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第9話 毛皮おばけ来襲

 朝の食事が終わり母と一緒に勉強をしていると、ひうと冷たい空気を感じる。どうも春っぽい時期に生まれたのか、どんどんと気温が上がっていって、収まって、今度は寒くなってきている。


 父の仕事部屋で炊かれている暖炉からの熱をこの部屋まで回しているようなのだけど、玄関を開けると、一気に冷たい風が吹き込む。


 ぶるりと身震いをすると、それに気づいた母がそっと毛布をかけてくれる。


 お客様かなと思っていると、てしーんと勢いよく扉が開いたかと思うと、小柄と言って良い人間がのっそりと近付いてくる。


 人間と表現したのは全身を毛皮で覆って全く肌が見えないからだ。頭の上には犬科の動物の頭まで付いている。


 虚を突かれ、ぽかーんと眺めていると、ずいっと人影が前に座り、顔を近付けてくる。その顔を見て驚きに顔が引きつる。パーカーやローブのような毛皮の下には、グルグル巻きに毛皮を巻いた顔が隠れており、そこから目だけを出していて、正直大声を上げそうになった。怖い、本気で怖い。お化け屋敷なんかよりも、生身で目の前に正体不明な人間に立たれる方が余程に怖い。


 凍り付いたように眺めていると、ぺたぺた顔を触れられて、全身を弄られる。流石に、逆さまにされた時は朝ご飯が戻りそうになってぐぇぇと呻きが漏れてしまった。恐怖が通り越すと泣けないのは経験の通りだが、今回もこの異質な来訪者の行動が全く分からず、固まってしまった。


 ぽてっと解放された瞬間、いそいそと母の後ろに逃げ込み、様子を伺う。どうも両親共に知っているようで和やかに話をしているが、私は一人引き攣った表情でいつでも逃げられるようにスタンバイしていた。


「巡りの星が無いにも関わらず、生を繋いだ」


「新しい運命は慈悲に照らされている」


 そんな言葉を小難しい表現の中に織り交ぜながら一方的に言うと、声の調子から老婆と思う毛皮の塊は、そっと私の頭を撫でて去っていった。

 もう来ないよねと扉を見ながら警戒していると、母がひょいっと抱き上げてくれる。


「覚悟していた。それでも、生き残った。くれる」


 母がそう言うときゅっと抱きしめてくる。それを父が慈しむように眺めて、私と母をそっと覆うように抱きしめる。


「どんな子でも良い。大切に育てよう。マギーラの慈悲、あるように」


 父の優しい言葉に安堵を覚えると、恐怖に晒されて疲弊していた私の体は、ぷつんと電源が切れるように意識を手放した。



 そこからは日々あまり変わる事無く一歳の誕生日まですくすくと過ごす。子供達の成長を参考にしながら、色々なイベントをこなしてきたが、どうもここでは早熟と見られるようだ。


 母の言葉では一歳の子はまだまだきちんと話す事は無いし、きちんと歩く事が出来るのも一歳半くらいのようだ。学習と栄養の差なのかなと思いながら、焼いたお肉と青菜のような物が並べられた皿に匙を向ける。


 そろそろ離乳食から普通食に変わってきて、いよいよ固形物が食べられるようになった。歯も生えてきたので、日々の食事が楽しい。


 味は……やや素材の味に寄っているのが残念だが、素朴な感じがしてこれはこれで良いと思う。まだまだ味覚や嗅覚が未発達なのか、甘いや苦い、酸っぱい、辛いみたいな大まかな味しか分からないのが救いなのだろう。ただそこまで曖昧にも拘らずそれなりに獣臭いと言う事は、今後は苦労するかもと頭の中で覚悟しておく事にする。


「美味しいかしら、ディーリー」


 微笑む母に頬を擦り付けると、ニコニコと押し返してくる。日々の会話でニュアンスの部分も大分理解出来てきて、スムーズに聞き取りが出来るようになってきた。どうも男性用の言葉と女性用の言葉でアクセントが違っているため、その辺りを意訳しながら頭の中で変換する事にした。


「明日は生まれて一年ね……。ご馳走作らないとね」


 母がそう言うと、食べ終わった皿を片付けてくれる。そのまま布の上にこてんと倒されて、ぽんぽんと叩かれながら、懐かしい子守唄を歌ってくれる。春の暖かな空気が窓から吹き込み、微かな鳥の声を乗せて届けてくれる。あぁ、穏やかだな、そんな事を思いながら眠りに就いた。

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