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第90話 餃子

 収穫祭は秋の終わりとは良く言ったもので、終えた次の日の明け方には急激に冷え込んだ。日中はまだ暖かいが、平地の常で朝晩は冷え込む。それがどっと来たのだ。

 ヴェーチィー所縁のお布団ですやすや寝ていたのだが、飛び出していた手は冷え込んでいる。ふわりと目が覚めた時に、母とヴェーチィーがしっかりと絡みついていたのは寒さの証拠だろう。ほうと吐く息が白くならないにせよ、絨毯の敷かれていない木の床は冷えている。


「スリッパ、その内欲しいなぁ」


 二人がすやすやと眠っているのを眺めながら、独り言ちる。足元では私が起きたのに気付いたラーシーがはっはっと興奮しながらしっぽを振っている。


「ふふ。今日も元気だ」


 そっと抱き上げて頬と頬を擦り付ける。



「ティーダ、しゅみほちいの」


「ままがそろそろほちいっていうの。しゃむいの」


 日中の暖かな日差しの中、皆で遊んでいると幼馴染ーズがそう告げる。


「さむい?」


「むー。しゃむ」


「ぶるぶる」


 その身を掻き抱きながら二人が告げるので、うーんと考える。うちに関していえば、布団が分厚いのでまだまだ大丈夫なのだが、薄手の布団を重ねる他の家では朝晩の冷え込みには辛いのだろう。去年は襲撃の対応褒賞として炭を配ったが、今年は販売という形になるだろう。どこの家もそれなりに収入が上がっている。暖房の為に買っていた薪に上乗せして炭を買うくらいの余裕は出来ているだろう。

 問題は量産体制だ。

 去年と同じように麦殻を使って炭を野焼きで作るのもありはありだが、兵が増えた分を計算に入れていない。畑の開拓は一大事業なので、今年は畑の拡充ではなく、産業振興を強めに打ちだしたのが裏目に出ている部分ではある。まぁ、ここまで利益が出ているなら、炭焼き小屋を作っても維持管理は出来そうかなと父と相談してみようと思った。


「さむいのはふきとばすのー!!」


 私は努めて明るい口調で皆を集めて、押し競まんじゅうを始めた。



「分かった。一旦は野焼きで問題無いね?」


「うん。こやはあるていどおおきめにつくるの。こんごのじゅうにんぞうかにそなえるの!!」


 私の言葉に父が微笑む。麦殻の灰を混ぜた畑は去年の収穫量とさほど変わらず、今年も問題無く炭を作る事は許可された。炭焼き小屋に関しても、大筋合意は取れた。川沿いと言う事で比較的薪炭の収拾が容易な土地と言うのもある。近い将来の住民増加に備えるという名目だが、それまでの間は炭を輸出する事も考えている。周辺のゲルで生活している遊牧民にとって、薪炭は貴重品のため、高値で売れるだろう。薪よりも軽いため持ち運びも容易だし、煙が出ないのでゲルの中で使えるのは大きいと見ている。


「それにもくさくえきはむしをよせつけないの」


「木の酢? それは食べ物なのかい?」


「たべられないの。だからがいちゅうをよせつけないの」


 炭の副産物の木酢液は虫や獣を寄せ付けない効果がある。虫害は人手で対応しているが、農薬として使う事が出来るなら労力の一部を開放出来る。また、冬場の狼などの害獣対応に効果が出れば、夜警の手間も少しは減るだろう。それに一部の皮膚疾患への効能もあるので薬の手立てとして持っておくのも良いと考えた。


 そんな感じで、朝のミーティングを終えた私は元気よく庭に出る。男の子達と一緒にチャンバラごっこを楽しんだり、追いかけっこをしていると、母とヴェーチィーが袋を持って買い物に出かけようとしているのが見えた。偶にはと一緒に市場に出る事にする。


 実りの秋という事で、野菜も穀物もこの時期旬のものが多彩に並んでいる。時期ずれの夏野菜なども含め、一番華やかな時期だ。楽しそうに話し合いながら今日の献立を考えている二人をよそに、並んだ野菜に目移りしていた私は一際大きな緑に惹かれる。

 大きさは大振りのキャベツのようだが、葉先は鮮やかな緑。でも、それ以外は雪のような白。白菜なのか、キャベツなのか良く分からない玉になった野菜にてててっと近付く。


「あら、もう玉菜が出回るのね。甘いのよ、これ」


 私を追いかけてきた母が後ろから説明してくれる。ヴェーチィーと一緒にへぇっと見つめていると、生でも食べられると店主が外側の葉を一枚捲って渡してくれる。ヴェーチィーと半分こにして齧ってみると、瑞々しくてかなり甘い。


