第83話 蒸し料理と蒲焼
城の台所に向かうと、井戸の近くにうちの護衛の人達が集まっている一角が出来ていた。
「世話を押し付けたな。様子はどうだ?」
父が問うと、慣れた手つきで護衛の人が鰻を取り出し、笑いながら頷く。
「元気なものです」
到着当初は長い移動で若干弱っているかのように見えた鰻達も、城の深井戸から汲み出された水に浸かってぬるぬると活発に蠢いている。照りとぬめりを見るに元気な様子が窺える。
「げんきそうなの!! りょうりするの!!」
毒の混入を防ぐために機材から調味料まで全て用意された物を使わなくてはならないし、監視役も付いている。謁見の時間がそれなりに長かったので、昼食まではそんなに余裕が無い。
ちなみに昼食に関しては、肉体労働の人や偉い人は食べるみたいだけど、私達は食べない。朝をしっかり食べて、お昼という明確な物ではなく間食をして夕食を待つ感じだ。お腹が空いたら、しっかり目に食べる事はあるけど、それでもお粥程度のあっさりしたものだ。将来的には給食制度を取り入れて、領内の人達の健康維持を考えていきたいけど、今は先立つものが無いので無理だ。
慣れない場所、慣れない道具というのに、母は颯爽と鰻を捌き始めている。私と父、それに護衛の人達も一緒に手伝う。父と私は捌いた鰻を洗ったりのお手伝いだが、護衛の人は従士の経験があるので、捌くところからフォローしている。
ざりっざりっという小気味の良い音を響かせながら、真白の肌を量産し、用意されていた青銅の串に滑らかな身を刺していく。勿論肝もそうだし、最近の包丁捌きの向上により縁側を綺麗に切除出来るようになったのでアサツキに似たエシャロットの近縁種の葉に巻き付けて、これも焼いていく。
「ふむぅ……」
見ていると、肌理の細かいザルがあるのを見て、ふと悪戯心が持ち上がってくる。
「あたらしいちょうりほうなの!!」
てちてちと母に近づいて、くいくいと裾を引っ張って相談してみる。
「え? 使っていない物だけど、あれは粉から土を選り分ける物よ?」
「おいしくなるの……。だめ?」
キラキラした瞳で、上目遣いで母を見上げると、しょうがないなという表情で頭を撫でられる。
「お味見して大丈夫なら良いわよ」
母のお墨付きが出たので、わーいと喜ぶ。となると、調味料の方も必要かと。砂糖は分かっているので、後は味噌もどきな塩蔵の調味料を片っ端から味見して、似た雰囲気の物を探す。
「ふぉ!! これ、これなの!!」
それを甘み多目のワインで伸ばし、砂糖を入れてつけダレにする。
下拵えが済んだ物を白焼きにしたり、つけダレに漬けて本焼きにする。骨からの出汁も並行して引いていく。気付くと、辺り一面に脂とつけダレの焦げるなんとも芳ばしい香りが立ち込めて、ぐぅとお腹が鳴る。
「あらあら、さっき朝を食べたばかりなのに」
母が忙しい合間を縫って、頬を擦り付けてくるので、すりすりとお返しする。
「たれのにおいがおいしそうなの!!」
「そうよね。初めて嗅ぐ香りだわ。家では作らなかったわよね?」
「ちょうみりょうがなかったの。おさとうもたかいの……」
私がしょんぼりしながら言うと、父と母が苦笑を浮かべる。
「そうだな……。中々調味料も高いからな」
「ふふ。食いしん坊さんがうちには二人もいるもの」
母の言葉にちょっと憮然とする。私のお腹は子供仕様なので、あんまり入らない。ふぉぉと抗議しようと思うと、強い芳ばしい香りが立ち込め始める。
「そろそろなの」
私の言葉に、真剣な表情の母が焼きの具合を見てこくりと頷く。
「じゃあ、お味見ね」
にこりと微笑む母に、皆がわーいと喜ぶ。
「出来上がりました」
豪華絢爛と言わんばかりに、ふんだんに地金の金が使われた会食場は王色の黄と金、王妃の赤、王族の青がふんだんに使われ、ビビットな色調になっている。ただ、金を引き立てようとしているのか、赤も青も深い色合いで下品な感じはしない。ぱきっとした色調に心の中で感嘆の溜息が漏れる。人間の趣味嗜好は世界が変わっても、中々変わらないものだなと納得する。
「ほぉ、これが鰻か……。美しい白だな」
まずは白焼からと出してみる。
王と宰相の他に、えらく体格の良い人や線の細い学者然とした人など、色々な人が円卓にかけている。
まだ湯気を上げている鰻が置かれると、毒見の人がそっと王の皿からランダムな部位を切り取り、口に運ぶ。顔色が悪い人だなと思っていると、ふわりと表情が綻ぶ。一瞬にして緊張が綻ぶ様が面白いなと思っていたが、円卓からは感嘆の声が波のように漏れる。
「大丈夫です」
毒見の人の言葉と共に、皆がフォークで鰻を切り分け、はくりと頬張る。
「おぉ……。なんと芳醇な。脂と汁が多いのに、しっかりとした歯応え……。噛めば噛むほどに零れおる。香りも良いな……。品の良い、癖のない香りがしおる」
絶賛と言えそうな王の言葉に、周囲も然りと声を揃える。
「これがあの長虫か!! 見違えたは姿だけに非ずだな。美しい肌だけではなく、このような味も隠していたか!!」
体格の良い人が號と叫ぶと、学者の人も頷く。
「捨てていた鰻がこれほどの価値を持つとは。川には掃いても掃いてもおりますからな……。ふむぅ。捨てがたいです」
宰相も相好を崩し、堪能しているのが見える。
白焼きからちょっと癖のある肝焼き、脂の乗った縁側と進み、今回の目玉が登場する。
「ふむ? 始めに出た物と形は変わらぬが、色は違うな」
王の言葉に、皆が首を傾げる。そう、それこそが真髄だ。毒見の若干悶絶するようなリアクションに皆の期待が高まり、そっと口に含まれる。
「なんだこれは!! 始めに食べた物と全く違う!!」
「ふぅわりと柔らかい!! それに味だ。なんとも甘いのか辛いのか、形容しがたい!!」
「左様。しかし、後を引く。止まらぬ!!」
大の大人が感動する様を見るのは本当に楽しい。私も初めて食べた子供の時は目から鱗が落ちた。蒸した鰻の照り焼き、蒲焼がこの世界に誕生した瞬間だった。
〆に蒸した大麦に薬味と蒲焼を乗せて、鰻の出汁と熱した油をかけて出すと、何だか感動して涙を流す人もいた。親しみ深い大麦と新規の味のコラボレーションは中々に心を打ったらしい。
「美味かった!! 大儀である!!」
食事が終わりほんわかとした余韻の空気が広がる。弛緩した空気の中、王の一喝と共に、円卓の皆が立ち上がり、父と母、そして私の方を向き、深く一礼を送ってくれる。
「賞味!!」
その唱和に、母がほっと胸を撫でおろした。




