荷車、荷馬車開発に移行した現在、王都からも発注が入る大店になっている。まだまだ設計図だけでは質の良い物なんて作られないと言う事で、車輪に関しては精度の高いこちらに発注が入ったりして来ている。
「でしをそだてるの」
「そんな暇も無いからな……」
「そんなこといっていると、いつまでもいそがしいの」
白湯を片手に、熊おっさんの愚痴を聞きながら的確に突っ込んでいると、母が苦笑を浮かべる。ただでさえ今までいたお弟子さんは八面六臂の勢いで働いているのに、全然仕事量に追い付いていないようだ。皆、疲労の色が濃い。
「てをあけたい?」
「何か手はありそうか? 村の人間にはもう余裕が無いぞ?」
「むらにもよゆうがあるにんげんはいるの」
と言う訳で、父に相談する事にした。
「兵を大工に弟子入りさせるのかい?」
素っ頓狂な事を聞いたような表情で、こちらを見つめてくる父。
「こんご、にばしゃやにぐるまをせんじょうでつかうきかいがふえるの。しゅうりをするすべをおぼえるのはじゅうようなの」
私は切々と説く。
「それに、むらがおおきくなれば、せんせいこうげきがひつようになるきかいもふえるの。げんちでぼうへきをやぶるこうじょうへいきをつくるにもけいけんはじゅうようなの」
前回の村攻めで丸太で防壁を破るなんて手立てを見せられたが、あれだって矢を防止する屋根を作れば立派な破城槌だ。そこまでやられていたらスリングだけで対応は出来なかった。
「攻城兵器と言うと……これかい?」
父には図面として、カタパルトや破城槌、規模の小さな攻城塔の図案を提示している。これも車輪が完成したからこそ提示出来る。
「移動出来る、防壁を破る機械かぁ……。物騒な世の中だ」
「ぼうえいもかんがえないといけないけど、しゅだんとしてもつのもじゅうようなの。まずはじっさいにつくれるだけのぎじゅつがひつようなの」
考え込んでいた父も、最近の収支を考えてゴーサインを出してくれた。攻められる前に攻める。そもそも攻めてくる物が何か、それに対応するために何が必要か見極める。その為に攻城兵器そのものを知る必要があるという部分で合意出来た。
「人手という部分では助かったが……。いついてくれないのは辛いな」
とんてんとんてんと兵の人が作業をする横で、熊おっさんの嘆きが聞こえる。
「かいはつのぶぶんはみずからおこなえばいいの。きぞんひんのせいさくやほしゅのぶぶんのひとでにつかうの。もともとへいがやるべきはそこなの」
私の言葉に、そりゃそうかと、学者肌の熊おっさんが手を打つ。
兵に必要なのは、現地で部品を組み立てる部分と、故障した場合に直す部分だ。新規開発までの必要は無い。その辺りで棲み分けが出来ればありがたい。また、兵の人達も適性があるなら転職すれば良い。一人の兵を生み出すのに多大な費用がかかるのは承知しているが、今となっては村の収支で賄える。ニ、三人引っこ抜くくらいなら王都からの召集で対応可能だ。
「技術を持ってくれるのは助かりますけど、還元は駄目なんですか?」
兵を監督しているセーファが告げるのに、首を振る。
「ぐんのきほんはあるべきものをつかって、たたかうなの。そういくふうはじゅうようだけど、きかくをつどかえるなんてろんがいなの」
セーファとしては、兵器に関しても現地で使いやすい物を自作するという発想なのだろうけど、そんな事をすれば再利用も保守も難しくなる。そもそもそれが思った通りの成果を生むかも分からない。決められた物を決められたように作るから、決められた性能を発揮する。開発と運用はまた別の物だし、戦闘証明済みは何よりも重要だ。
「陣を確実に組む訓練をした精兵の方が被害が少ないって話ですね」
セーファの言葉にこくりと頷きを返す。
と言う訳で、国中に先駆けて、この村の兵に工兵が生まれた。
「てがあいたから、つくってほしいの!!」
「そんな暇あるかー!!」
雪がちらつく中、熊おっさんに設計図を渡すと、ツッコミを入れられた。折角人手を差し出したのに、解せぬ。
「ひとではかいしょうしたの」
「教えるので精いっぱいだ!!」
「それでもけずるくらいなら、かたてまなの」
私の言葉に、虚ろになった熊おっさんが図面を見る。
「なんだこりゃ? 木剣か何かか?」
「おもちゃなの!!」
そんなやり取りの末に、それは生まれた。
「おとしたらまけなの!!」
そう言って、こーんと羽根の付いたムクロジもどきを幅広の木材で叩く。フェリルがあわあわしながら、打ち返したのをまたこーんと高く返す。何度か繰り返していると、要領を得たのか、楽しそうに打ち返し始める。それを眺めている子供達もうずうずする。
「はねつきなの!!」
私が叫ぶと、わーっと子供達が寄ってきて取り合いになる。
雪の真白の上で、色とりどりの服装の子供達が羽子板で羽根を返す様は、どこか懐かしい思い出を蘇らす。お母さん方も、炬燵で丸くなっているだけだった子供達が元気に庭で走り回る様を目を細めて眺めていた。