「ふふ、甘いし水気が多いわ」


 にこにこ顔のヴェーチィーと店主に価格交渉を始めた母を見つめながら、日本で食べた事の無い食材をどう使うのが良いのかなと考えてみる。厚手のキャベツっぽい外見からは想像出来ないほどに青臭さを感じないし、白菜よりも格段に甘い。癖のない野菜は煮込みにも、焼き料理にも使えそうだ。何が良いかなと思いながら、日が陰って北の草原から吹いてくる風にぶるりと身を震わす。こんな日は温かい料理が食べたい。


「ふぉ、まま。つくりたいのがあるの!!」


 私の言葉に、くてんと二人が首を傾げる。



 家に帰ってきた私は、二人と一緒に小麦粉と塩を混ぜ熱湯を注ぎながら捏ねていく。小分けにして外で冷やしている間に、タネを作る。ミンチ肉は母に頼み、玉菜のみじん切りはヴェーチィーに任せる。ヴェーチィーも徐々に台所仕事の経験値が貯まってきたのか、楽しそうに手際よく作業を進めている。最後にぎゅうっと絞ったみじん切りとミンチを合わせて手早く混ぜる。搾り汁は鍋に移し、こちらにも多彩な野菜を入れてぐつぐつ茹でる。


「ちいさくまるめて、のばすの」


 私は小分けにした捏ねた小麦を小さく切り取り、丸めていく。麺棒なんて気の利いたものは無いので、二人に掌を使って円形に伸ばしてもらう。


「あは。気持ち良い」


 粘土細工で遊ぶ子供の用に天真爛漫な笑顔を見せながら、ヴェーチィーが皮を伸ばしていくのを母が嬉しそうな表情で見つめる。そんな姿を見守りながら、私はタネの味付けをしてうんしょとテーブルに移動させる。


「かわでつつむの。やぶれないようにするの!!」


 皮に匙でタネを軽く乗せて、ちまちまと包む姿を二人が面白そうに見つめる。何度か手解きすると覚えたのか、これも楽しそうに時を忘れたように包み始める。

 と言う訳で、餃子だ。今回は水餃子になる。文化圏的に小麦の皮でものを包む(パオ)の存在があるかなと思ったのだが、王都の料理でも出てこなかった。市場で玉菜を見た時に母に聞いたのだが、やっぱり存在をしらないらしい。穀物はパンや粥、団子にするという固定観念が強いのか、発展が無いようだ。


 包み終わった餃子達を、野菜出汁の中に投入する。ぷかぷかと浮かびながらぐつぐつ煮られる姿を見ていると、何だか可愛らしく見えてくる。ヴェーチィーも目を輝かせながら見つめている。

 (ジャン)ベースにトウガラシを軽く投入した濃い目のつけダレを母に作ってもらっていると、ぷっくりと膨らんで透明になった餃子達がスープの表面を漂い始める。


「かんせいなの!!」


 私が叫ぶと、二人が幸せそうに手を打ち合った。



「あれ、今日は汁物だけなのかい?」


 仕事を終えた父が座ってテーブルの上を眺めながら怪訝そうな表情を浮かべる。


「ティーダが食べたい物らしいわ。美味しそうだから頂きましょう」


 母が告げると、ふむと頷いた父が挨拶をして、匙で鍋の餃子を掬う。


「ほぉ……。団子かと思ったけど違うのかい……。じゃぁ……あふっはふっはっはふ」


 油断した父が熱さに目を白黒させている横で、三人仲良くはむっと頬張る。


「まぁ……。中から甘い汁が出てくるわ。ふふ、美味しい」


「タレと合わさって何とも言えないお味。温かいのが嬉しい」


 母とヴェーチィー二人が目を細め、もにゅもにゅと頬張る。

 小麦の質が違うのか、噛んだ瞬間のつるりとした歯触りからぷつりと千切れる感覚。その瞬間鮮烈な野菜の香りと甘さのスープが溢れ出る。絞ったにも関わらず、尚も濃い甘いジュースが肉汁と脂に混じって混然としたスープとなり口中を蹂躙する。予想を超える甘さに、私も目を白黒させてしまう。熱が入った玉菜の甘さは性質が変わり、生の清冽な甘さから、煮込んだ大根のようなちょっとどろりとした甘さに変わっている。そのスープが濃いつけダレと合わさり、何とも言えない調和を見せている。その後に来るトウガラシのぴりっとした辛さが後を引く感じを醸し出し、手を伸ばしては次を、手を伸ばしては次をと逸らせる。

 気付くと、熱いにも関わらず夢中で鍋を空けていた。汗をだくだくとかきながら布で額を拭っていると、隙間風が心地良い。


「あぁ、涼しい……。もっと寒くなってから、こんな食事を皆で囲めると良いね。腹持ちも良さそうだし、お得な気分だ」


 ほっと息を吐くような父の言葉に、三人で温かな笑顔を浮かべてみた。

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